「青」天の霹靂・6
応接間は職員室の隣にある。本来は、お偉い様のために使用される、らしい。僕はこの部屋が正式な使われ方をした場面を目撃したことはない。この学園に来客などこないからだ。では何故、こんな空間を作ったのだろうと、僕は常々思っていた。なるほど、こういう時か。
「来たな」
ハクラ先生とはこれまであまり大きな接点はなかった。今年に入り、僕のクラスの担任となった。異国の血を引いているようで、銀色の髪がとても目を引く。その割に、どうも影は薄いというのが僕の印象だ。口調の堅さとは裏腹に、全体的に漂う、ほんわりとした空気のせいだろうか。いつもなにを考えているのかよく分からない。ただ今は、目がちょっと赤くなっていて、少し鼻声だと感じたが。
そのハクラ先生はソファーに座ってずずっとお茶を啜っていた。僕が到着するまで歓談にでも興じていたのだろうか、カップに注がれた紅茶は湯気が立っていなかった。暖かい時期でもなければ、冷たい紅茶にはしないだろう。
まあ、こちらは割かし、どうでもいい。
「坊っちゃん。全生徒憧れの存在、【お兄さま】に選ばれた女性です。坊っちゃんのクラスメイトでもあります」
問題は対面にいる、他校の制服を着た、『彼』。
短く揃えられている髪。丸みがなく、定規で太い線を引いたような体つき。炯々と輝く瞳。それらは全体的に、僕が動物園で一度だけ生で見たことのある、虎を思わせた。
なのに朗らかに笑うと、爽やか好青年。これをまともに向けられれば、数多の女性が彼の虜になるだろう。どうしようもなく、彼は男という生物だった。
……しかし、その目は如何ともしがたい。底が知れない。
ハクラ先生は静かに立ち上がり、僕と目を合わせる。
「ナシヤマになら、坊っちゃんを安心して委ねられる。まず始めに、最初は学校案内をしてもらいたい」
「は、はい?」
「了承したな。では、あとは若い人たちに任せる」
聞き返しただけの言葉なのに、了承と無理矢理受け取られてしまった。そのままふわふわと部屋を出て行ってしまう。僕には解除不能な爆弾を残してだ。……ハクラ先生って、あんな性格だったかな。
「どうも初めまして、諫早森羅です。すみませんね。突然押し掛けたのに、こんな厚かましく」
ニコリと笑いながら、僕に一礼をしてきた。とても礼儀正しく、まさに優等生といった感じ。
「いえいえ。まだよく掴めていないけれど、頼まれては仕方がない。僕はハクラ先生の命令通り、学園案内の役を買わせてもらうことにする」
ハクラ先生は僕を【お兄さま】と紹介した。ならば僕の求められている彼の対応はこれで正解なはず。佐手さんにもハクラ先生にも任されたのだから、こちらも好き勝手やらせてもらう。
「そうですか、ありがとうございます」
彼はテノールの声でそう言った。その首には、喉仏がくっきりと飛び出ている。男装した女子……という線は、残念ながらないようだった。




