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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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魔禍

――王国歴1503年 シーナ地区 ドッドヘブル 一月一日 零時過ぎ


 その瞬間、魔法素養のある人間はすぐに異変に気が付いた、魔力の風のようなものを。


 これからスピーチを行うはずであったウィレムは、すぐにドナートを呼び警戒をした。ドッドヘブルの麓から、眩い光と、膨大な魔力の波動が観客席に訪れた。咄嗟に、ルストリア、ミクマリノ両軍は障壁魔法を展開し、周囲の状況の確認を急ぐ。


 ミハイルは、ミクマリノの仕業であると思い、レオンチェヴナの方を見るが、ギークは困惑している様子で、何故かリンク・リンクのマジックアイテムによる障壁の中に皇帝と共に守られていた。


「こんな時にっ」


 狼狽えるギークは、手に握られている血塗れの剣を見つめて言った。彼は長年この国宝を使い、度重なる窮地を脱してきたが、発動しなかったのはこの時が初めてであった。その異変に気が付き、血塗れの剣を抜くと、目の前にかざした。

 本来であれば、剣の効果で魔力の波動を緩和することが出来たはずなのだが、どういうわけか起動しない。それどころか、剣にヒビが入り、徐々に自壊していく。それに気が付いたリンク・リンクは自身の腕に装着している腕輪を発動させ、強化障壁を起動した。


「申し訳ございません」


 ギークは、レオンチェヴナに謝罪するとすぐにリンク・リンクにも同じように声をかけた。リンク・リンクは「お気になさらずー」と気軽な返事をしたが、表情は真剣で、目の前の異変に整理をつけようと必死だった。


 ルストリア軍とミクマリノの魔導騎士団が争いを起こす間もなく、ドッドヘブルの麓、祠の入り口からヴィクトが走って飛び出してきた。何かを必死で叫んでいる。


 すかさず、地上でウィレムの警護を行っていたドナートがヴィクトに駆け寄る。こちらに詳細が伝わるよりも早く、リンク・リンクとギークは、それぞれの国王に訴える。


『ここから避難しなくては!!』


 二人は読唇術により、ヴィクトの唇の動きをリンク・リンクは手元の双眼鏡で、ギークは裸眼で読み取った。その内容は……


「まもなく原魔結晶石が崩壊する! 早く逃げろ!」


 であった。



 すぐさま、全ての人員に号令が下り、一般市民を含む観客の避難が始まった。階段状になっている観客席を無理やり下ろうとする市民や、走って逃げる際に、前の人間を押し倒してしまい、そのままドミノ倒しになってしまう者、その場で泣き崩れ動けなくなってしまう者、様々であったが、両国両軍の精鋭がこれに対処し、加えて皇帝レオンチェヴナが、直接市民に落ち着いて避難するように訴えかけたことで、市民は驚くほど冷静になり、速やかな避難を実現した。

 それにも関わらず、祠からは激しい風が吹きすさび、その風に飛ばされてしまうものや、風の中に混じる細かな黒い電流に身を貫かれその場で絶命するもの。膨大な魔力にあてられ自我を保てずに、叫び始める者など、多くの被害者を生み、現場は凄惨な光景が広がっていた。


 ギークは去り際に、祠から出てくるもう一人の男を見た。司祭の男だったが、なにやら魔法を扱い、高速移動をしているようだった。原魔修道院の司祭ともなれば、魔法の一つぐらい使えてもなんら不思議ではない。しかし、何かがひっかかる感じがした。



――王国歴1503年 シーナ地区 マアル城


 あれから、約十二時間が経過し、既に正午を過ぎていた。会場にいた市民のほとんどはヒーリケイトに到着し、正しい情報が公人により発表されるまではこの場で寄り添い、不安な感情を少しでも和らげて過ごした。レオンチェヴナは、その足で民家を回り、市民一人一人に声をかけて歩いた。あとからヴィクトもそれに合流し、市民に安心するように訴えかける。

 ミハイルを含むルストリアの面々は、ルストリア本国に帰投し、ラミッツ軍は現場で散り散りになってしまったものの、国王を含む、幹部たちはラミッツへと帰っていった。


 レオンチェヴナは、ヴィクトが現場を仕切り始めると、馬車を使いギークと共にミクマリノへと帰っていった。皇帝本人は、現場に残ると言ってきかなかったのだが、魔力の波動にあてられて体調を崩していることを見抜いていたため、半ば強制的に帰国させられた。


