第二十七話
「おおーい!着いたかー!何とか言え-!」
ノリヒロ社長がドローンの扉を内側からドンドンと叩く。
一行を乗せたドローンは、動きを止めてから静止したままだった。
イラチ体質の社長は我慢が効かず、ほどなくして外部の情報を得ようとしたのだ。開閉ドアは当然内側からの開け閉めは可能だが、その気になれば高度数百メートルで飛行可能なドローンの中からドアをいきなり開けるのは危険な行為とされている。
外で話し声がしている。しかし不明瞭なので中には会話の内容までは届かない。
再び社長はドアを同じ調子で叩いた。
「今から開けます」
外から返事をしたのはゲンイチだ。
ドローンの開口部が静かに開いていく。開けられたドアから真っ先に身を乗り出した社長。すると、目に入った光景に言葉を失った。
「なんやこれ……聞いてた通りと言うたらそやけども、あまりにえげつないがな……」
社長は現地に前乗りしていたコウイチから電話越しにノヴィ・ソユーズの惨状を大まかに聞いていた。『きれいさっぱり何も無くなってしまった』と。
その言葉がまさに真実であった。そして予想を全く裏切る地獄絵図だったのである。
過去に社長は仕事の関連でノヴィ・ソユーズに出張で足を運んだことがあった。
そこは工業都市としての体裁と要塞都市としての偉容を兼ね備えた都市国家だった。
建築物としては窓の少ない特徴的なビル。あちこちに備えられた兵装、砲口。厳重に警戒された入国ゲートには小銃を携えた兵士が間断なく警戒態勢で立哨を行っていた。まさに難攻不落な国家としての佇まいを備えた国家であったのだ。日本生まれの社長には極めて物騒な風景として印象に残っている。
今現在ドローンが駐まっている場所には見覚えがある。物資の出入りが多い場所だったので駐機場所が広いのだ。今回もそこにドローンを駐めている。
だが、そこから見える景色は全く異なっている。そもそも高層ビルが建ち並んでいたから背後にあった山脈は見えたことが無い。だが今はそれしか目に入ってこないのである。迷彩か映画のセットで衝立が立っていて風景を偽装しているのではないかとすら疑うくらいだ。だが正面から吹く風の吹き具合、漂う異臭からもそれが現実だと感じさせられる。
周囲はといえば、平坦に均された瓦礫と岩石の小高い丘。大きな瓦礫の周囲にコンクリート片や雑多な残骸が積み重なっている。これがノヴィ・ソユーズと言われても一切実感が涌かない。
その近辺にはカゴやサックを背負った連中が何やら漁っているのが見える。重機もなければシャベルなども無い、せいぜい棒きれだけを手にした連中だ。
彼らは瓦礫の中をかいくぐり、地面に何か埋まっていないかをひたすら探し続けている。数万人の人々が瞬時に犠牲になった場所をほじくり回す、まさに墓荒らしのような悪徳にまみれた連中だ。基本的に功利主義で神仏など信じない社長であったが、その浅ましさは見ていて気分が悪くなる。彼らの一人が人骨を拾い上げ、ただの物として物色した挙げ句にぽいと投げ捨てるのを目撃してしまった。なんと虫唾が走る姿であろうか。
他に目を走らせると、右側に質素な小屋が並んでいた。入り口に『慈善救護所・避難民キャンプ』と看板が立てられている。
だが規模の割に人の姿は少ない。大災害から二ヶ月以上経過しているので、緊急的に救護を必要とする被災者が減ったということだろうか。
そこで社長は思い出した。ここには調達屋のコウイチがいるはずだ。
知った顔がいないか、社長は改めてドローンから這い出すように出て、キャンプの方へと歩を進めた。
続けてドローンから出てきたのは越虚。やはり光景に衝撃を受けている。
彼は外に降り立ってから目に焼き付けるように光景を凝視し、錫杖をぐっと握りしめた。
『魔女殿。よろしいでしょうか』
