はじまり
これまで自ら何かを記録したり、文章を書きたいと思ったことは一度もなく、学生時代にほぼ強制的に書かされる作文やら、日記などは本当に面倒であり、どちらかと言えば嫌いであった。
そんな「私」であるが、ふいに、これまで経験してきた長い長い旅を書き記してみたいと思った。
人間、不思議なものである。
しかしながら、とりわけ書かなければならない事情があるわけでも、差し迫った状況にあるわけでもないが、徐々に消えたり、かと思えばふと思い出す記憶を書き留めておくのも面白いかもしれないと思ったからだ。
ただあまりに長い旅の途中であるから、一部始終を完璧に覚えているわけでもない。
なので、まずここに書き記すことは、前後関係が曖昧な記憶の断片であることを承知して読んでもらいたい。
そして、まだ旅の途中ではあるが、これがようやく最後の旅になるかもしれない。
それなら、これまで経験してきた旅について書けるタイミングは、もしかしたら今しかないのかもしれないと思う。
いや、正確には「最後」になって欲しいという願いを込めて…。
百聞は一見にしかずと言うが、もう十分に見た。
これ以上繰り返しても、答えが変わることはないだろう。
「だから、もう帰りたい。」のである。
家の中へ。
どの家でも良いわけではく、ある存在の居る家である。
それは、ある社に住んでいる。
その存在が、あらゆる人間の願いを叶える事が出来る。
と言っても、私はオカルトに特別詳しいわけでもないし、この頃流行っているというパワースポット巡りだとか、御朱印を集める人も居るようだが、全く興味がない。
「私」はそんな「人間」である。
しかし、だからと言って、そのような場所に無関係かと言うと、そうでもなく、むしろ密接な関わりを持っていると言えるだろう。
これから記す「私」について、記憶が徐々に思い出される度に、
夢だったのではないかと思うこともある。
しかし、それにしては、あまりにハッキリと覚えているのだ。
そして、この旅には奇妙な連続性がある。
「信じてほしい」などと言うつもりはない。
これは単なる思いつきで書き始めた私の記録であり、願い。
なので、机に置き忘れた誰かの日記を読むような感覚で適当に読んでもらえれば、それで良い。
まず、何から始めようかと思ったが、やはり明確な旅の「はじまり」から書くのが一番書き易く、そして分かり易いのではないかと思う。
かつて「私」が産まれ、永い間住んでいたその場所は、薄暗いがとても居心地が良い場所だった。
この薄暗い場所には、唯一光が差し込む木の格子窓があり、そこから、こちらの住処へと続く幅広の道をまばらにやってくる人間を、よく上から見下ろしては、眺めていた。
そこには、「私」と、家主が住んでいた。
いつから一緒に住んでいたのか、全く思い出せない程に永い間共に暮らしていたように思う。
家主はお喋りではなく、どちらかと言うと無口な方であったが、長い付き合いだったので物言わずとも、何を言わんとしているか察する事が出来た。
一方で「私」の方はというと、特に家主からの返事を期待するわけでもなく、いつも一方的に話しかけていたような気がする。
そんな家主は、同居人であると同時に「私」の上司であり、飼い主とも言える存在でもあった。
つまり 家主と「私」の間には明確な上下関係があったのだが、それによって不都合なことは何もなかった。そして、今となっては、とても愛されていたように思う。
そして、「私」の願いが叶うかどうかは、まだ愛されているかにかかってさえいる。
さて、その昔、家主である上司と同居しながらも、私の仕事への向き合い方は、ほぼ気まぐれであった。
しかし、そのような態度について家主から特に注意されたこともなかった。
つまり、そのような気分屋的な仕事ぶりで一向に構わないといった風だったが、だからと言って、「私」に全く熱意がないわけでもなかった。
日々は単調であり、いつも誰かしらが依頼をしに、住処の階下へとやって来た。
しかしそんな日々の中でも、いつもより多くの人間がやって来る日があった。
どうやら明確な日にちが決まっているようだったが、「私」は、それについてあまり興味がなかった。
そもそも日にちの感覚さえ無かった気もする。
家主は、知っていたんだろうか?