 レオンチェヴナが馬車に乗り込む際、ヴィクトはあの祠内で起きたことを語ったが、その場にいた、ギーク、ドナート、レオンチェヴナ、その誰もが信じがたい内容であった。



「祠にルストリアのベガ大将が居ました。更に彼は石守であった。原魔結晶石に細工をし、崩壊へ導いたのも彼だ。石守かルストリア、或いは両者がこの凶行に走ったのは間違いないでしょうねぇ」――。




「出来過ぎだ」


 ギークは馬車の中でぼそりと呟いた。それを聞いたレオンチェヴナは、体調が悪いにも関わらず、ドナートを気遣って言った。


「ギーク、私に対して話すのならまだしも、ドナートの前で話すのは……」

「いえ、大丈夫です。私も、ギークと同じことを考えていました」


 レオンチェヴナは、現在ミクマリノ内でヴィクトと敵対する危険性をよく理解していた。ドナートには子供がいて、妻がいる。何か行動を起こすのであれば、それは重大なリスクになりえるものであった。


「レオンチェヴナ様、私はヴィクトの動向を探ります。ドナート、お前はいつも通り行動を起こしていい。この真偽が確定してから判断してくれていい」

「そうはいかない。もし、今回の騒動、ヴィクトが起こしたものだとすれば、それは家族を守る以前の話になる」


 それを聞いてレオンチェヴナは言う。


「そういう意味では、国家や大陸の問題など、家族が寄り添い幸せに暮らす、ということよりも重大であるとは私は思わない」

「レオンチェヴナ様、皇帝ともあろう方がそのような発言……」

「皇帝の名など、お飾りに過ぎない。そもそもヴィクトの用意した服を着ているだけなのだから。私が、もし本当に皇帝を名乗ろうと思うのなら、今まさに考えなくてはならない。自分の本当の道を」


 ドナートは、黙り込んでしまう。馬車の走る音だけが響く。少しの沈黙の後、ギークが口を開く。


「レオンチェヴナ様、このまま、ミクマリノの原魔結晶石に向かいましょう。そこで、石守たちから話を聞くのです」

「ギーク、俺も行くぞ」


 ドナートは声を上げたが、レオンチェヴナがそれに答える。


「いけないよ、ドナート。あなたが身を賭すのであれば、それは家族の為でなくてはならない。少なくとも、ミクマリノに家族がいるうちは決して、ヴィクトを疑うような言葉や、行動を固く禁じます」

「し、しかし……」

「なりません、これは勅命です」

「そ、そんな。あんまりです」

「強引と、我儘は国王の特権なんですよ。ふふふ」


 そんな様子を見てギークはかつてのレオニードの面影をレオンチェヴナに重ねた。


「では、ドナート、お前は先にプラウダ城に戻り、いつも通りの行動を起こせ。今聞いた話は一旦忘れるのだ」


 ドナートは、そんなの無理だ、とは言わなかった。秘密を知ってなお、それを隠すことなど元執行官にとっては容易い。しかし、そんなドナートでも、この話はおいそれと胸にしまえるものではなかった。



――王国歴1503年 ミクマリノ北部 サンテ海岸


 シーナの原魔結晶石崩壊から三日後。


 こうしてレオンチェヴナ様と共に、石守と接触するのは何年振りだろうか。船上から見える離島を見て考える。思えば、ヴィクトが総帥になってからは一度もここを訪れていない。


 ここサンテ海岸は、俺が幼い頃住んでいた故郷があった場所だ。現在は区画整理によって、村は消滅してしまい、海面が上がった影響で土地の半分は海に沈んでしまった都合、無人島の離島になってしまったが、どこに誰の家があったか、どの店で買い物をしていたか、鮮明に思い出せる。俺が住んでいた家は、建っていたその場所ごと原魔結晶石の祠との連絡施設になってしまったので、その点においては正直助かっている。この場所に関しては、きっともう鮮明に思い出せることなどないのだろう。


「ギーク、行きましょう」


 船を降りたレオンチェヴナ様は、俺に言う。これは万全ではないものの徐々に体調が戻り始めていることを示していた。


「これは、もうあなたに返します。ありがとう。少し楽になった気がするよ」


 少しでも魔力を吸い出す効果が残っているんじゃないか、と思い、渡していた壊れた血塗れの剣が少しは役に立ったということなのだろうか。


 血塗れの剣を渡されたのだが、私が受け取った瞬間に刃を納めている鞘のほうから自壊し、柄の部分だけになってしまった。二人で、驚きその様子を見ていると、徐々に柄も消えていき、柄の中からキラキラと輝く青緑色の宝石が出てきた。レオンチェヴナ様は思わず声を漏らす。


