幕間
遠く離れた、無関係の場所にて。
「あら。光輝君じゃない」「ええ。留守でしたので、勝手にお邪魔させてもらっています」「光輝君だもの。好きなだけここに居てもいいのよ」
門扉を開けて入ってきた加稲は、やや肩を上下させていた。額には汗がうっすらと浮かんでいて、張り付いた数本の髪が、なんとも色香を振りまいている。
光輝は無言で加稲の一歩後ろへ立ち、腰を柔らかく支えて、中庭の椅子へ誘導する。
「ごめんなさいね。身体が弱くて」「いえ。そんな人に無理をさせる、高田当主がおかしいだけです」「あの人を悪く言わないであげて。私たちを無償で援助してくれているのだから」 椅子に深く腰掛けた加稲は、大きく呼吸をする。相当に疲弊していた。
身体を明け渡すことを、無償と云えるのだろうか。「……加稲さんなら云えるんだろうな」と光輝は自ら否定した。今やそうでもしなければ、諫早家は力を持てない。
「最近、怪しい人物が諫早家を探っているようです。気をつけてください。おれのお抱えによると、どうも梨山の手の者らしいです」「梨山? ここ数年で大成してきた家ね。当主の梨山杷は、森羅も一目置いていたわね。でもそんな家がうちを調べてなにになるのかしら。探られて痛いことなんてないわよ」「いえ、ある意味、加稲さんが最大な痛みなわけで」
おそらくは、それが目当てなのだろう。梨山家は、子供が多く、光輝と同い年の娘もいるとも聞く。そしてその娘は、セーム学園の生徒なのだと。……正直、得体が知れない。防備を厚くしておこう。それが加稲の危害となっては困る。
「おれが花を見ましょうか」「…………。え? 駄目よ、お召ものが汚れてしまうわ」
加稲は今日も花壇の世話をしようとする。不憫に思った光輝は、喜んで進言した。なにかの暗喩だとでも思ったのだろうか、加稲は首を傾げたが、そのままの意味に受け取ってくれ、その上で断られた。
「なんの。おれの使用人は仕事熱心な働き者がばかりなんですよ。珈琲を絨毯に零してしまったと思ったら、砂糖に群がる蟻のように何人も集まってきて、あっという間に染み抜きしてしまうんですから」
大まかな手順なら加稲を見て覚えている。分からないところがあれば指示してくれる。
「普通ならこういったことも使用人がやるんでしょうけど」
あの下男は、契約書に記された仕事外のことは全く関与してこない。
「私にとって『使用人』は、いつまでもギンだけだから。それ以外は、お手伝いさんよ」「未亡人が夫に操を立てるように、ですか」「なかなか上手い皮肉を言うわね」
光輝から発言したくせに、笑っていいのかどうか悩んでしまった。
「ギンには帰ってきてもらわないといけないから。それまで、森羅に愛着が湧いて名残惜しく思ってくれればね。ふふ。十数年ぶりにする、あの娘への悪戯よ」
光輝が水遣りをしている姿を見ながら加稲は小さく、しかし明瞭に言った。光輝はそれを聞いて、「幾つになっても可愛らしい人ってのはいるもんだな」と思った。
「こんな儚き人を置き去りにするなんて、シンも酷いものだ。なにが『母上を任せられるのは光輝だけ』だ。大切なら、自分で守りやがれ」
一丁前に親友として友情ゴッコ。それに乗っかってしまう自分に嫌悪する光輝であった。
森羅は昨年の夏ごろに突然、「俺はセーム学園に侵入する」と言いだした。以前より、父を加稲に内密で調査していた森羅だ。その情報源がどこか。
何を隠そう、光輝である。
それからの森羅は、ではどうすればセーム学園に潜れるのか真剣に悩んだ。「女装して乗り込むというのはどうだ」なんて意見が飛び出し、なんとか見れるレベルにしようと頑張ったことすらあった。開始して五分で諦めたが。あの時は笑いを堪えるので必死だった。
ごく真面目に女子学園に入学する方法を考えている森羅に失笑ものではあったが、年末が過ぎ、年明け頃、新年のあいさつに諫早家を訪れた光輝は、愕然とするばかりであった。
森羅は、セーム学園の入学願書を手に入れていた。
「どうやってシンをセーム学園に捻じ込んだんですか? おれもおれなりに調べたんですけれど、力不足を実感しただけでしたね。入手すらできなかったですよ」「あら。それを訊くの? なぜ森羅があの学園を目指したのか知りたくなってしまうわ」「ははは。おれが加稲さんとの、『シンには産みの父を秘密にしておく』という重大な約束を破るわけないじゃないですか。なんであいつのために」「ふふ。そうね。光輝君と森羅は、羨ましくなるくらいに親友をしてるから。……正規のルートではないから仕方ないわね。ちょっと学生時代の知り合いをね。当時の担任が、今は学園長になっているのよ」「おやおや。身内贔屓じゃないですか。加稲さんも清楚なナリをしていて、なかなか過激なことをやるんですね。ま、学生のうちにシンがこの世に形取られてるんですから、今さらですが」
はははと笑いながら光輝は言った。冗談でもあり、冗談になってなくもあり。
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