そう言えば、あれほど一方的に話しかけていたのに、当時はそんな疑問さえ浮かばなかったし、当然尋ねることもなかった。
おそらく、その日は例の決められた日付だったのだろうが、日が差し込む格子から外を覗いた時に、いつもより多くの人々が集まってくる様子が目に映り、
家主に「いつもより沢山人が来た!今日は例のあの日なのかな?」と伝え、ソワソワしながら外を何度も確認したものだ。
それに対し、家主といえば特にワクワクもソワソワもしている様子はなかったが、今思えば、ほんの少し喜んでいるような、あるいは「私」のソワソワする姿を温かく見つめているようであった。
普段は、「やれやれ、つまらない。いつもいつも同じ様な依頼ばかり。」
と思っているのに、やはり人がたくさん集まってくる様子を見ると、無性に嬉しかった。
それに、これだけ依頼を持った人間が集まるならば、何かいつもと違った面白い依頼が聞けるかもしれない。
そんな期待を胸に、集まった人々の元へ向かうが、仕事場兼、住処へ戻る頃には
「やっぱりね。また同じような依頼ばかり」と、少しガッカリして、上司たる家主に、独り言とも会話とも取れるような声で愚痴るのが常だった。
それに対して、やはり家主は特に何か言うこともないようだった。
しかし、一応仕事として、受けた依頼を伝達する。
それこそが、「私」の仕事だった。
伝達役。ただし、誰の依頼を伝達するか。それは全て私の一存で決めて良かった。
そこに明確なルールはない。
ただ「私」が適当に選んだだけ。
敢えて言うなら、目を引く者が有利だったかもしれない。
だって、日々を淡々と過ごしながら、何か面白いことはないかと期待をもって暮らしいている「私」にとって、目立つ姿というのは、ある意味目印でもあったからだ。
しかし、どんな姿形であっても、結局は考えていることがつまらなければ、その願いを届けるかどうかは、私の気分次第でもあった。
「今日も、つまらない人間しか来なかったね」と上司たる家主に話しかける日々を送っていた、ある寒い日のこと。
格子からいつもの様に外を覗いていると、住処の入り口の門辺りを、ゆっくりと歩いて来る男の子が目に入った。
背格好は十ぐらいに見えるが、振る舞いは幼く見える。
しばらく格子から観察していたが、共に来た大人達と少し距離を取って、何か考え込むように歩いてるその姿が、妙に興味を引いた。
「ちょっと見てくる」と家主に告げ、格子からスッと身体を通し、上空から少し男の子を観察したのち、頭上に降り立ち、ゆっくりと私の頭を彼の頭に乗せる。
「さあ、願いはなあに?何を考えているの?」
半分は何か面白い事を考えていないかと期待しつつ、半分は嘲笑とガッカリを予想しつつ覗いてみた。
結果、あまり面白くもなかった。
どうやら誰かが病気らしい。
家族かしら?それとも近所の人?
それは、あなたの大事な人なの?
共に来た大人たちと距離を取って歩いていたのは、病気の家族を残して来たことを不満に思って不貞腐れていたから?
心配してるの?
どうして「私」たちの下へ連れてこられたのか、まるで分かってないのね?
それにしても、なぜ毎回この手のことで思い悩む?
どうせ短い人生なのだから、その長さに大した違いはないだろう?