「こ、これは……」

「どういうことでしょう。血塗れの剣が崩壊し、中から宝石……」

「何かお父様から聞かされていないのですか?」

「いえ、私は何も……」


 血塗れの剣はレオニード前国王から賜ったもので、レオンチェヴナ様を守る為の剣としてその効力をいかんなく発揮してきた。しかし、不思議に思ったことはあった。例えば、先の大戦でのバーノンとの戦闘で、バーノンほどの魔力の持ち主と戦闘し、その魔力を吸ったにも関わらず、剣が保有する魔力が極端に少ないように感じたことはあった。

 もしかすると、この剣はこの宝石に魔力を宿すためのツールだったのではないだろうか。そう考えれば色々と辻褄が合う。この血塗れの剣が破損した原因は複製を持っていったヴァルヴァラが、何らかのトラブルに見舞われ、原魔結晶石が放つ膨大な魔力に触れたから、剣は役目を終え、宝石を作り出したのではないだろうか。

 どれも、推測の域を出ないが、これを所持するのはレオンチェヴナ様の方が良いのでは、と思い手渡そうとすると「いや、私はいい。この先、危険に身を置くのはギーク、貴方です。貴方が持っていてください」と言われ、渋々胸のポケットにその宝石をしまった。


 ミクマリノの原魔結晶石が存在する祠は、ここサンテ海岸を更に超えた海の先。絶海の孤島にある。


 厄介なのは年に一度、数日しか訪れる事が出来ない事だ。この近辺の海は魔力の干渉が非常に強く、船で渡る事も、凍らせたりして渡ることも不可能である。しかし、ある時期の数日間のみ海は静まり、孤島に足を踏み入れる事を許されている。ミクマリノの祠は自然の要塞に守られていると言っても過言では無い。

 現在はその時期ではない為、祠の孤島に踏み入る事は出来ず、石守と呼ばれる原魔結晶石を守る組織と状況の確認を行う際には、今いるサンテ海岸から連絡施設を使うことが必要になっている。施設は筒状の建物で、灯台と作りが似ているが、中には上階に向かう階段も無く、中心に魔法で出来たガラス管が配置されているだけだ。

 この建物に対して、ガラス管だけが妙に新しいのは、レオニード前国王がここを訪れた際に、口論になり、国王が血塗れの剣でたたき割ったかららしい。あの温厚な国王が怒るなんて想像も出来ないが。


 レオンチェヴナ様は、ガラス管に近づくと手のひらを当てる。すると、ガラス管の中にわずかに光が灯り、その光が高速移動し、菅の中にレオンチェヴナと名を描いた。


「おや、これはレオンチェヴナさん。お久しぶりですね」


 ガラス管から声が聞こえてくる。この声は、ミクマリノの祠担当であるカムラである。こちらはそれに答える。


「やあ、カムラ。大変なことになってしまったね」

「大変なこと? はて、そんなことありましたかな?」

「君たち程の魔法使い、シーナの祠で起きたことを知らないはずがあるまい」

「ああ、そのことですか。そのことなら、既に対応は済みました」

「対応? 一体どんな?」

「何もしない、という対応です」


 そんなもの何の対応にもなってないじゃないか、と叫びたくなったが、石守はこんな調子なんだろうな、と少し想像をしていたため、堪えることが出来た。


「なあ、カムラ。君たちの存在意義として、原魔結晶石を守る使命があると思うんだけど、その使命に対して、何もしない、というのはちょっと理解が追い付かないな」

「理解が追い付かないのはこちらも同じだ。自らが住まう大陸を破壊する行為を何故行うのだ?」

「それは私たちの知りえぬことだ。一体誰が、このようなことを行ったのだ」

「そんなことは知らないし、知る必要も無い。お前ら人間が、企て、壊したのは間違いない。あの壊れ方は少なくとも老朽化ではない」


 人為的、ということを念頭に置くと、ヴィクトが言う様にベガが破壊したか、何かを企てるヴィクトが破壊したかのどちらかに絞られるだろう。レオンチェヴナ様は続ける。


「では、質問を変えよう。石守の中にルストリアのベガがいるのは本当か?」

「それこそ、お前たちが知る必要のない情報だ。よって答える必要も無い」

「わかった、もういい。ギーク行こう」

「はい」


 レオンチェヴナ様は踵を返し出口へと向かう。部屋を出る前に振り返り、カムラに問う。


「なあ、もしも、この祠に同様のことが起ころうとしてるとしたら、君たちは動くのか?」

「他の石守がそうしているように原魔結晶石を守るでしょう。しかし、それがうまくいかなかった時には、それがこの石の天命だと受け入れ、共に死ぬでしょうね」



――王国歴1503年 ルストリア軍事医療研究所 一月


 原魔結晶石の事故から五日後。


 ルストリアでは妙な格好をした男たちが、出立しようとしていた。その男たちは、全身つやつやの麻袋のようなものに身を包んでおり、鳥を模した仮面を頭からすっぽりと覆うように被っている。


