早速攻略完了!・8
「納得できるものに仕上がりましたね」
「んん……そうだねえ……でも、ちょっとお行儀がよすぎるんじゃないかな」
僕は破魔の原稿を眺める。妥協点ではあるか。最低限は揃っている。それ以上ではないが。
「これでもバイアスの掛からないよう纏めたつもりなんです」
「掛けてたら承知できませんよ」
諫早はソファーに背中を預けて、破魔の淹れたアイスミルクティーを飲んでいる。真冬でもなければ冷たいものが好きらしい。まだ春なのに気の早いことだ。破魔も下準備をそつなくこなしている。お茶受けにはお饅頭。「破魔は気がきくね。僕なんかそんなことまでまわらないのに。僕のルームメイトには勿体ないや」と言うと「誰かの為に磨いたんですけど」と顔を赤らめるという、実に不思議な反応をした。誰だろうねその誰か。
「いや、それにしても美味しいものですね。紅茶も饅頭も」
「毎食のご飯は不味くても、お茶とお菓子は美味しいのがアオナシさ」
どこのヨーロッパの某国だろうか。そういった国の影響を受けているから……ではないんだよなあ。雰囲気とかはそれっぽいのに。
「それにしても、君は平均的な男性像だねえ」
「お恥ずかしながら。それが俺という人物ですよ」
僕はごく普通に、温かいストレートティーを飲みつつ(これも破魔の淹れたものだ)、あくまでもサロンでする軽い話のように、彼へ言った。
癖が強いわけでもなく。「男性はこういうものだ」という線を逸脱していない。全ては性差で片が付く。アオナシは男性慣れしていない娘も多い。偏見は多く、固定観念もかなりのもの。それを崩すワクチンとしては十分なのではないだろうか。「私の思っていた男性という生き物と違う!」なんて言われたら、僕だってフォローできないが。
「それだけ、狙って演技をしているというわけか」
僕は臆面もなく言い放つ。
「それはどういう意味でしょうかね」
諫早だって、僕が見抜いていることぐらいとっくに気が付いている。それが分かった上での、この爽やか笑顔。
「疲れないかな、それ。僕のこの『演技』だって、たまには素に戻りたくなることもあるのに。……ほらそこ、変な目で見ない」
破魔にシラーっとした眼差しを向けられると、最近はもう、ゾクゾクすらすんだよね。
「ねえ諫早」
僕は至極真面目に、彼に向かう。
「そろそろ、化けの皮をはがしたらどうだい?」
「…………」
僕がそう言うと、諫早は徐々に顔を崩す。自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟る。そのくせ、一しきりやったあとに髪を元通りに修正したところが、なんともおかしかった。
「――あー、もう、やめやめ。おめえらの前でこんなかったるい演技、やってらんね」
高校生らしい側面が飛び出してきた。あまりの豹変ぶりに破魔が驚いている。
「驚きました。諫早さんは、それが普通なのですね」
「そうだよ破魔。男なんてこんなもんだよ」
「その解釈のされ方も釈然としねえもんがあるけどよ」
破魔にとって、男イコール諫早、という等式が成り立ってしまうわけで。そこまで親しいわけでもない女子を自分色に染めるのは、腰が引けるということか。アオナシにきた男が言うことではない。そんな気しかしない。
「で、なんだよおめえら。俺がこそこそ嗅ぎまわってると、なんか不都合なのかよ、え?」
「その逆切れの仕方は、とても褒められたものではないね」
なんとも悪役然としたことで。小物臭すら漂ってくる。
「別に。他の娘がそれでもいいと思ってるなら、僕としてはいいんだよそれで。演技していることをとがめているんじゃないからね。……ただ、君の目的が分からなくて。生徒に牙を剥くのなら、【お兄さま】としては君と敵対しなくてはならないから」
意図して声を低くする。暗に威嚇していることを示すために。
――そして諫早は、実に衝撃的な台詞を続ける。
「ならしょうがねえ。財布の紐はほどいておくしかねえか。話してやるよ」
軽っ!
軽っ!!
軽ぅっ!!
