小説の中だと後に気付いたトラベラー女の話
気付いたら、この世界に来ていて。
王子様に見初められたり。神子になって城へ行ったり、不思議な力が使えるんじゃないかとか。
始めは小説の読みすぎでそう思っていたの。だけどそんな都合の良い展開なんて現実にはあり得ないことを痛感したけど。
この世界の人たちが義理と人情に厚かったおかげで見ず知らずの私はなんとか生きてこれました。本当だったら追い剥ぎとか物乞いとかしなくちゃ生きていけなかっただろうにね。
まあそれで、ね。
もらった恩を少しでもお返ししようとがむしゃらに生きてきたんだけど、そんな私を好きだって言ってくれた人がいたの。
なーんてことない普通の人。町の隅っこにある小さな図書館の司書さん。瞳なんて見えないくらい、物凄い分厚いピン底眼鏡なんてかけてる少し野暮ったい男。
異世界人だという後ろめたさも、日本へ帰りたいという気持ちもあって。いつでもこの世界を捨てれるように大事なものは作らない。
そう決めてたのになんだか最後には根負けしちゃったの。誠実で、真っ直ぐで、愛してるって繰り返す、どこか涙脆い人。
異世界人だと泣いた私を、そっかあってどこか間の抜けた返事をしながら抱きしめてくれたその日から、私は彼の妻となった。
時折昔を思い出すと寂しくなったけど、愛してる。その言葉と、お腹に宿った新しい命を確かめるようにそっと手を添えて柔らかく微笑んだ彼がいたから、やってこれたわ。
年季の入った図書館の黄色く染みた本を持って帰ってきては、読み聞かせる暖かい物語。
暖炉の前のソファーで二人寄り添って生まれてくる子の名前だって、決めたの。
だけど神様。
どうしてもっと早くに教えて下さらなかったのですか。
ここが、あの世界の「物語」のなかだと。もっと早くに教えてさえくれていれば。
ーわたしも愛してる。
少し照れくさそうに頬に口付けて。
(私は迷わずに死を選んだのに)