次々浮かぶ言葉も口に出したところで、この子には、どうせ聞こえやしない。
ただ、いつもと違うところと言えば、この子が、それを依頼するという考えがないこと。
願いがあるのに、依頼してこない。(この子どもが、単にこの場所について何も知らないだけなのだろうけど)
それに、子どもが他の人間を心配している。
先程、「あまり面白くない」と思っていたはずなのに、なぜだか急に「面白い」ことのように思えた。
それ程に「私」が退屈な日々を過ごしていただけだったのかもしれないけれど。
これまでも家族の健康について「私」たちに依頼してきた人間は数知れず。そして、その願いを幾度となく家主に伝達してきた。
しかし、産まれてこの方、幾千と家主に伝達をし続けてきたにも関わらず、これまで一度たりとも依頼を持ってやって来た人間そのものに対して思いを寄せたことはなかった。
それなのに何故、この不貞腐れた子ども如きのことで、こんなにも様々な想いが頭を駆け巡るのか。
そうして、子どもの肩から、再び家主の居る住処へ戻った。
直々に依頼されたわけではなかったが、子の願いを家主へと伝えた。
それは、「私」にとって初めてのことだった。
その後、おそらく家主はその依頼を受けたのだろう。
しかし、これ程まで心を動かされたにもかかわらず、伝え終わってしまえば、そこで終わり。
彼もここへ訪れる人間の中の一人に過ぎない。
「私」に何か引っかかりを与えたのは確かだが、すぐにそんなことはすっかり忘れて、また同じような日々を淡々と送っていた。
ところが、ある日、いつものように格子から外を覗いていると、こちらへ家族らしい一団が向かってくるのが目に入った。
そして真ん中の老人を見た時、あの男の子だと分かった。
そして、哀れに思った。
彼は歳は取っていたが、特に病もなく家族に囲まれており充分幸せだったのだろうけど、
そんなものかと。
「なんと短い。」と思わず口にだしてしまったが、家主からの返事はない。
別に期待はしていなかったから、いつも通り単なる独り言だったけど。
哀れに短い一生を送る彼。
彼は、どんな人生だったのだろうか?
願いが叶って、あれから幸せな人生を歩んだ?
こんな短い人生の中で何をしてきたんだろう?
唐突に懐かしさと、最期の別れを込めて彼に近づいてみた。
人の人生の中で、2度も「私」に読まれた人間はいなかったはずだ。
だけど、もう彼の依頼は他の人々とあまり変わらなかった。
「やっぱりね」と思ったけれど、初めて嘲笑の気持ちが微塵も沸かなかった。
これが「人間」というものなのかもしれない。
彼は、あれから「人間」としての人生を歩み、人間として終わるんだ。
次々に欲が生まれる。
それで良いのかもれない。
かの老人は、かつて願いを持って此処へやって来たが、彼自身「私」たちに依頼したことさえ知らないかもしれない。
そして、知らぬ内に叶えられた。
「私」たちを見ることもなく、「私」の声を聞くこともなく、いずれ近い内にこの世を去る。
きっと、会うのはこれが最期。
幾千と通り過ぎていく内の一人に過ぎない。
なのに、どうにも気になる。しかし、何が気になるのかさえ分からない。
彼を見送った後に住処へ戻り、家主へあることを 願った。願ってしまった。
これが旅のキッカケであり、もしかしたら最大の間違いだったのかもしれず、
当時の己の気楽さと浅はかさに、後悔するばかりである。
しかし、「願い」を持ってしまった時点で、もはや「私」は、次の「私」へと旅が始まっていたのかもしれない。
次々に溢れ出る尽きぬ「願い」を持つ浅はかさと、哀れさ、面白さを持つ人間という存在。
その存在としてこの世を生きてみたい。
そして、それを家主へ願った。
願いは聞き入れられた。
どうして聞き入れたのだろう?
当時は嬉しくて気にも留めなかったが、家主は「私」の願いをどう思ったのだろうか?
人間の願いを聞くのと同じように、「私」の願いも等しく聞き入れたのだろうか?
それなら、「私」という存在は、なぜ産み出されたのだろうか?
家主にとっては、叶える者と、願う者の二種類としてしか認識していなかったのかもしれない。
そうして、叶える者でも願う者でもない、伝達という曖昧な存在であった「私」という一羽は、願った者となり、「私」という一人になった。
言い忘れていたが、「私」の最初の姿は鳥であった。
と言っても、鳥の形をとっていただけで、鳥ではない。
特別な鳥だ。