物語が急展開を見せてからここまで実に二十秒未満。この展開にはさしもの僕だって呆気に取られた。どうやって腹芸をし、追いつめて行くのか。それが主題になると思っていたのに。破魔を見ると、「ハマたちの作戦って実は意味なかったんじゃないですか?」という表情をしていた。誰だって破魔の顔を見れば思っていることが読めるほど露骨に。
「あん? 不満か? そりゃねえよ。そっちだって、簡潔に事が済んだ方が楽だろ」
「まあそうなんだけど」
「ただし、俺にも明かすデメリットはある。相手は選びたい。これを伝えるなら、自然と二人には、俺に協力してもらうことになる。そんぐらいの覚悟があんだ。……どうだ?」
結構、危ない橋を渡っているのだろうか。恐る恐る、といった態で聞いてきた。
こちらがイニシアチブを握れるなら、願ってもないことだ。その内容にもよるが、協力するのは吝かではない。
その大きな理由の一つが、『暇だから』だ。
……いや、これが深刻な問題なわけで。
日々の生活に刺激がない。潤いがない。僕はこんな性格ゆえ、実家から密輸している暇つぶし道具もあるにはある。それを隠すのもまた一興なのだ。しかしそれは、膨大な十代という時間を満足させるには至らない。
馬鹿にされるだろう。そんなことは承知している。
それでも僕は――純粋に、興味が湧いたのだ。
「破魔はどうする?」
「ラーナの決定に従います。ハマの力では大したことはできません」
ふむ。口が悪いけれど、純粋無垢なこの娘を、危険な目に合わせるわけには。けれど、破魔だってちょっと好奇心がくすぐっている様子。無表情をしているけれど、僕には分かる。
「よし、乗ろう。【お兄さま】として、敵となるか味方となるか、判断したい」
「そもそも信じるかどうかはお前ら次第だ。好きにしやがれ」
そうして、説明を始めた。
諫早は父を恨んでいる。一度会ってぶん殴ってやりたいとか。どうして恨むことになったのか、その動機までは話してくれなかった。なんとなく、「父のせいで母が苦しんでいる」といった事情は察することはできたが。
諫早は、昔から父を探しているわけだ。……なのに父のことを全く知らない。名前、年齢、背格好に至るまで。この世に生誕した時には既に姿をくらましていた。母の口ぶりから、まだ生きていて、この世界のどこかに存在していることだけは確からしい。
父についてようやく掴んだ手掛かりが、このアオナシなのだと。保護者、あるいは経営者、どのような形で関連しているのかはともかく、「セーム学園」という場所に深く関わりがある。そんなことを信頼できる情報筋から入手した。どうにかして潜り込む手段を探していたところ、学園長が例の提案をしてくれた。そうしてこのアオナシへ入学することとなった。
始業式から今日までは、大人を中心に、教員棟で情報収集をしていた。ただ、彼の明るくない表情から、芳しくない結果に終わったと想像しないのは洞察力がなさすぎるだろう。大人のことは大人に限るぜ! と高を括っていた彼は、教員からまともなきっかけを手に入れられなくて意気消沈していた。……そもそも、名前も顔も何一つとしてない人探しなんか、できるはずがないのだ。
しかし彼も諦めきれない。愛する母を苦しめる元凶を、許してなるものか。地球の反対側にいたって、怨念を送って呪い殺してやる。そういった気概がある。今度は生徒から集めればいい。そんな時に、協力してくれる者が現れた。都合がいい。ああ都合がいい。なんて良い人、いや、人がいいのだろう。
諫早はバカ正直に、自分の思っていること全部を明かしてくれた。
…………。
事情を聞かされても、どうにもこうにも。彼の行動に合点は言ったが、だからといって信じられたものでもなかった。
「これを聞いたからには、生きて返すわけにはいかねえ」
「君ってやっぱ悪役なんだ! ……ってかボケるねえ」
「こっちが素だからな」
やっぱ失敗だったかなあ、色々と。しゃぶり尽くす宣言をされてしまったぞ。僕なんか美味しくないだろうに。ああ、【お兄さま】の皮なら極上か。僕も少しだけ食べたことがある。佐手さんの口づけはそれだけで意識が飛びそうなほど甘美だった。思い出しては赤面する。ってことはやっぱり、諫早も僕の男性的な部分を……。おー怖い怖い。
……でも。
それと分かっていても、放っとけないんだよなあ、彼を。
なんてことを破魔にでも言えば、「だからラーナは人がいいんですよ。いい人ではないです。ハマはイサハヤに同意です。利用するには使い勝手がよすぎるんです」とかボロクソに罵られそうだ。僕の知っている破魔なら絶対に言う。
どうせお人好しだよ、僕は。悪癖かもしれない。
けれど、そういったものを含めて、僕は今年度の【お兄さま】なのだから。僕の力が助けとなる人間がいるのなら、出来る限りで援助してやりたい。
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