抗異化作用とメロン肩
「クソッ……! 筋肉が、俺の筋肉が萎んでいく……!」
豪は自身の腕を抱え込み、ギリッと歯を食いしばった。
紫色の結界【強制萎縮】の中にいるだけで、極限まで鍛え上げられた筋繊維がボロボロと分解されていくのがわかる。
横を見れば、大剣使いのクレアティナと魔術師のマルトディアが、立ち上がることもできずに荒い息を吐いていた。
「し、師匠……ごめんなさい。大剣が……持ち上がりません……」
「僕の、太ももが……また、元の小枝みたいに……っ」
せっかくの地獄の合宿で手に入れた彼女たちの美しい筋肉が、無惨にも削り取られていく。
空を見上げれば、遥か上空の紫色の雲の隙間から、魔王軍幹部コルチゾルが嘲笑いながらこちらを見下ろしていた。
「アハハハ! いいぞ、そのまま醜い骨と皮だけの姿になって消滅するがいい!」
絶望的な状況。しかし、豪の瞳の奥で燃える怒りの炎は、決して消えてはいなかった。
「……諦めるな、お前たち」
豪は震える手で虚空を掴み、スキル『空間収納』から大量のボトルと粉末を取り出した。
「筋肉の分解が起きているなら、それを上回る速度で合成し、分解を阻止すればいいだけだ!!」
「し、師匠……? それは……?」
豪はシェイカーに謎の粉末を爆速でブレンドし、倒れている二人の口に強引に流し込んだ。
「飲め! 吸収速度に特化した必須アミノ酸『EAA』と、筋肉の分解を強力に抑制する『グルタミン』の特濃ミックスだ!
胃での消化を必要とせず、わずか数十分で血中アミノ酸濃度をMAXに引き上げる魔法の霊薬だぞ!」
「んぐっ、ごくっ……!?」
甘酸っぱい液体が喉を通った瞬間、クレアティナとマルトディアの体に劇的な変化が起きた。
細胞レベルで枯渇していた栄養が瞬時に行き渡り、削り取られようとしていた筋繊維が強烈な抵抗を始めたのだ。
「あ、あれ……? 力が、抜けていかない……!?」
「それに、少しだけ体が軽くなりました……!」
「当然だ! 血中のアミノ酸が満たされている限り、筋肉の分解は最小限に抑えられる!
こまめな栄養補給こそが、ストレッサー(コルチゾル)への最大の対抗策だ!」
豪自身も特濃EAAドリンクを一気飲みし、失われかけた大胸筋にパンプを呼び戻す。
上空からそれを見ていたコルチゾルが、忌々しそうに舌打ちをした。
「チィッ、小賢しい真似を! だが、ただの延命措置に過ぎん! 私のいる上空までお前たちの物理攻撃は届かない。ジワジワと干からびるのを待つだけだ!」
コルチゾルの言う通りだった。
彼の結界内では魔法の威力も減衰するため、マルトディアの爆発魔法でも上空の彼には届かない。
「……カタボリカ! お前の風魔法で、俺をあの上空まで飛ばせるか!?」
豪が叫ぶと、カタボリカは悔しそうに首を振った。
「無理よ! あんたのその異常な筋肉の密度(体重)、私の風魔法単体じゃ重すぎて持ち上げられないわ!」
「ならば、俺自身が『砲弾』になるまでだ!」
豪は立ち上がり、両手を体の前で力強く合わせ、肩と僧帽筋を異常なまでに隆起させるボディビル最強のポーズをとった。
「見よ! この肩に宿る、ヘルメットのような巨大な筋肉を!」
極限までパンプアップされた豪の三角筋が、ボウリングの球のように丸く、そして凶悪に膨れ上がる。
「唸れ筋肉! モスト・マスキュラァァァーッ!!」
豪の肩から溢れ出した魔力が結界を切り裂き、光の柱を打ち立てた。
『ども……肩幅が広すぎて、ドアを通るのが大変です』
光の中から現れたのは、小柄な体格に似つかわしくない、異常なまでに発達した肩(三角筋)を持つ少女だった。
肩の筋肉が大きすぎて、まるで両肩にメロンを乗せているように見える。
「おお! 三角筋の化身、今日から君は『デルタ』だ! すぐに仕事だ、俺をあの忌々しい魔族のところまでぶん投げろ!」
「イエッサー、マスター。私の『メロン肩』の出力なら、マスターの体重でも成層圏まで投擲可能です」
デルタは感情の読めない顔で頷くと、豪の腰のベルトをガシッと掴んだ。
「待て! ただ投げるだけじゃあいつに避けられるわ!」
カタボリカが叫ぶ。
「私が風魔法で豪の空気抵抗をゼロにする! マルトディア、あんたは豪が投げられた瞬間に、足元で爆発魔法を撃って加速をかけなさい!」
「わ、わかりました! 下半身を固めて……スクワット詠唱の準備、完了です!」
クレアティナも大剣を構え、迎撃の体勢をとる。
栄養補給によって息を吹き返したマッスル乙女たちの完璧な連携陣形が完成した。
「バ、バカな……人間が空を飛ぶなど……!」
上空のコルチゾルが焦りの表情を浮かべ、紫色の魔力弾を雨霰と降らせてくる。しかし、クレアティナの大剣の風圧とカタボリカの風魔法が、それらをすべて弾き飛ばす。
「いくぞお前たち! 筋肉の恨みは、筋肉で晴らす!」
豪はデルタの手に掴まれたまま、ニヤリと笑った。
「発射角度よし。メロン肩、出力120%」
デルタの巨大な三角筋が、限界を超えてギチリと軋む。
「風よ、この暑苦しい弾丸を導きなさい! 『流線気流』!」
カタボリカの魔法が豪の体を包み込み、空気抵抗を完全に排除する。
「デルタ、発射だッー!!」
「僕もいきます! 『炎よ、爆ぜろ』ッ!!」
デルタの規格外の投擲力と、マルトディアの爆発魔法が完全にシンクロした。
『ズキュゥゥゥゥンッ!!!』
凄まじい衝撃波がジムの床を粉砕し、豪の巨体がまるで本物のロケットのように上空へと射出された。
音速を超えたマッスル弾丸が、紫色の結界を突き破り、上空で油断していたコルチゾルへと一直線に迫る。
「なっ……!? は、速っ……!?」
コルチゾルが気づいた時には、すでに遅かった。
目の前には、空気抵抗をゼロにして飛来してきた、怒り狂う筋肉ダルマの分厚い胸板が迫っていたのだ。
「お前のその腐ったストレス(魔力)……俺の筋肉が、物理で『代謝』してやるッ!!」
豪の極太の右腕が、コルチゾルの顔面に向かって限界まで引き絞られた。




