帰郷
――王国歴1490年 ルストリア
馬車に揺られる生活がもう何日続いただろうか。時折、馬を替える停車場に到着すると地面のありがたさに驚くこともあった。それほどまでに道中乗りっぱなし。それもそうだ。パルペンさんは軍人で、本来であれば俺と道中を共にすることなどない人だ。
話した感じ、相当に優秀な人であることは間違いないと思うし、日中夜問わずラミッツに伝書鳩を飛ばしている。
通常、伝書鳩は決まった場所から決まった場所へと手紙を行き来させるものだと思っていたので、不思議に思いパルペンさんに聞いてみたところ「ああ、御者に決まった時間に決まった地点を通るように指示しているから、鳩は通常通りの仕事をしているだけだよ」とのことで、そこまで時間に正確な人いるのか、と思ったが、考えてみたら院長はその最たるものだったな、と納得した。
御者の人はいつもニコニコしているが、内心「所定の時間に間に合わなかったらどうしよう」とか考えていたりするんだろうか?
そうこうしているうちに、馬車は国境を越えルストリアに。かなり遠くからでも見えるルストリアの王城アリーシャが近づくにつれ、体から緊張が解けていき、一日の睡眠時間が徐々に増えていった。
「……たぞ、ミハイル。着いたぞ」
「……おはようございます」
そんなに深く眠っていなかったよ、とアピールしてみたけど、まあ深く眠っていたので、顔によだれの後が付いてる、と言われて恥をかいた。パルペンさんが大人のように接してくれるから、大人のようにいようと頑張ったが、大人のような振る舞いは難しい。
城下町の端にある馬車の停留所から出ると、一気に懐かしいにおいが鼻をつく。何年も離れた故郷に帰ってきたような気分だ。と、大人びた俺は感慨に浸っていたのだが、唐突に後ろから何者かに抱きしめられ、驚きつつもすぐに安心した。
「ミハイル……。すみません。私がおすすめしたばかりに……」
「ランツ先生、そんな……。ランツ先生のせいじゃありません」
腕をほどいてもらい、振り返ってみると、そこにはランツ先生が立っていた。よく見なくてもわかる。きっと泣いていたんだ。目を腫らしている。ティース院長はランツ先生の友人だ。
「俺こそすみません……。何も、できませんでした」
「何を言っているんですか。あなたはまだ子供、いえ、私が生きている限り、ずっと子供なんですから、無事に帰ってきてくれただけで良いのです」
今の俺には素直に喜べない言葉で、すぐ近くにいるパルペンさんに大人であるところを見せようと反論の一つでもしようと思ったが、更に考えてみれば、ここで子供に徹することこそが大人の証なのでは、と推測し、素直に感謝の言葉を伝えることにした。
「ありがとうございます」
「いいんです。長旅で疲れたでしょう、早く院に戻って休みましょう」
そこでパルペンさんは頭を軽く下げて、どこかに行こうとしていた。俺はそれを引き留めて声をかける。
「パルペンさん、ありがとうございました」
「私に感謝の言葉など不要だ。これは軍務だ」
「そうですか……」
「ただ、道中私も久方ぶりに楽しかった。また、どこかで会ったときには食事でも一緒にとろう」
「……! はいっ!」
俺は子供が嫌いなパルペンさんから大満足の言葉をもらえて、なんだかとても気分が良かった。そんな余韻も束の間、俺の隣のランツさんは身を乗り出して言う。
「今度と言わず、今はお昼時。どうです? これからうちで食事をとっていくのは! 今日のランチはとても自信があるのです」
「ああ、ランツ先生。あなたの料理については大佐の報告書で何度も目を通している。大層評判な料理だと、それはもう克明に記されていて、興味が無くはないし、大佐との会話のネタ的にも一度味わうのも一興だとは思うが、それにしても午後任務にの支障が出る危険性を考えると、保守的な考えにならざるを得ない。つまり、今日はやめておくよ」
「そうですか。残念です。でもまあ、私も元軍人、午後お腹がいっぱいだと眠くなってしまうこともありますしね。わかりました。今度来た時のために更に料理の腕を磨いておきますね」
絶妙に嚙み合っていない会話だった気がするけど、ともあれ、ここでパルペンさんとはお別れになった。俺とランツ先生はパルペンさんの背中が見えなくなるまで手を振ったあとで、孤児院に帰った。
お昼時の城下町は活気でいっぱいだ。孤児院のある地区まで行ってしまうと、やや静かになってしまうけど、それでも、道に出されたテラス席で食事をする人や、公園で犬と遊ぶ人、修道院からは歌が聞こえてきたり、警備兵の人たちが並んで巡回していたり、多くの音や暖かい匂いがする。今回のシーナ渡航は、これが当たり前ではないことを教えてくれた。
そして、その当たり前は、院長のような頭の良い人達や、悪事を裁く強力な軍人によって成立しているんだ。ティース院長のことはまだ納得のいかない部分が多いけど、それだって、最良の形に収まるようにみんなが努力している。