しばらくして返答があった。
『どうした、何用か』
越虚は目の前の惨状を見つつ問いかける。
『これが、魔女殿の成されたことなのですね』
『おお、そうだとも。やつらは傲慢であった故にこうなった』
『傲慢……でございますか』
越虚は事前に大まかな流れは聞いていた。世界の根本を揺るがす勢力があり、放置していては手遅れになる、だから処置を施したと。
彼が今受けている衝撃。魔女はそれをやった張本人だが、殊更それが特別だと感じていないようだ。
『ここに住んでおられた方々は、全員罪深かったのでありましょうか』
『一人残らず罰を受けねばならなかった、そういう訳では無かろう。しかしここに住んでおったからには誰であろうと責はあるのではないか?』
『責、でございますか』
『さよう。ここの方針に従えぬのならばここを出て住まいを他に移せば良いのだ。そうでないとなればやはりいくばくかの罪は拭えぬ』
『そう申されますが、人というのは繋がりもありましょうから、そう簡単に行動に移せぬ者もおりましょう、勝手気ままに居場所を変えられず巻き込まれた人間がおりましたら……』
遊輪が光を帯び始めた。
『お前も他の者共と同様に振る舞うのだな。そうか、それであれば我らは解り合えぬ』
越虚はそれを聞いて、やや感情的になりすぎたかと自省した。言葉を繕いに掛かる。
『差し出がましい表現をしてしまいました、お詫び申し上げます』
『……分かれば良い、私もお前と袂を分かつのは得策とは思ってはおらぬ』
越虚は静かに廃墟に向かって歩みを進めた。
『ああ、この光景を見るにつけ、やはり私は小さき人間であると思い知らされます。彼らに世界を覆す野望があり、それを食い止める必要があった。例えそうであったとしてもなお、私は人の命が簡単に、大量に、唐突に喪われた事実を前にして、心が揺れ動くのを止めることはできないのです』
『ふむ、お前は人として生きているのだからそれは当然であろう。私のように命を終われず生を強制されている立場ではないのだから』
『私は、どうしても思わざるを得ないのです。ここにいた民衆は、この災害の最中で生命を絶たれた。さぞや苦しかったであろう、さぞ無念であったろう。一瞬で命を絶たれて苦しむ時間は少なかったのだろうか?やり残した悔いはなかっただろうか?成し遂げられなかった願いはあったろうかと』
『お前がそう思うことは当然である。それがお前の生き様であり信念であろうから』
『私は俗に言う前世から今に至るまで修行を続けて参りました。しかしこのような光景を見てしまいますと、数百年に及ぶ修行でも未熟のままであると思い知らされます』
越虚は、実は自分が生まれ変わりであると考えていない。他の者たちとは一線を画す。
彼は日本で山中で厳しい行に入っているところで命を落としたのだが、彼としては自らを死んだと認められないのである。
なぜなら彼の信仰では「命を落としたら解脱して輪廻から外れる」べきであるから。来世などあるはずがないのである。あったらそれはそれまでの厳しい生き様を自ら否定する証となってしまうから。
彼は延々と修行を続け、自らに苦行を課す。いつか魂の軛を抜けて涅槃へ至るまで。その想いで数百年永らえてきたのである。
それは魔女とは似て非なる生き様でもあった。彼女は死ねないのだ。死ねる方法がなく、どうやっても生き延びてしまう宿命だ。彼女が魔法を追い求めているのは、その方法を探しているからでもある。
私を滅ぼしたいのならばやってみてくれ。今まで誰も為し得なかった偉業を果たすなら、大いにやって欲しい。なんなら力も貸そう。それが為せないならば私は縛り付けられた生を慰めるためにこの世界を、この箱庭を過ごしやすくする。害虫が涌いたら退治する。ただそれだけのことなのだ。
