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不死の魔女-増長した人類に鉄槌を下し分からせる絶対不敗の存在-  作者: 手の遅いエリオット


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第二十六話

農場にサイレンが鳴り響く。作業の終了を知らせる合図だ。

広大な畑であちこちに散らばった農夫たちがいっせいに作業を終えて作業小屋へと戻っていく。

その中に彼、コーダがいた。


彼は先祖に前世持ちがいたらしいが、自身はこっちで生まれ育った現地人だ。

元々は辺鄙な村で細々と両親と暮らしていたのだが、トーキョーの魔力文明と豪華な生活に憧れて地元を出奔し、ここに移住してきたのだ。


彼は現地人ではあるが魔力を持っていた。とはいえ前世持ちと違って一日に2くらいしか出せない。よって到底魔力だけで生活するには足らず、汗水垂らして労働にいそしむしかなかった。

彼にとって幸いしたのはトーキョーではえり好みしなければ仕事はすぐ見つかることだ。特に体力のある若者はどこでも歓迎される傾向にある。

重量物の運搬などは魔力で動く機械で代替されることが多いが、細々した作業や手先の器用さを求められる仕事は人間の手で行われる。

今、農場で行われている畑の作業のようなものはその典型だ。


小麦は収穫が終わったところで、土を休めて牛を放牧する準備に入っている。それに備えて小型ドローンで牧草としてのクローバーの近似種をまくわけだが、どうしても均一にならないところが出るので人間の手で偏っている部分を修正する必要が出る。併せて雑草も処理をしなければならず、これも人力が頼りだ。


なお、ここで育てられている小麦は彼らの口にはなかなか入らない。耕作の休止時期を入れて二圃式(にほしき)でやる必要があり手間が掛かるのでもっぱら食べるのはトーキョーの中流階級以上だ。貧民相手には味の良くないが作付けの手間が掛からないライ麦やオートミールが一般的だ。

水稲は更に手間が掛かる上に水の管理などに技術を要するのでトーキョー付近では手がけられていない。トーキョーにおいては米はカツウラの特産品として位置づけられている。味も大変に良いのでその他の農産物や海産物と同様にカツウラブランドの高級食材として価値の高い物として知られている。


彼らが集まっているのは作業小屋だ。そこは牛の厩舎も兼ねている。耕作地は牛舎を中心に広がっており、半分ずつ小麦と休眠地を一年ごとに入れ替えている。それらを放牧して管理するのも彼らの仕事だ。当然ながら肥料や牛糞の臭いが辺りに立ちこめているので環境としては悪い。悪臭に耐えられない上級階級の人間は近寄ろうともしない場所だ。しかしながらそれは反対に管理する人間が愚痴を言い合うにも都合が良いので彼らの噂話が絶えない場所でもあった。


彼らにはトレイに乗せた固いライ麦パン、金属製のカップに注がれた味の薄いコンソメスープ、別添えで少量のバターと脱脂粉乳があてがわれる。あちこちに牧草を固めたブロックがあるので、それをテーブル代わりに食事を取る。


他の作業員たちは軽口をたたき合ったり賑やかに食事をしている。だがコーダは仲の良い人間がいないので、一人で黙々と食事をしている。独りでいる彼を気にして声を掛けてくれる者もいないので、彼はずっと孤独のままだ。だが特に話すこともないので放っておかれた方が気楽で良いと思っている。

ここでは数百頭の牛が飼育されている。乳牛として飼育されているのだが、まだこの世界で牧畜が始まって年も浅いことから品種改良が進んでいなくて、牛の体格はかなり小さい。従って絞れる牛乳の量もそこまで多くはない。しかし乳脂肪分は多いことから加工してバターの生産に向いた物となっている。


再びサイレンが鳴り響く。食事の時間は終わり、仕事の再開だ。

午後から彼の持ち場は牛舎の世話となっている。水をくみ、牧草を与え、敷き藁を取り替えて牛糞の清掃を行う。体力的にも厳しく臭いもひどい、お世辞にも楽ではない仕事だ。基本的にこれらのきつい仕事は仲間内ではゲームの賭けや罰ゲームの対象として扱われたりする。進んで引き受ける者はなかなかいないからだ。だがコーダはそういう相手もいないので、代わってもらうこともないし誰かから押しつけられることもない。黙々とシフト通りに仕事をこなしている。

実に不器用な生き方をする彼ではあるが、寡黙で真面目な彼にはそういう生き方が自分でも性に合っているようだ。


彼は、元々は建設作業に従事していた。高所作業に対してあまり恐怖心を感じない質であったし、孤独に黙々と作業するのがスタイルの彼にとっては、不安定な足場の上で誰とも話をせず作業するのは苦にはならなかった。日々の作業で高層建築物ができあがっていくのを間近で見るのも楽しかったし、自分が関わった建築物に知らない人々がにこやかに出入りするのを見るのも、何だか楽しいものだった。

