1.毒の汚染
♡♡♡ 一 ♡♡♡
起きた時には汚染済みだった。
侵食されていく。
くちゅり、くちゅりと鼓膜に直接響いて、頭の中は勝手に音を追いかけていた。
「ふっ……んん……! んぁ……!」
身体が言うことを聞かない。
捩って逃れようとしているはずなのに、それさえも決められたことのように震えている。
瞼がくすぐったくて、鼻のてっぺんが何度も押しつぶされそうになった。
唇は頬を押さえつけられて強引に開いており、中に生暖かくて細かいザラメのついたものが這っている。
下腹部で蛇がうごめいているような、支配されるうねりに耐えられなくなって、強引に意識を浮上させた。
「はっ! はっ……な、なに……」
「あ、起きた。おはよう、オレのかわいい嫁さん」
チュッと啄む濡れた音。
ふやけた口の中から継続した滑りが離れたくないと駄々をこね、ギリギリまでくっつき合って、離れた。
何が起きたのかさっぱりわからない。
つま先は氷のように冷え切っているのに、上半身……特に顔は熱が集中して浮かされている。
どうしてこんなに血が沸騰しそうなんだ?
胸の起伏が激しくて、ようやく自分が息を乱して蹂躙されたことに気付いた。
「ひっ! やっ……いやあああああーーーーーっ!!」
悲鳴とともに眼前にいた男を拳で殴り飛ばす。
上半身を起こすと、汚染された身体を洗うように腕を摩った。
「いてて……。急に殴るとかひでーな」
「最低! なにするのよっ!」
ハァハァと、自分の荒い呼吸が耳にこびりつく。
この最悪な事態に目を回していると、深い瑠璃色を持つ相手から優美な微笑みが返ってくる。
歪む視界と対峙する数秒間。
これから責任を果たすための決意が破壊され、逃げ場のない異空間に放り出されたみたいだ。
乙女の唇どころか、内部まで舐めまわした大罪人め。
呪わしい激情で男を睨みつけると、男は殴られた頬を撫でて苦笑いをした。
「ひでぇな、オレの嫁さんは。ようやく会えたってのに渋いぜ」
嫁? 嫁と言ったかこの無作法な野郎は。
「誰が嫁よ! あんたなんて知らないわよこの強姦くそ野郎!」
「いや、だからオレが夫でそっちが嫁さん。お分かり?」
(わかるかい! わかってたまるか! というか……)
じわじわとくる初接吻を奪われた衝撃。
清らかさに憧れて大切にしてきた乙女心を一瞬で汚染された悲劇に吐き気がする。
今すぐ口の中をうがいしてなかったことにしたい。
指を突っ込んで喉から流れ込んだ粘着を取り除きたい。
胃から下へ下へ進んでいき、下腹部に潜める女の性まで毒を流し込まれた気分だった。
「うっ……おえぇぇぇ……」
視界がチカチカして、空腹で吐き出すものもなく苦酸っぱい不快さが口の端を伝った。
喉を絞めるように手を這わせていると、男は参ったと後頭部をかいて居心地悪そうに身体を揺らした。
「すまねぇ、性急過ぎた。つい気持ちが昂っちまってよぉ」
「意味わかんない! 酷いわ! 純潔を奪われた身にもなってみなさいよ!」
「純潔って……」
あぁ、そうか。
自分は今、乙女として大切なものを喪失したんだ。
初めての口づけ相手に嫁ぐ。
その認識が頭の中をかき乱し、足元に空いた穴へ真っ逆さまに落ちていく感覚に再び吐いた。
(何なの……。こんなの、絶対おかしい。私はただ……)
あまりのショックに目まいがした。
長い時間眠り続けていた影響もあり、身体は気怠いまま。
この短い時間で適応するのが無理というもの。
そこに吹き荒れた嵐に意識を保てるほど、心は回復していなかった。
「おいっ! 大丈夫か!?」
(ダメだ。こんなことで打ちのめされてる場合じゃないのに……)
早く姉たちに会って、責任を取らないといけないのに――。
限界だとプツリと意識が途切れ、身体にとぐろ巻く蛇のおぞましさに魘され堕ちていった。