「さてさて、日ごろの研究が役に立つ時がきましたねー」


 先頭に立つ男が、シーナ地区の方角を見て言う。その後ろの男はそれを見ながら必死に何かを紙に書き綴りながらぶつぶつとつぶやいている。


「ぐひひ、これは大収穫。我々研究員の収穫祭ですぅ。うへへ」

「収穫祭、確かにそうかもしれませんねー。そういうことであればしっかり収穫しませんとねー」


 彼らは、魔力汚染を収穫しに行く。つまりは除染である。これは、先頭に立つ男のアイデア、というより既に予期していたかの行動の速さで、シーナ地区の汚染で大陸がまだその状況を完全に把握するより前に、緊急的に配備され、電撃的に行軍を開始することに成功した。

 人数にして、二十名ほどの除染部隊だが、その実力は申し分ない。シーナ地区に向かうにあたって編成された二十名の除染部隊のうち五名はストラークスで残りはフィロン率いる研究チームである。


 あの日以来シーナ地区の大地は、祠のあった中央部から徐々に腐り始めていた。その速度は、人が歩く速さよりも遙かに遅いが、放射状に広がっているため、これがどこまで広がるのかは想像もつかない。唯一、フィロンはシーナ地区を全て飲み込むほどの効果は無いと断言していたが、それでも大陸の調停を行うルストリアとしては見過ごすことは出来ない。

 そもそも、フィロンが、チャイが、レイニーが、これを見過ごすわけはなかった。彼ら三人は三者三様、それぞれが違った方向に狂気を孕んでいるが、その狂気は必ずしも、混沌を望むものとは限らない。彼らは、ルストリアの掲げる自由と平和を目指して狂っているのだ。

 元々はチャイとレイニーの研究であった「究極の魔法」だが、フィロンはそれに興味を持ち、三人で何年も掛けて研究していた複合の特級魔法の試運転を兼ねて、除染部隊を編成した。


「いやぁー早くお目にかかりたいものですねぇ。魔力が消滅する瞬間」

「これが成功すれば、魔力中毒者はこの大陸から消し去れる。更に大気中の魔力の中和さえ可能にするかもしれないからね!」

「えぇえぇ。そうなれば今までに無かった違う形での戦争の止め方が見つかりますねぇ。ひひひ」

「では、シーナ地区の市民の皆さんを助けに行きましょうかー」


 ルストリアのこの申し出に皇帝レオンチェブナは、魔力除染部隊を快く受け入れ、シーナ地区に溢れかえった魔力中毒者達を次々に救助していった。このルストリアの対応の速さは大陸中に知れ渡り、各地で「結局、大陸の一大事に対応してくれるのは調停国ルストリア」と評判になっていった。更にはシーナ地区からルストリア方面に逃げ出してきた難民たちを受け入れ、手厚く保護した。


 先のザイルード事件やテロリスト隠蔽などで、一時期はルストリアよりミクマリノの方が大陸の調停者に向いているのでは? などと酷評されていたが、皮肉なことに今回の事故で名誉挽回という形となる。


 しかし、この事故でフィロン達でも癒しきれない大きな課題が一つ生まれた。それは『魔瘴病』である。


「んー、これは想定外の事態が起きてるねー」

「振り出しですねぇー、ふふふ」

「あぁ、早く研究室に戻って、もっと詳しく調べたいなー」


 変態研究者の三人は、自分たちの研究が上手くいかなかった事に、落胆よりもロマンを感じている様子だったが、状況は深刻であった。


 魔力中毒者を癒しても、その患者の中から魔瘴病の患う患者が多数現れた。以前、クロードがこれに似た症状を罹った時、完治とまでは行かないが、快復の方向へ向かっていた。しかし、今回の魔瘴病は現段階では、不治の病と判断され、今までの症状よりも明らかに進行が早まっていた。