だが、先月から現場が止まってしまったのだ。ある日、いつものように現場の事務所に向かうと入り口に『当分の間作業中止』と張り紙がされていた。事務所の中にも誰もいなくて、一緒になることの多い顔見知りも見当たらない。ようやく見知った人間がいたので捉まえて話を聞き出すと、「こっちもよく分かってない、仕事は恐らく数ヶ月ないから別の仕事を探してくれ」と言われてしまった。

そのそばで人足を募集するチラシをまいている男がおり、農場で働く作業員を集めていると聞かされて、それ以来ここで言われるまま仕事に従事をしている。日当としては安くはなったが、稼ぎがないよりは良い。

この仕事でも、誰かの食事として調理される食材を作っているかと思うとやる気はわいてくる。だが、建築作業と違い目で見て分かる達成感はないので少々心許ないものだった。


……


トーキョーの都心近く。そこに箒とちり取り、そしてゴミ袋を持った数人の集団があった。

彼らは『清掃作業中』と大書されたビブスを身に着けている。


これはトーキョーにおける貧困者対策として行われている事業だ。くじ引きで選ばれた人間が、一日暮らせるだけの魔力と引き換えに軽作業に従事する。街中の清掃、ゴミの回収、掃き掃除等々。

彼らは同時に街頭の異常がないかをチェックする任務も与えられている。彼らの活動中に気になったことがあれば報告するのだ。施設や設備の損傷や不審者の有無など範囲は多岐にわたる。

重要な異常を発見して報告した者には別途に報奨金も渡される。なので彼らは作業をしながら小遣い稼ぎになりそうなネタを血眼になって捜すのだった。基本的な報酬だけではたいした魔力にはならない、追加ボーナスがあるから彼らには人気があるのだ。


彼らの中には普段の生活で気になったところをチェックしておいて、くじで作業に当たった際にボーナスに引き換える者もいる。当たり前だがそういう考えをする者は数多いので、目立つ改善ポイントは早い者勝ちだ。とはいえ見てもいないポイントをいきなり報告するのもおかしな話であるので、何故か作業開始直後に特定の場所へ参加している大半が猛ダッシュして競争する光景が日常茶飯事となっているのだった。

なお過去には自分で施設を壊しておいてそれを報告するマッチポンプを行うものもいた。だが『そういう行為を行う不届き者を報告しても報酬が得られるシステム』となっていることから、自然と相互監視と密告の応酬となり、そこまであからさまなことをしでかす連中も下火にはなった。


報告を行ってもそれが必ず解決するわけではない。それどころか報告が適切に関係各所に送られる保証もない。しかし市民の間で『問題が報告されて修正されるかもしれない』との期待は生む。同時に目撃されて通報されるとの意図は周囲に共有されるので、結果として治安の維持に一役買っている。これはそもそも報告者への報酬が問題解決と引き換えではないことも関連している。報告が片付くまで報酬の魔力が受け渡しできないのは当事者と当局双方に負担になる。特に当局は日をまたいで手続きを引き継ぐのは事務的な負担が大きいのだ。

かくしてトーキョーの安全と景観は大雑把に維持される。


……


「まいったねぇ。今月も赤字になりそうだ」


夜中の部屋。男が一人、机でメモを書き付けてため息をついている。

彼はトーキョーで屋台を経営しており、主に肉の串焼きを提供して生計を立てている。

過去の仕事で肉の仕入れの縁があったことから、彼は独立して屋台でやっていくことにしたのだ。幸いにも彼の屋台はそれなりに繁盛しており、固定客も付いていた。


だが、昨今の物価高騰が彼の商売に悪影響を及ぼしていたのだ。


彼には嫁と子供がいる。家族全員合わせても一日で出せる魔力は10に満たない。だから商売で稼がなければ一家が路頭に迷う。

嫁は以前からずっと「もっと儲かる物を売れ、安い物を売っても儲からない」と文句を言う。だが言うのは簡単だが単価の高い商いはいろいろな障壁が存在するのだ。だがそれを説明しても嫁には分かってもらえず、結局言葉を濁してごまかしてやり過ごす毎日だ。


主な原因は肉の仕入れ価格が高騰しているからだ。同時に屋台を出すには場所の使用料(と同時に馴染みの警官への賄賂)を支払わねばならない。こちらも値段が上がった。

コスト上昇に伴い串焼きの価格を上げたいところなのだが、彼はずっとシンプルな塩だけの味付けで串一本魔力1の低価格を売りにしていたので、そう易々と値上げができない。最低の目盛り価格なので、値上げがそのまま価格倍増となってしまうのだ。仕方なく肉の量を少なくして価格維持をしていたのだが、馴染みの客にそれを見抜かれてしまい売れ行きが落ちてしまっていた。やむを得ず見知った客向けに以前の大きさの肉を提供していたのだが、それは即ち自分の儲けを圧縮する行為だ。


