軍団長テルム・ヴェナートの証言
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騎士団に人間がいる。
まず不愉快な話だった。
どれほど軟弱でひ弱で愚かで恥知らずな奴なのだろうと思った。
俺が間違っていた。
アイツは、リエール・スピシエンティスは暴によって世界を統治する。
そう思った。
アイツの持つ武術は一朝一夕で出来るものではない。
生まれ持った才能を磨きに磨いた「努力のできる天才」だった。
アイツは素手による格闘から、剣、槍、斧、果ては弓まで、吸収できるものはすべて吸収していった。
その反面、魔法にはやや難があるようだった。
騎士という仕事上、俺は戦場で多くの魔法使いを見てきた。
彼らがいとも簡単にやってのける魔法の発現と比べてアイツの魔法は一拍遅かった。
それでも、武器があればそれ単体で戦列を圧倒できるほどにアイツは己を鍛え上げていた。
アイツのよく使う武器は両手剣だった。
まさに騎士団に相応しい武器だ。
馬上から振り回す両手剣はその長さを活かして敵をなぎ倒す。
地上では少し持て余す武器だが、アイツはまるでおのれの腕かのように見事に振り回してみせる。
まさに神に愛されたような騎士だと思った。
それ故に俺が騎士団長になって「武器が嫌いだ」と聞いた時、何の冗談だと本気で頭にきた。
アイツと初めて会ったのは騎士団に入って間もなくだった。
騎士団に人間がいる。
そんな噂はあっという間に王国で広まった。
どうやら中流貴族のスピシエンティス一族がコネで入団させたらしい。
魔王軍の誇りでもある騎士団に人間が入るとは何事か。
どうせなら捕虜を集めた人間の軍にでも放り込んでおけばよいではないか。
愛国者だった俺が入団したのは、その人間を殺す為だった。
すぐに分かった。
焦茶の混じった黒髪を後ろ結びにした女。
女が入るだけでも不愉快だというのに人間が入ってきたとあってはもう我慢ならん。
とはいえ騙し討ちをしてしまえば人間と同じになる。
そう思った俺は熱心な後輩のふりをしてアイツに稽古をつけてくれよう頼んだ。
模擬戦闘で「うっかり」殺してしまう事故はたまに起きる。
それが今回人間だったというだけだ。
そんな浅はかな考えで俺はアイツについて試合場に入った。
圧倒的だった。
アイツは予備の短剣だけで俺の剣をすべて受け流し、多彩な手段で攻め立てた。
拳で聴覚を狂わされ、蹴りで態勢を崩され、木の短剣で首元を刺され青空を見上げる。
何をされたのか分からなかった。
俺は圧倒された屈辱でアイツのことを憎むようになった。
アイツはいつも一人だった。
嫌われているというより腫れ物に近い扱いだった。
何となくわかった。
みんなアイツが嫌いだ。
でも誰よりも強いから何もできないんだ。
それを知ったとき、俺の中にあったのは功名心だった。
もしアイツを倒せたら俺はきっと誰よりも評価されて、騎士団長、いや軍団長にだってなれるかもしれない。
俺は死ぬ気で訓練した。
上官たちにしごかれまくって休日には町のチンピラたちと喧嘩に明け暮れた。
アイツの近接戦闘は騎士にはない泥臭い戦い方があった。
どうやって身につけたのかは知らない。
でもアイツの戦い方に適応することがアイツを倒す一番近道になる。
だからいろんな武器を使う奴と戦ったし、チンピラと戦って泥臭い戦い方も学んだ。
そして何度も挑戦した。
武器を変え、泥臭い戦い方も試し、果ては魔法まで手を出した。
そんな俺の挑戦を先輩たちは半ば面白そうに観戦していた。
俺のブザマな戦いを笑っていたのかもしれないし、アイツが負けるという奇跡を期待していたのかもしれない。
魔法は予想していなかったのか観客席からどよめきが上がったのを覚えている。
あの時は気分が良かった。
俺はいつの間にか誰よりも強くなっていた。
アイツを除いて。
アイツはいつも遠くを見ていて、人間であることを差し引いても気に入らなかった。
もっと俺を見ろ。
認識しろ。
脅威に思え。
恐れろ。
だがダメだった。
何回戦ったか分からない。
いつものように叩き潰された時だった。
アイツが俺に手を差し出した。
本当にムカついた。
でもその時、ようやくアイツの目がこっちに向いたのが分かった。
俺の戦い方ではなく、俺自身に目が向いた。
何がアイツに届いたのかは分からない。
その日から俺は、弱くなった。
模擬戦はコテンパンにやられる。
武器だって思うように振れる。
先輩や騎士団長にだって刃を届かせられるようになった。
なのに、分からなかった。
何かが、鈍った。
俺はついに剣を放り出した。
何もかもが馬鹿らしく感じた。
俺は何をやっているんだ。
アイツとの実力差は感じるばかりだし、何もかもが色あせて見える。
もうやめよう。
俺はアイツに勝てやしない。
荷物をまとめて出ていこうとした。
まとめていた夜のことだった。
アイツが俺の部屋の扉を開けた。
抜き身の剣をその手にもって。
その目はじっとこちらを見ていた。
ノックもなしに失礼な奴だと思った。
騎士団で最初に習うのは作法だ。
それを無視してアイツは入ってきた。
剣をこちらに向けこう言い放った。
「試合場で待つ...来るんだ」
そういって去っていった。
ふざけた人間だ。
俺の一番嫌いな人間だ。
思い上がりやがって。
アイツに土の味を教えてやる。
アイツに敗北をくれてやる。
負けた時の屈辱がどんなもんか教えてやる。
そう思うとイライラしてきた。
なんで人間が俺らより強いんだ。
何でアイツは俺らより強いんだ。
何で俺はあんな奴に尻尾を巻いて逃げないといけないんだ。
俺は剣を掴み試合場に向かった。
アイツは真ん中で待っていた。
俺はゆっくり歩を進めてアイツの真正面に立った。
「人間、俺はお前が嫌いだ」
「......。」
「てめえは俺のことを見てもいなかった」
「......。」
「...何か言ったらどうだ」
アイツは黙ったまま武器を構えた。
その対応に俺の中で何かがプツッっと切れる音がした。
そっから先のことはあまり覚えていない。
ただ何か話し合ったような気がする。
気がするのは剣を振っていたからだ。
アイツの戦い方から何かを教えてもらった気がする。
どこまでも先に行こうとするアイツ。
ついていかないとアイツは一人で死ぬ。
それを分かっていてアイツは歩いている。
腹が立った。
やっぱりお前は俺のことが見えてないな。
本当にむかっ腹がたつ。
お前は俺をどう思ってるんだ。
答えろ。
答えてみろリエール・スピシエンティス。
結局俺はまた負けた
やたらと星が眩しかったことだけは覚えてる。
そしてアイツについて回るうちにアイツは魔王になり、俺は軍団長になった。
俺のことを見ていたのか、それはもう分からない。
魔王は勇者に討たれ、死に人に口なしだ。
アイツには勇者が見えていたんだろうか。
『ヴェナート軍記』より




