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「もし生まれ変われたのなら」

 そこは漆黒の空間だった。

 真っ暗で何もない。何も見えない。死神の色が彷彿される世界。

 僕はそこで水の上に漂うように浮いていた。

 ただゆっくりと降下していく感覚があった。

 死神は僕の手を握っていた。

 彼女と共に僕はゆっくりと落ちていく。

 このまま行きつく先は地獄なのだろうか。それとも天国なのだろうか。

「これからどうなるんだろう?」

 僕の言葉に死神は振り返って笑った。

「分からないわ。それはあたしの領分じゃないもの」

 あっけらかんと言ってのけた彼女に僕は苦笑いを浮かべた。

「それもそうだね」

 彼女はからからと笑った。

 そうしてしばらくは沈黙が空気を支配した。

「ねえ、聞いてほしいことがあるんだ」

 僕は彼女にそう言った。

 彼女は僕の顔を一直線に見て、「何だ?」と聞き返す。

「大した話じゃないけど、でも、話しておきたいこと」

「ほぅ……。聞こうじゃないか」

 少しあくどい笑みを浮かべて彼女は僕の言葉を待っていた。

「ホントに大した話じゃないんだけどね。

 僕が死んだ後にどうしようかと思ってた話。取るに足らない妄想みたいなもの」

 死んだその後なんて、生きている人間にとっては妄想と同じだ。

 だから、誰にも話したことはなかった。

 でもこの死をもたらす少女には、そして死んだ後の僕ならば気兼ねなく話せる。

「死んだとして、輪廻転生して、もし生まれ変われることができたなら、僕は鳥になりたかったんだ。

 どこか地図にも載ってないような小さな孤島に暮らす鳥にね。

 それで偶に人間のいる所まで飛んで行って世界を見つめることができる鳥に。

 そんな鳥に憧れてたんだ」

 死神はどこか優しい光を持った瞳で僕を見つめていた。

「でも、鳥ってそんな光景を楽しむ余裕はないだろうって思ってた。

 多分生きることに必死で、自然の景色とか香りとか、そんなのはみんな生きるために必要な情報以外は切り捨ててるんじゃないかなって」

 だからこそ、僕は鳥になりたいとも言いきれなかった。

「でも今は違うんだ」

 最期の景色、あの景色を僕は美しいと思えた。だから、……。

「なら、今はどうなんだ? もし生まれ変われたのなら、何になりたいんだ?」

 僕は胸を張って、迷うことなく言い切った。

「また人間になるよ」

 景色に感動したり、人の事で悩んだり、いろんなことができる人間に、また生まれたい。

 僕は心からそう思えたんだ。

「……フフ」

 死神は堪えきれずと言ったように小さく吹き出した。

「そんなに可笑しい事かな?」

「いや、あんた。今まで一貫して、死にたい死にたい言ってたくせに、また人間になりたいって」

 終いにはお腹を抱えて彼女は笑っていた。

「……やっぱ変かな?」

 余りに笑われたせいで、何だかちょっと不安になってきた。

「いいや。変じゃないよ」

 笑い過ぎて出たのか目端の涙を拭いながら彼女はそう言った。

「ただ、今度は自殺志願者なんかにならないでよ?」

 指さして忠告してきた彼女に、僕は力強く頷いて返した。

「多分大丈夫」

「なんか自信あるのかないのかよくわかんない返事だな~」

 彼女は頭を掻きながら僕の返事をそう評価した。

 信用されてないと思いながらも、僕はまあそうなるよねと自分でも思い直した。


「そろそろあんたとの付き合いも終わりだ」

 死神はそう言って止まった。

 しかし僕の身体はまだまだ降下を止めなかった。

「あんた、感謝しろよな。このあたしに命を奪われた人間第一号としてな」

 死神の少女は誇り高そうに胸を張っていた。

「うん。感謝しているよ」

 僕はすぐにそう言い返した。

「……やっぱあんた、変わってるよ」

 じゃあ、と言い残して死神は僕に背を向けて、上昇していく。

「ねぇ死神!」

 僕は声を張った。

 上昇していく死神の背後から光が射していた。

 あの光の場所が、僕の生きていた世界なのだろう。

 死神が振り返った。

「君の名前を教えてよ。死んでいく手土産に」

「おお。そういやまだ教えてなかったな。心して聞け!」

 死神は光の元へと上昇していく。

 僕は闇の奥底へと下降していく。

「あたしの名前は……」


 僕は彼女の名を胸に刻みつつ、まだ光の中の一粒の黒点として見えるその姿を見続けていた。

 僕は思う。

 彼女は本当に死神だったのだろうか、と。

 少なくとも僕にとっては救いの道を示してくれた。

 彼女にもらったものは大きい。それは決して体の死だけではない。

 もしかしたら彼女は、救いの女神だったのかもしれない。

 まあ全部想像にすぎない。


 僕は僕を吸い寄せる闇を見据えた。

 これから僕はどうなるのか。

 それは分からない。


 けど。

 もし生まれ変われたのなら。

 今度は生きたいと願えるのだろうか。

 それとも、やはり死にたいと思ってしまうのだろうか。


 きっと大丈夫。

 僕だって最期に思えたのだ。生まれ変わった僕なら大丈夫なはずだ。


 もしその僕がまた死を望んでしまったとしても。


 それでも僕は選んでくれるだろう。

 次だって、人間になりたいと。



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