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その夜、アキラはやはり子供部屋を訪れた。
子供たちが寝付くのを待って、ユイを廊下に呼び出した。
廊下の冷たい床に尻をつけて座ると、隣にユイがしゃがみ込んだ。
「ノゾさんのこと…、残念だったね」
「一つ間違えば、俺だったかもしれない。そう考えると、震えが止まらねぇよ」
アキラは、震えている自分の両手を見た。
パンデミックのときには、数えきれない人間の死を目の当たりにした。それ以降にも、事故や病気で死ぬのを見たことがあった。だが、目の前で人が殺されたのは始めてだ。
「ノゾさんには悪いけど…、こんなときに不謹慎かもしれないけど…、アタシもおんなじこと思ってるよ。アキラじゃなくて、良かったって…。アキラは、死んじゃダメだよ」
アキラは、ユイの頭を撫でた。撫でるだけでは飽き足らず、髪をクシャクシャと掻き回した。
「ああ、約束する」。しかし、また重い表情になって、「俺さ…。大切な仲間が殺されたっていうのに、そいつを殺してやることができなかった。どうしてだろう…。もし、この鉄パイプを振り下ろしたら、そいつは頭から血を吹いて、そして、もう二度と動かなくなるんだって思ったら、可哀想でさ、怖くてさ、できなかった」
「アキラは優しいのよ。良いことだわ」
「意気地がないんだよ。姉さんにも、よく言われた」
うっかり、姉のことを思い出してしまい、アキラはなおさら暗い気持ちになってしまった。
『あんたは、まったく意気地がないわね。男なら、もう少ししっかりしなさい』
ユイは姉に会ったことがないはずだが、どこか、よく似ているような気がする。特に、小うるさいところなんかは、そっくりだ。
少し冷えて来た。ユイはジャンバーのチャックを一番上まで上げ、そこに顔を半分突っ込んで、くぐもった声で、
「ねえ、天国ってあると思う?」
「さーな」
「ノゾさん、パンデミックの前には、結婚を約束した恋人がいたんだって。すごく綺麗な恋人だったって自慢してたわ。『俺なんかにゃ、もったいない美人だった』って。会えたかな?きっと今頃、一緒にいるよね」
「ああ、きっと…」
ノゾミだけではない。パンデミックを越えて来た者は、皆それぞれ愛する者を奪われている。アキラにも両親がいた。姉がいた。最初に父が、そして母が、最後に姉が死んだ。7歳だった自分の持っていた世界の大半が、あのとき砕けて消えてしまった。
ウィルスに自分の怒りを聞く耳があるのなら、こう叫んだろう。
「どうして、俺だけ連れて行かなかったんだ!」と。
天国に憧れる自分を、この世に引き留めているのは、紛れもなくユイの存在だ。彼女がいるから、アキラは生きていく。生きていかなければならない。その責任感が、死への恐怖となって、喉を締め上げてくるのだ。地獄のような世界で、この世への未練を捨てさせてくれないのだ。言い方を変えれば、つまり、生きる希望をくれているのだ。