かつての魔女には感情があった。遠い昔、喜怒哀楽の起伏の激しい女性であった。しかしあまりにも長い年月で人間らしさはすっかり枯れてしまったようだった。様々な人との交流もあったし、良き人も悪い人も数多く見てきた。それらの記憶を辿って人間らしい振る舞いを演じることはできる。それは決して本心ではない。魔女の本体は極めて非人間的で冷酷な人格である。
越虚はゆっくりと進み続け、やがて瓦礫の近くへとやってきた。
近寄ると一層その異常な光景が目に入ってくる。
岩石とアスファルト舗装の岩盤とコンクリートの残骸が、数メートルの大きさで無造作に転がっている。あり得ない力が掛かってねじ曲がった鋼材、凄まじい力によって破断したと思われる岩石群。
それらに混じって兵器の残骸や車両の残骸が挟まっている。それらの機械類には欲に駈られた連中が取りついて鎌や大鋏を手にゴミあさりをしている。傍らには不用意に作業して瓦礫に押しつぶされたらしい人間の死体がある。だが彼らはそれらには見向きもしない。遠くから見つけた物を奪い合っているのか激しい言い争いと殴り合っている音が響いてくる。
越虚には、それが現世とは到底思えなかった。どう見ても餓鬼道か修羅道だ。ならば自らもそこに落とされて試練を受けているのではないかと考えてしまう。
そんな考えが頭をもたげ、彼は懸命にかぶりを振った。ここまで修行に明け暮れた日々を否定してはいけない。それらが無駄であったなどと考えてはいけない。それらを受け入れるのはそれこそ道を踏み外す行為となる。己の信念を信じよ。
『何か迷っておるようだな』
魔女の呼びかけに越虚は我に返った。
『有り体に言えばそうでございます。これらを見ておりますと心がすさみます、とても平静ではおられません』
『そうか。私には人間の愚かしい行動など数え切れないほど見てきたから、今更何とも思わぬ』
越虚は数珠を握りしめて手を合わせる。
『私はこれからこのような浅ましい者共をどう諭し導けば良いのか、見当が付きませぬ』
『お前はこの有様を見て、まだやつらに道を示そうとするのか。家畜に鞭を打って躾ける方がまだ容易いと思うが』
越虚はほろほろと涙を流す。
『恐らくこれは、私の欲でもあるのでしょう。助からぬとしても手を差し伸べたい。相手が望んでいなくても我が儘で手助けをしたいと願う、私の性分といえましょう。ですがそれが私の本分であり、決して捨てられぬ生き様であると考えるのです』
『お前は恐らくそれでいいのだ。そしてこれからその考えが誤りだと感じて私と同じ境地に至るとしても、それは自然な成り行きと呼んでよいのではないか』
『これで良い、と?』
遊輪がゆっくりと明滅する。
『お前の優しき心は、多くの人に響いている。ここにいるのは数少ない汚れた者共だ。お前が信じる教えでは、生きとし生ける者全員を総じて残らず救い上げねばならないとあるのか?』
『それを言われてはぐうの音も出ませんな。しかし目の前にいる者を救いたいと願う。救済の念は大事にしたいと考えます』
『そうか。ならばそうするが良い』
目の前で卑しい者たちが、価値のありそうな物を巡って争い、暴力で奪い合っている。
果たして、越虚は彼らにどう対峙すればいいのか。争いを止めるだけなら越虚の実力でどうとでも制止ができる。時間を掛けて説教することもできるかもしれない。
だが、彼らも生きるためにもがいて必死なのだ。腹を減らし心も荒んで、明日を迎えようとしているのだ。それは人として当然の振る舞いだ。多くを望んで欲をかいている者だけではなかろう。
腹を満たし、懐が豊かになり、笑顔になれる。そういう環境こそが大事なのだ。
越虚はただ涙を流して祈ることしかできなかった。この虚ろを越えることはできるのだろうか?
