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早速攻略完了!・2

 四時間目の終業を告げるベルが鳴らされて、ようやく昼休み。今日も一時間目から四時間目まで、消化するしかない日常の、一先ず半分以上は過ぎ去っていった。

 さて今日の昼の予定はなんだっけ。【お兄さま】になると、迂闊にお誘いにも乗れないんだよなあ。などと頭に軽く予定の青地図を描いているその僅かな隙で、彼はもうどこかへ行ってしまっていた。また朝食と同じく、何人前かを胃に収めるつもりなのだろう。

「……ふう、僕がいかないとだめか」

 なにせ不条理に対応できる人材が、僕の知る範囲にはいない。自分自身で行動するしかない。道中にそこいらにいる娘に彼の行方を訊いていけば、簡単に見つけることができるだろう。僕は席を立って、彼を追いかけようとする……と、蒔苗君に緩く腕を掴まれた。

「待って。ちょっとお話があるの」

「なんだい? 行きたいところがあるんだけれど……」

「諫早さんの付き人は破魔ちゃんに頼んだわ。彼に聞かれたら不都合なの。教室が一番安全だと思う。これまでの行動を見るに、一度出たら昼休みが終わるまで帰ってこないわ。梨山さんと意見を早いうちにすり合わせたいから、夜になるのはちょっと待てないの」

「…………」

 重要な話があるようだ。これは避けられないし、するべきではないだろう。それに、破魔がいるならまだマシだ。僕は腕を解放してもらい、逃げない証明に蒔苗君と向き合う。

「わかった。話を聴こうか」

「ありがとう【お兄さま】。ちゃんとお弁当も用意してあるわ」

 昼食は学食と弁当が選べる。「各々が好きな場所で食べられるように」の配慮だ。平日の場合、朝のうちに注文を出しておけば、昼休み前に教室前へお弁当が届けられる。教室で食べるもよし、寮に戻って自室で食べるもよし、倶楽部棟で部員と食べるもよし、天気がよければ外にでてのんびりと風に当たりながら食べるもよし。

 ……でも割と最近、このシステムを利用した、とてもよく似たシチュエーションと遭遇したような。僕はそれが印象に残っている。甘味と辛味が混じった、混沌な口当たり。

「嫌な予感しかしないから、やっぱり、夜とかにしてほしいんだけど……、」

 せめて条件はいくつかずらしたい。

「あれ? 生徒会長とは、生徒自治会室で二人っきり、食べてたそうじゃない」

 ふふっ、とニヤニヤした下世話な笑みで断定してくる。

 噂はどこから広まるか想像もできないから噂。だとしてもどこから何故漏れたのだろう、佐手さんとの秘密の一時。覗き見できるような隙間、生徒自治会室にはないはずなのに。もしかすると今年は「誰かと二人きりでお弁当を食べる」が事件のトリガーになっている気がしてならない。二度あることは三度ある。やだなあ。食堂でしか食事できなくなっちゃうじゃないか。

「かつての【お兄さま】とは同席できるけど、私たちとはできない? ……そうよね、私だって憧れた、あの合田様には梨山さんも断るはずもないけど、私たちなんかとはね。魅力なんか全然ないわけだし……ごめんなさい、私が悪かったわ。また今度にして」

 蒔苗君は言い終わるのを見計らって……泣き始めた。ひっく、ひっくとしゃくりあげる。

「ああ、ああ、ああ、マアちゃん、マアちゃん、泣かないで」

 背後に控えていた蒔苗君の親友、茶畑君が、すかさず慰める。茶畑君の目尻にまで、涙は流れていた。ちなみに蒔苗君は、演劇部の裏方。表に出ないのが謎なほど無駄に演技派。

「梨山、ひどい。気に入らないからって、敬愛する子羊を見捨てるだなんて」

 茶畑君は感情は豊ではないが、それにしたって……棒読みだった。ちなみに茶畑君も、演劇部。こちらは花形。「君らは演劇部なのに、舞台じゃないと大根すぎるよ」と言ってやりたかったけど、それをすると悪化する気がしてならない。

 まだ教室に残っているクラスメイトが「梨山さんがあの蒔苗さんを泣かせました。どう思います?」「前代未聞ですわ。クラスを省みないだなんて……家庭を蔑ろにするダメ夫みたいです」なんて、はっきりと僕に聞こえるようにひそひそ話をしている。中には涙をはらり、一粒落とす娘も。演劇部な蒔苗君(裏方)の啼泣は、見る者に涙を誘う。星の光ほど小さかった粒は、空気に混じって、その儚い命を燃やしつくした。

「なんだい君たちの団結力! わかった、わかったから泣きやんでくれ蒔苗君!」

 僕が折れた瞬間、蒔苗君は「じゃあお昼にしようか」と夜の滴を集めたグラスのような、陰のある笑顔で、「協力ありがとう、みんな」と言った。

「……ねえ。女の涙は武器って格言、知ってるかい? あと、数の暴力」

 僕も泣いた。なのに武器にはなってくれない。なんだこの差別。あれか、普段の行いか。

 蒔苗君は何事もなかったように、蒔苗君は手近な席をくっつけて、喋り場兼テーブルを作る。協力してくれたクラスメイトは、もう散り散りになっていた。そんな決断力を発揮しなくても、僕は蒔苗君と昼食を付き合っていた。オーバーキル。

 もうこうなったらやけ食いだ。僕はお弁当を開け、早口で食べる。行儀のよさなんて知ったものか。どうせこのクラスには僕の酸いも甘いも知りつくした者しかいない。

「私たちからすれば、諫早さんはとても好印象よ。でも梨山さんからすればそうではない。なにか裏があるのだと。そういうことよね?」

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