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望巳は先に家に電話をかけ、会社のアルバイトの子が家に遊びに来たいと言っているからと、断った。電話では、何やら揉めている様子だったが、望巳が上手く言って話をまとめてくれたらしい。
途中、バスを使って30分ほど行くと、郊外の小奇麗なマンションに着いた。ちょうど、夕食時だった。二階建てで、一階と二階に二部屋ずつある。
「へぇ。いい所に住んでるね」
「築5年だよ。結婚生活と同い年だ」
ということは、十年前にパンデミックが起きた向こうの世界では、存在しないマンションということになる。
外階段を上がった望巳はポケットから鍵を出し、玄関のドアを開けた。フッと、その家庭特有の香と共に、料理の匂いがした。
「ただいま」
奥から、「おかえり」と、綺麗な声が返事をした。
センス良く飾られた玄関だ。下駄箱の上に、望巳たちの結婚式の写真が飾られてある。隅に埃が溜まっていた。白いタキシードを着た望巳と、ウェディングドレスの奥さんらしい人が、笑顔で並んでいる。あいにくカメラが遠く、厚化粧と満面の笑顔のせいで、奥さんの顔はよく分からない。美人ではないにしろ、ブスということはないように思えるが…
靴を脱いで、リビングに入ると、キッチンで、奥さんの、直子さんらしい人が料理をしていた。向こうを向いている。
「彼、アルバイトでうちに来ているアキラくん」
「ハジメマシテ」と、アキラも慣れない挨拶をした。
「あっ、いらっしゃい。ごめんなさいね。もうすぐお料理できるから」と、少し振り向いて、愛想よく言った。さきほど渋っていたとは思えない、明るい声だ。顔は、よく見えなかった。しかし、エプロンを着けたその後ろ姿は、とても魅力的だ。
「まぁ、座れよ」と望巳に勧められて、アキラは若草色のソファに腰を下ろした。
望巳が隣に座り、テレビをつけた。番組は、二人組の芸人が司会をするバラエティだった。もちろん、司会者を初め、アキラは全ての出演者を知らない。出演者たちは、何が面白いのか、ちょっとしたことで馬鹿笑いをしていた。よほど機嫌が良いのだろう。酔っぱらっているに違いない。
そうして、しばらくテレビを観ていると、テーブルに食器を並べる音が聞こえ、
「あなた、できたわよ」の声がした。何故か、望巳に話すときには声がこわばっている気がした。
『妻と折り合いが悪くてね』。望巳が言っていた言葉を思い出した。
そこで、アキラは初めて直子の顔を見た。
なるほど。望巳の言う通り、決して美人ではない。一重瞼の目は細く、鼻もこじんまりしている。口も小さく、顔の凹凸も控えめだ。なんだか、一つ間違えばのっぺらぼうになってしまいそうな顔である。しかし、これをブスと言っては可哀想だ。見ようによっては、可愛らしい顔と言えなくもない。少なくともアキラは、テレビに出ているような目も鼻も口も大きな、肉食獣のような顔の女より、彼女の顔の方が好きだった。それに、彼女の後ろ姿を見たときから思っていたことだが、そのプロポーションは抜群だ。少々太めであることは否めないが、出るところは、しっかりと出ていて、それでいてウェストはちゃんと括れている。
「突然だったから、こんなものしかできなくて。気に入ってもらえればいいんだけど…」
声もいい。
アキラたちはテーブルに着いて食事を取り始めた。料理は一般的な家庭料理で、味も可もなく不可もなくといったものだったが、ハイブで食べてきた物と比べれば、御馳走なんていう言葉も霞んでしまうくらい美味かった。
ものの5分で最初の皿を平らげ、
「よかったら、おかわりする?」
「うん!」
「すごい食欲ね。そんなに痩せてるのに。うらやましいわ」
「そうだぞ。アキラ。いくら美味いからって、そんなに食べてちゃデブになるぞ」
直子が、望巳の方をちらりと見る。そして、料理を口に運びながら、なぜか不機嫌な調子で、
「めずらしいわね。グルメのあなたが私の料理を褒めるなんて。今までそんなこと言ったことなかったくせに…」
「は?」と望巳。
褒めたつもりはない。確かに『美味い』とは言ったが、それは、アキラが元いた世界の料理と比べてという意味だった。だが、事情を知らない直子からすると、料理を褒めたように聞こえたようだった。
アキラは、次から次へと口へ料理を詰め込みながら、
「美味いに決まってるじゃないか!野菜も肉も最高!何て言うの?これ。ナミモリとは違うよね?」
「ポトフよ」
「ポトフの肉かぁ…」
「お肉はカシワよ。知らないの?」
「カシワ?」
「鶏肉のことだ。鳥の肉だ」と、見かねた望巳が助け舟を出した。
「へぇ。鳥の肉って美味いんだ。俺たち、猪か鹿くらいしか食わないからさぁ」
さすがに、直子は怪訝な顔をして、
「アキラくんって、どちらの出身?」
「俺?ノイサンハイブ…」
「すっごい田舎なんだ!こいつの故郷」。焦った望巳が割って入った。「猪や鹿が畑を荒らすから、捕まえて食っちまうんだ。な?!」
「そうなんだよ。あいつら、畑を掘り起こすから大変なんだ。でも、猪は御馳走なんだぜ?みんな肉の取り合いだからな。腹の脂身なんて…」
望巳が、それ以上しゃべるなと合図を送ったので、アキラは黙った。
結局、鍋が空っぽになるまでアキラは食べてしまった。
「はぁ…。美味かったぁ」
と、アキラはソファにゴロンと横になった。
「おい、行儀が悪いぞ」
「いいじゃない。たくさん食べたんだから」と、直子は機嫌が良さそうだ。
「いいなぁ、ノゾさん。毎日こんな美味いもん食ってるんだろ?良い所に住んで、奥さんは綺麗だしさ」
「まぁ」と、直子が顔を赤らめる。
「そりゃあ、お前から見たら、そうかもしれんが…」
「何言ってんだよ!ノゾさんだって言ってたよ。俺の彼女はすごい美人だったって」
「彼女?」。直子が聞き返した。「ねぇ、彼女ってどういうこと?」
望巳は焦ったらしい。
「つまり…、その…」と、しばし口ごもり、「お前のことに決まってるだろ!俺の女はお前しかいないんだから!」
「ウソ!あなたが私のことを美人だなんて、言うはずがないじゃない!」
「違わないよ」とアキラが言った。「奥さん、ノゾさんともう十年以上も付き合ってるんだろ?ノゾさんが言ってたの、きっと、あんたのことだよ。あの人、忘れっぽくて、すぐにドジを踏むけど、話を盛ったりする人じゃなかった。すごく嬉しそうな顔をして、あんたのことを話すんだ。すごい美人だったって。俺にはもったいない女だったって。嘘じゃないよ」