……
ノリヒロ社長は復興キャンプの建物に入った。時間が経過しているのでテントなどではなく土台からしっかりした木造建築造りとなっている。
金属部品を吊したドアノッカーがあったので、それを鳴らす。
ドアが開き、男性が中から顔を出した。その顔を見て社長は笑みを浮かべる。
「おおー、コウイチやないか。お疲れさん」
「社長、着いたんだね、そっちこそ長旅でお疲れでしょう。中に入って下さい」
彼に招き入れられ社長は中に入った。
まず最初に社長はこう切り出した。
「しっかし、エグいことになっとんな。周りをざっくり見てきたけども、瓦礫と岩だらけでメチャクチャやし、えらい数の墓も建っとるし。あんだけの人間が亡くなったとか凄まじいやないか」
コウイチは顔を暗くして頭を掻きむしった。
「おいらも手伝いはしたけどもさ、ひどいもんなんだ。あれでも葬れる御遺体として確認できた分しかねえからね。損傷が激しい御遺体は大きな共同の墓に入ってもらってるけど、下手すりゃあそっちの方が数が多いかもしんねえや」
「……なんとまぁ。キッツい話や」
普段は神仏に祈らないノリヒロ社長だが、さすがに手を合わせ合掌して弔いの気持ちを表した。
「私も心を込めて葬ってきましたが、あまりに数が多いので大変です」
「ん、こちらはどなたや?」
「ああ、紹介がまだだったな。この人がここをまとめて下さってるお方さ」
「ダヴィッドさん、彼が噂の社長だよ。社長、このお方は日本びいきらしく日本語で話が通じる人だからいつもの調子で構わないぜ」
コウイチは離れた椅子に腰掛けている男性を社長に紹介した。
その人物は立ち上がり、握手を求めてくる。
「こんにちわ。ダヴィッドです。よろしく」
「おお!英語で話さんですむのはありがたい!高井田製作所のノリヒロです、よろしゅう!」
二人はがっちりと握手を交わした。
「しかし、コウイチ君、無理を言うてすまなんだな。ほんで、どないや?」
「ああ、電話で話してた件でしたな。動けるところは動き出してるよ」
「具体的には?」
コウイチは一同が応接の椅子に座ったのちに、中央のテーブルに載っている茶封筒から大きな紙を取り出した。
「これがおいらが動いてきた成果物を分かりやすくしたもんだ。見ておくれよ」
社長はそれをのぞき込む。
大ざっぱではあるが地形の特徴を捉えた模式図の地図がそこには描かれている。
中心にノヴィ・ソユーズ旧市街、それを遠巻きに囲む山地、そしていくつかの小さな丸が各所に存在している。
「何とかここまでは仕上がってきたぜ。真ん中は言うまでもないと思うがノヴィ・ソユーズだ。そして……」
コウイチは右上の丸を指さす。
「まずこれが社長お目当ての場所になる。鉄鉱石が掘れる鉱山だ。しかも……」
その隣の丸を指す。
「ここは鉱山労働者が住んでいる集落だ。ここはまだ住人がいる。だが雇い主だった街が壊滅しちまったもんで、それ以後は採掘が回ってなくてな、困り果ててたってさ。当然おいらが声を掛けまくってるから、号令一つで採掘が再開可能。だが……」
「なんや?」
一呼吸置いてコウイチが言葉を継ぐ。
「この辺は魔力価値で経済が回ってねえのよ。ノヴィ・ソユーズの金貨ベースの経済圏でさ、こっちとしては金貨の保有量が足りねえ。ついでに言えば魔力電池の絶対数もまるでねえわけ。受け手の電池がなきゃこっちも魔力で支払えないし魔力を使う動力もねえ。だからやつらにゃ魔力の価値が理解できてねえのよ」
「そら道理やなぁ。どないかせんといかんわな」
「そういうことさ。社長、電池の数はどのくらい手持ちである?」
ノリヒロ社長は天井を仰ぎ見て考え込んだ。
「多少はあるけども百個程度やったはずやがなぁ。それも魔力の蓄えで必要やから手持ちにあるわけで、つこうてる奴やからなぁ」
コウイチはそれを聞いてこっちも考え込む。
「だよねぇ。住人に魔力電池を行き渡らせるのはしばらくできねえよなあ。何とか最初のうちは実物のカネを使うしかねえのか。でもそれじゃおいらたちの振れる袖が無くなっちまう。めんどくせえ……」




