第42話 カエルが鳴かずとも帰ろう……
“ビッグになって王都で美女とキャッキャウフフしてやるぜ”なーんて願望があるわけじゃない。で、邪なそれがこれっぽちも無いのに、今朝には俺のモチベーションが最高潮に達した。んでもって、今現在も同じ水準を維持し続けている。
大した理由なんて無い。ただ、ちょっとした楽しみは存在する。こんなことを他人に言ったら馬鹿にされるかもしれないが、俺の“元将軍のハミルカル氏を驚かせてみたい”という欲求は確かに本物だ。
屈強な男の筋肉がブルブル震えるさまを眺めるのが好きだ、なんて事もありはしないのだが、なんだ、その、本物の笑いってのをひさしぶりに見た気がするのだ。それをもういっぺん見たいと思うのは普通の感情であると、俺は信じたい。
……テレビに飢えてるのかなぁ。お天気お姉さん、どうしてるかなぁ。
塩見リコはコップを手に、気だるそうにテーブルに臥している。
「ねぇ、和人さんや、何物思いに耽ってるのぉ?」
「いや、ちょっとな。ハミルカルさんの事で」
「おほぉぉおおおう、やっぱり和人くんはハミルカル氏の事、想ってたのかぁ……あはあははああ」
「ど、どういう事……なの?」
「芦尾ちゃんが食いついて来た!! 興味ある? あるよねぇ~フヒ、フヒヒ……フヒヒヒヒヒ」
やっぱり誤解解けてないですよね。
まぁ、とにかく、効率的に経験を積みたいのだけど、なかなか上手くは依頼が見付からない。それどころか、低難易度のクエストばかり。
農作物の収穫かぁ。賃金はそれなりに手に入るけども、経験を積めるかどうかはあやしいもんだ。できれば、懐かしいゲームの敵キャラみたいに一発逆転を狙える高経験値モンスターを狩ってみたいのだが。例えば、アレ……そう、メタリックスライム。硬く素早く倒すのは決して容易ではないのだけど、一度倒せばレベルが上がっちゃうアレ。
この世界はゲームなんかじゃないのでレベルって概念もないのだけど、金属の塊みたいなヤツと戦えたら、まぁそれなりに強くはなれそうな気がする。罪悪感なんて微塵も持たず魔法を撃てるのだから。
あ、いや、撃てることは撃てるのだが、一つ問題があった。たしかそのメタリックスライムには“呪文”は効かなかったような気がする。だとしたら、俺には彼を倒せないな。ドラゴンに変身する呪文なら効くとかなんとか聞いたこともあるが、残念ながら俺にはそんな大層なモンは仕えない。
ドラゴン並みの火力が欲しいなぁ、なんて考えたりした。あの金属塊を一瞬で蒸発させる程の、大火力。中華料理店のガスコンロ並みの大火力、憧れる。
やっぱりね、あの火力が無いとチャーハンなんて無理なんですよ! だからね、なんとしてでも火力を。
いやいやいや、今はチャーハンの事はどうでもいい。今はとにかく、俺に対する誤解を解かないといけない。
「あのね、芦尾。俺は、別にハミルカル氏とは何もないの。俺は男、ハミちゃんも男。分かった?」
「ね、芦尾ちゃん、和人は否定してるけど、そういうトコが怪しいでしょ?」
「そ、そうですね、確かに」
「否定しなかったらそのままアレ認定されちゃうからね、仕方が無いね。袋小路だよ、まったくもう」
「からの~?」
にやけ顔の塩見はその両の手を構え、人差し指を俺に指す。なんかちょっとムカつくニヤケ顔であったが、いつもの事だ。
「男ぉおおおお、ダイスキィィー!! じゃないから……じゃないから!」
つい、空気を読んで思っても無い事を口走ってしまい、即否定。でも、きっと塩見には“じゃないから”は聴こえていないだろう。
「ほら、ね」
「ほらねじゃねぇよ。おまえなぁ。もう……いいや」
「あはっはは、肩落としてる、あははっははは」
こういう言い方をすると語弊があるだろう。が、あえて言わせてもらうと、俺は女好きなのである。2メートル超の大柄なおっさんが椅子から転げ落ちるのは好きだが、男好きではない。
まぁ、ハミちゃん、友人としては好きかなぁ。だって、凄く面白いし。
「はぁ、ちょっと散歩してくる」
「そのまま逃げるなよぉ、私たち財布持ってないからね~」
「あぁ、そうだな、明日また来るよ」
「おいぃぃ」
帰ろう、黙って帰ろう……。
と思ったけど、流石に可哀想だから止めておこう。それに雨飾も芦尾もいるしな。
市場は今日も賑やかだった。いつ来てもやってるような気がするんだけど、市場の人たちはちゃんと休んでるのだろうか。