「フーガ、一人で勉強出来てるかなぁ」
俺は、俺のやるべきことをまだ決められずにいた。
孤児院に帰ると、驚くべき客が玄関で待っていた。
「ディー!!」
「ミハイル!!」
大体一年ぶりか。ここルストリアから西の国、ラミッツから親友のディーがいた。
話によると、今回の件でディーの父親であるアルロさんにとてつもない負担がかかる手続きが増えてしまったようで、昨年母を亡くしたディーは一人で生活をしなくてはいけなくなってしまったらしい。ディーは一人でも生活できたみたいだが、ここディー・エヌ孤児院にしばらく泊まるのはどうか、という父の提案に惹かれ、やってきたらしい。
「ミハイル、また背が伸びたか?」
「そうか? 自分じゃわからないな」
「伸びたよ。この前来た時には、ほら、そこの柱のあの傷くらいの位置に耳があった。今は、その傷はお前の肩くらいになってる」
相変わらずディーは記憶力がいい。というか、人の家の柱の傷とか普通覚えなさそうなもんだけど。
「……!」
「ん? どうした?」
「いや、なんでもない」
俺は、ふと思い出してしまった。リンデルの宿屋にあった置時計の傷を。ティース院長の笑顔を。パルペンさんが馬車であんなにひっきりなしに話してくれていたのは、俺が事件のことを思い出すのを避けるためだったんじゃないだろうか。
そんなことまで、考えてしまった。
「ミハイル? お前、酷い顔色だぞ? 長旅で疲れたか?」
「ん、ああ。そうかも知れない。少し、ほんの少しだけ部屋で休んでくるよ」
ランツ先生はこちらを心配そうに見つめていて、この調子だと部屋までついてきそうな勢いだったが、玄関まで走ってきた一個下の院生に呼び出され、中庭に走っていってしまった。
俺にとっては、まあ、良かったかな。少し、一人になりたい。
部屋に戻った俺は、あの一件をもう一度整理しようとベットに横になったが、気が付くと眠ってしまっていた。
扉を叩く音に目が覚めたのは、午後六時を過ぎた頃だった。随分寝てしまった。目をこすりながら、部屋の扉を開けるとディーが立っていた。
「よお、目が覚めたか? 寝坊助」
「ははは、誰が寝てたって?」
「よく言う。顔に枕の跡がついてんぞ」
「え、嘘!」
俺は顔を触り確かめる。
「嘘だよ」
まんまと引っかかった。
「ミハイルは引っかけがいがあるよなぁ」
「いつか、やり返してやるからな」
「楽しみにしとくぜ。ああ、そうそう。今日は食堂じゃなく、教室でみんなと食べることになったんだ。それを伝えにきた」
「わざわざありがとう。それにしたって、なんでまた教室なんだ? 食堂の方が料理を運んだりするに便利だろ?」
「あ、ああ。なんか、あれ、ランツ先生が料理をしくじったかなんかで、キッチンが使えないらしいんだ」
「ああ、なるほど。でも珍しいな、ランツ先生は料理の味がまずいだけで、決して危ない調理をするようなタイプじゃない気がするけど」
「……。ま、なんにせよ、晩飯の準備が間に合わなかったとかで、近くの飲食店から出前を頼んだらしい。それはそれでラッキーと捉えようぜ」
「いいな。マゴットさんのとこから出前とるのかな? 鶏肉のハーブ焼きが来てくれれば一番だけど」
「店の名前まではわからないけど、他の生徒が喜んでいたから、うまいものを注文したんじゃないか?」
「まあ、うちの生徒はランツ先生が当番じゃないだけでも喜ぶくらいには訓練されてるからな」
「それは、なんというか、同情するよ」
普段であれば、孤児院の西側にある増設された食堂で、院生全員揃って食事をするのが決まりだが、今日はそちらへは行かず一階の教室で食べる。大陸大戦前は教室で食べるのが基本だった。
しかし、ホランド大佐が院長に就任したあとで、食堂が増設されたため、学ぶべき部屋は学ぶべき部屋として独立することになった。そのため、何かなつかしさのようなものを感じつつも、特別感を覚え、少し楽しみだった。
食堂に入ると、既に生徒は部屋に収まっていた。みんな俺を待っていてくれたのか、と心配したが、別にそういうわけではなくマゴットさんの出前を待っているだけだった。まあ、いいけど。
仲のいい院生が、代わる代わる俺に初めてのシーナはどうだった、とか、何か美味いものは食ったのか、とか質問してきた。中には、パルペンさんかっこよかったか? と聞いてくるやつもいた。俺が知らなかっただけで、パルペンさんは結構有名な人だったらしい。顔は確かに男前だった。
「あれ?」
「ミハイル、どうした?」
「クライヴは?」
「ん? ああ。体調を崩して検査しにいったよ、ランツ先生と」
「そうか。最近は調子よさそうだったのにな。大丈夫かな」
「なんか、大したことは無かったみたいだぜ。本当に、検査って感じらしい」
なんだろう、ディー。何か隠してる?