何とかうまい方法はないものか。彼は考えにあぐねて、まず買い出しも兼ねて街に出た。

よさげな食材でも見つかればヒントになるかもしれない。


市場を散策すると、とある売り場で奇妙な光景を目にした。売り場が空っぽなのに店主が暇そうに座っているのだ。

売り物がなければとっとと撤収して立ち去れば良い。だがその店主は別の目的でもあるのかぼうっと座ったままだ。


「なああんた、売り物がないのにどうした?」

「ああ、売り物はあるんだ。だけど陳列できる物は売り切れなのさ。残ってるのはカツウラの高級品だけだからね」


声を掛けてみるとそういう返事が返ってきた。


「へえ。俺は商いをやっててね、目新しい物がないかと物色してたところなんだ。何があるのか教えてくれないか?」

「品物はよそに置いてある。何しろ高価だから万引きにでも盗まれたら大損だ。わかるだろ?」

「じゃあ俺にいくつか見せてくれないか?良いのがあれば買わせてもらうよ」


男はうなずき、屋台をたたんでから路地裏へと案内した。

鍵を開けてそこのドアを開けて招き入れる。


そこには人目では高級そうに見えない質素なガラス瓶が並んでいた。これだけ見たら違法な薬物を密売しているようにしか見えない。


「これがそうかい?見ただけではよく分からないな」

「そりゃそうさ。瓶にはたいして価値はない。中身が問題なんだよ」


男はそこにある一本を手に取った。封を開けて匂いを嗅ぐ。


「ああ、良い香りだ。あんたも試してみなよ。味見だけなら魔力は取らないから。きっと気に入るぜ」


彼は瓶を受け取り、同じように匂いを嗅いだ。するとどうだ、これまで体験したことのないような香ばしさが漂う。

慎重な手つきで彼は手の甲に一滴中身を垂らし、舐めてみた。彼の口の中に複雑な味わいと風味がふわっと広がる。こんな調味料は味わったことがない。


「どうだい?これがカツウラの“醤油”さ。一本で魔力100だ」


片手に収まる大きさの小瓶の調味料としてはかなり高価だ。価値としては貴金属の加工品に匹敵する。しかしこの醤油というのは高級料理である日本食の味付けの基礎になっていた物だったはずだ。ならば値段が張るのも合点がいく。カツウラでしか製造されていないならプレミア価格になっているのも道理というもの。


それから彼は他のものも味見をさせてもらった。どれも独特で、かつ実に味わい物ばかりだ。だが最初の醤油のインパクトが凄まじい。

熟慮の末、彼は醤油の瓶を一本買い求めることにした。


持ち帰って、彼は串焼きの肉に醤油を一滴垂らして焼いてみた。結果は想像以上。香ばしい香りと風味が肉の味わいと相乗効果を発揮して、かつてない美味さとなっている。


だが……路上の屋台で売るにはやや不似合いかもしれない。一本1で販売している串焼きの隣にこれを置いて販売するにして、いくらで売れば良い?

味と原価を考えれば最低で5、できたら10で売りたいところだが、数倍の値段で並べて良いものか?しかも香りが強すぎるから、普段の串にまで風味が移ってしまい味わいが変わってしまう。同じ網で焼いたらダメだから調理器具まで変えなけりゃいけない。

ものはいいが売るには問題がある。もう少し別の方法を考えた方が良さそうだ。


彼は考えに考え抜き、別のプランを考えた。

味の差別化を図り、原価を抑えつつ価値観を演出して価格を上げる。味付けを工夫して、値段を上げても受け入れてもらえる差別感を出す。その方向性は正しいはずだ。


彼は最初に臭い消しになるハーブを手に入れてきて、それをすり潰して味付けの塩と混ぜておいたもので肉を焼いてみた。色んなハーブを使ってみて試作を重ねてみた結果、何とか満足のいくものができた。

ちなみにハーブは彼が自分で野原を歩き回り見つけてきた物だ。よって仕入れ価格は全く変わらない。

さらに肉の大きさを変えて価格を変える方法も試すことにした。肉を大きめにカットして1.5倍くらいにして、価格を倍の2にする。これも実際にやってみた結果、従来より肉汁の量が増えて美味さが増した。これなら値段を受け入れてくれるのではないか?


実際に彼は屋台にそれらを並べてみた。従来の串、大きめの串、ハーブ焼きの串。それぞれ価格を1、2、5で設定した。ついでに醤油の味付けを隠しメニューとして20で売ることにした。

店の看板も大きくし派手にして、新メニューを前面に押し出した。

思ったより客の反応は上々。ハーブ焼きの売れ行きはそれほどではないが、大きめの方は思った以上に売れてくれる。仕入れコストはほとんど変わらないが売価は上げることができた。これで利ざやが稼げて収入も増える。


これで何とか糊口をしのぐことはできた。だがそれでも売り上げ収支としては苦しい。このままでどこまでやっていけるやら……

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