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リヤカーの一つにノゾミをのせて、男たちは帰路を辿った。誰も、何も喋らなかった。
スーコにバールで殴られた男は、既にこと切れていた。追いかけて行った方は、けっきょく捕まらなかったらしい。
「すまん、逃がしちまった」
「気にすんな。どうせ一人逃がしてる。状況は変わらんさ」。ヒザキが言った。
スーコは、ノゾミが死んだことを聞いて、ずいぶん長い間泣いていた。
ハイブに着くと、先に話を聞いていた五十代組の一人マツモト(オニガワラと呼ばれている)がやって来て、厳しい顔で、「すぐに会議室に来い。事情を聴く」
「行くぞ」とケンジが言った。
ノゾミが死んだ今、ケンジがこの班の最年長だ。ノゾミよりずっと若く見えるが、歳は一つしか違わない。誰よりも彼と仲が良かった。
4階会議室には、既に五十代組が集結していた。真ん中の、短髪と整えられた口髭が真っ白な男が、実質的なハイブの指導者、マミヤ。窓を背にしているので、こちら側は暗く、辛うじて表情を読み取れるくらいだ。
マミヤの左にアカハナと(ハゲの)ヨシダ。右に腕を組んだオニガワラが座っていた。
「何があった?」と、マミヤが感情を押し殺した声で訊いた。
ケンジが、ぽつぽつと、午後からの出来事を話し始めた。あまり喋るのは得意でない。大切な部分が抜けていたり、声が小さかったりで、質問攻めに合っているのを見て、
「俺が説明するよ」と、ヒザキが前に出た。
「自分の提案で、もっと金になるビルを発掘しようということになりました。途中、怪しい人影が見えたので、ワスプかどうか確かめておいた方が良いということになりまして、班長と俺、スーコ、ケンジさん、アキラの五人で接近しました。武器など持っていないように見えましたが、奴らは拳銃を。班長が撃たれたので、四人で応戦したところ、二人は殺害しましたが、二人は取り逃がしました」
マミヤは机の上で指を組んだまま、目を閉じて厳しい表情でしばらく黙り、やがて「なるほど」と肯いた。「本来発掘すべきビルを放棄し、遠出したことは班長の責任だ。その班長が死んだのだから、今さら誰かを罪に問うことはできない。男たちを見つけたときの判断も然り。正しかったとも、間違いだったとも言えない判断ではあるが、これも班長の責任だ」。マミヤは、若者組9人の顔を順番に見た。
皆、うつむいて黙っていた。若者組には、死んだノゾミも含めてマミヤを嫌っている者が多い。何処までも保守的で、安全策ばかり取りたがる方針に反感を抱いているのだ。
「だが、ヒザキ。殺害した二人のうち、一人は息があったというではないか。どうして、その男を殺したのだね?いいや、殺人罪に問おうというのではない。生かして連れて来れば、奴らの正体が明らかになったものを。この判断は、明らかな失態だぞ」
ヒザキは少しも悪びれず、「そういう声は、確かにありました。殺したのは、自分の判断です。その判断には…、特に理由はありません」
アカハナとヨシダが顔を見合わせた。
マミヤは再び目を閉じ、「分かった。君には、追って何らかのペナルティを課すことにする。…残念だ。君は頭が切れるし、そういう風に感情的になる人間ではないと思っていたのだがね」
「買い被りです」
見ると、ヒザキは拳を強く握りしめ、小刻みに震えていた。