「あ! それじゃあ、今この孤児院には子供しかいないってこと?」
そんなことあり得るか? と考えていると、扉のほうから声がする。
「ミハイルくん、心配には及ばないぜ!!」
颯爽と入室してきたのは、身長が高くスラリとした男だった。なんというか、全部細長い男だ。俺は、突然知らない男から名前を呼ばれたことに驚いていると、横にいたディーが説明をしてくれた。
「ミハイル、この人は俺をここまで連れてきてくれた、遺跡発掘探検家のカイさんだ」
「んー、絶妙に正しくない。コホン。俺はラミッツ国営未開拓地開拓隊のカイ様だ! この大陸の歴史は俺が暴く! なんつってね」
そのなんだかヘンテコな名乗りと肩書に一瞬驚きはしたものの、他の院生が一気に詰め寄り、カイさんを質問攻めにした。気持ちはわかる。探検家、なんて男子の夢のが詰まりすぎている。
ん? よく見ると、クライヴの他に居ない生徒が何人かいるな。怪我をしている生徒もいる。何かあったんだろうか?
「お待たせしましたー!! マゴット料理店でございまーす!!」
教室の入り口から次々にコックたちが大皿を持って入ってくる。カイさんに集まっていた子供たちは、今度は料理に集まり始める。
コックたちは俺たちの机を合わせて作った長机に大皿を一通り置き終わると、子供たちに離れるように言った。机の上にある生のチキンに向かって、コック長であるマゴットさんがハーブを散らす。そこに、オリーブ、岩塩、黒コショウを振るったあとで、歌を歌いだした。
「俺たち陽気な料理人~、まだ待て仕上げはこれからさ~、チキンを売っても貯金は出来ぬ~、貧乏暮らしはお互い様さ~、それなら今夜は歌おう踊ろう~」
恐らく、今この城下町で石守の鎮魂歌の次に有名な曲を歌う。
これはマゴット料理店のテーマソングで、大皿で出前を頼むともれなくついてくるサービスだ。そして、彼らは一通り歌いながら代わる代わるチキンに手をかざし、炎を生み出す魔法で調理を行う。陽気な歌と踊り、そして魔法、これらが盛り上がるにつれ、辺りはチキンの焼けた匂いで包まれる。
最高のエンターテイメントを見せてもらったあとで、マゴットさんが小皿にチキンを次々と切り分けていく。子供たちはそれをもらって、席に着く。俺とディーとカイさんは、最後にそれをもらい、夕食にありついた。
食事を終えた俺たちは各々皿を洗い、すっかり暗くなった外に重ねて運び出し、院の門の前に置いた。これを夜中にマゴット料理店の誰かが取りに来る。先日までいたシーナであれば、この皿はすぐに盗まれてしまうだろうなぁ、と思った。
結局、ランツ先生やクライヴと数人の生徒は夕食に現れなかった。生徒が夕食の時間に揃わない、ということはそこまで珍しいことじゃない。特に、今日いなかったモリスは引き取り手、つまるところ進路が決まっているので、もしかしたらその関係でいなかったんじゃないか、と考えた。
今、俺が迷っている進路とは別に、どこかの家庭に引き取られる、という可能性も孤児院にはある。特に体が五体満足で、健康優良児は働き手になる可能性が高い。子供に恵まれなかった家庭からすれば、希望の光にも成り得る。
モリスは俺と同い年だが、俺とは違い幼い頃から体の発育が良く、頭も良い。今の段階で引き取られるのは寧ろ遅いぐらいだけど、なんだか聞いた話によれば、モリスは引き取り手を査定しているらしい。引き取り手の話なんか一度も来たことのない俺からすれば、考えられない話だが、引き取り手が自分に合わないのであれば問題行動を起こして、引き取り手から嫌がられるように仕向けるのだとか。
酷い話だとしつこい引き取り手には、そこの家に試しに泊まった際にわざと怪我をして、暴力を振るわれた、と嘯くらしい。
まったく困った奴だ、保護者は何をしているんだ、と思われるかもしれないが、モリスにはモリスの事情があるようで、院長やランツ先生も強く言わない節がある。なんでも、幼少期に酷い家に引き取られて出戻りした経験があるのだとか。そこら辺を詮索するような間柄ではないし、人のことは人のことという風潮は集団生活において大事なことだと思うので聞く必要もないと思っている。
もしも、何か相談されれば、一生懸命答えようとは思っているけど、俺はその答えを持ち合わせていないと思うし、モリスは俺のことを多分嫌っているいるから、まあ、万が一くらいしか可能性はないだろう。
俺は自分の部屋に帰ってきた。さっきあんなに眠ったのにまだ眠い。ひょっとすると体調が悪いのかもしれない。ディーはカイさんと同じ部屋らしい。俺の顔色を見て、今日の夜はお互いゆっくり休もう、と言われた。
「今日、起きたことを記録、しなくちゃ」
机に向かうが、既に視界が安定しない。体が熱い。少し、休んでから記録しよう。
俺は机に向かうことは諦め、ベットに横になる。天井が回っている。これは、ちょっとまずいかもな……。
……。
……。
夢か現か、誰かが話している声が聞こえた。
その内容は俺の体調の悪さなんか吹き飛ぶ程、最悪な内容であった。
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