 原因は恐らく原魔結晶石の崩壊による大陸内の魔力バランスの崩れ、それに紐づく魔力の変質が考えられたが、この短時間では解明には至らなかった。


 ルストリアの魔力除染部隊による救助活動が続く中、ヴィクトは祠への立ち入りを一切禁止にした。事故の原因が不明であり、その中にはベガの姿があった事を理由に、他国をこの危険な場所へ入れる訳にはいかない。と、追い返し、ヴィクトは自ら原魔結晶石を調査しに行くと言い、全て同じ顔をした奇妙な私兵団と共にドッドヘブルの内部へと訪れていた。


「さて、チェンゴ。準備は整えてきましたか?」

「おう、イグナ、ばっちりだ」


 ドッドヘブルの高い丘は跡形もなく崩れ落ち、原魔結晶石が鎮座していた部屋の扉だけが瓦礫の中に残っていた。私兵団の面々は、それを力ずくで開け建物内へと侵入した。中は、魔法素養がある者でも、若干の息苦しさを感じるほどの魔力が充満しており、皆が皆、それを吸い込まないように口元に手ぬぐいをあてながら奥へと進んでいった。魔法素養が現在全くないヴィクトは、この状況で苦しくないのかと言えばかなり苦しいようではあった。しかし、事前に用意していた瘴気緩和の魔法結晶石と、チャンゴの障壁魔法により幾分か緩和していた。


 一同はひび割れたボロボロの姿となった原魔結晶石の前まで来ると、まず私兵団が原魔結晶石に触れられるくらいに距離まで移動する。そして彼らは『古代の詩』を歌い始めた。本来、原魔結晶石になる為の詠唱である古代の唄は、選ばれた人のみが正しく歌うことが出来る。

 しかし、先の祠襲撃の際に、チャンゴはこの選ばれた人間をコピーしていた。そして私兵団をコピーした人間へと作り変え、古代の唄の詠唱の効果を起こそうと考えていた。


 古代の唄を合唱しながら、私兵団は結晶石に手を触れる。すると、皆が皆ヴァルヴァラのように痙攣を起こすものの、しばらくすると全員の痙攣は止まり、胸の中心辺りが眩く光り皮膚が徐々に石化し始めていく。その光は、徐々に大きくなり、しばらくすると原魔結晶石から手を離せるようになり、ヴィクトの元へ集まっていく。


「素晴らしい!! さあ、その石をこちらに」


 ヴィクトがそう言うと、一同は皆、胸に手を突っ込み、今出来たばかりの紛い物の原魔結晶石に似た欠片を取り出すと、その途端にばたばたと倒れて、体は砕け散った。


 ヴィクトの手の平には何かルーンとは違う古代文字が複数刻印されており、そこに魔法結晶石が触れると次々に消えていった。気が付くと、ヴィクトは障壁なしでもこの瘴気だらけの部屋で自由に動き回ることが出来るようになり、ニヤリと笑った。


「イグナ、計画通り、結晶化した人間を取り込むことが出来たな! 外にまだ私兵団を待機させてるし、この調子なら相当量の魔力を蓄えることができそうだな!」

「ええ、ええ。しかし、久々に魔力を感じましたが、此処の魔力は異常ですね。この爆心地の魔力の濃度や密度は桁違いです」

「あぁ、これでも少し薄まったんだぞ。たぶん今、魔力を吸い出したからだろうな」

「なるほど、では十分に薄まるまで吸い出しちゃいましょう。英雄ヴィクトが命がけで害悪な魔力を押しとどめた。なんて事にしておけば一石二鳥です」


 ヴィクトは次々に結晶石を吸収していく。


「しかし、これでやっとチャンゴにかけられた面倒な封印魔法を解けますねぇ」

「それは、言うなよぉ。俺だって頑張ってるのよぉ」

「ふふふ、冗談です」

「あ、嘘だね。目がマジだったもん!」

「ふふふ、どうですかねぇ」


 瘴気の中で笑い合う二人は、かつての二人のように無邪気と、好奇心に溢れていた。



 ヴィクトはこの一連の騒動で、原魔結晶石から魔力を大量に吸い上げた。更に、今度は吸い上げた魔力を、魔導騎士団に施し、強化魔導兵士を制作することに成功した。

 強化魔導兵士達の魔力の強さは、比較するのであれば「パンテーラ階級」と同等の強さであるが、異常なほどの短命である。これは無理矢理な強化であり、生命の前借に近い状態である。本来、受け入れる事が出来ないはずの器は、その耐久度を犠牲にして成り立っていた。


「さて、準備は整ったな」


――パンッ。と手を打ち鳴らし、ほくそ笑む。


「では、宣戦布告といきましょうか!」

お読み頂きありがとうございます。

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