第1話:理不尽な追放とヘイトの回収
「おいカイト。お前、今日限りでクビな」
王都でも一際きらびやかな高級酒場の一室。
その個室に、冷酷な声が響いた。
声を放ったのは、金髪をなびかせた美形の青年、ゼクス。
国内にわずか数組しかいない最高位、Sランク冒険者パーティ『暁の剣』のリーダーであり、世間から『光の勇者』と称えられる男だった。
彼が手に持つ羊皮紙には、俺――カイトの名前が書かれた契約解除書が握られている。
「……クビ、ですか?」
俺は背中に背負った巨大なリュックを背負い直しながら、聞き返した。
「そうだ。耳が腐っているのか? お前のような【荷物持ち(ポーター)】の無能に払う給料は、我がパーティには一ロクムもないと言っているんだよ」
ゼクスは黄金のワインを喉に流し込み、ゴミを見るような目で俺を睨みつける。
「待ってください、ゼクスさん。俺の固有スキル『無限収納』がなければ、ダンジョン深層での長期探索に必要な物資や、討伐した巨大魔物の素材を持ち帰ることはできません。俺が抜けたら、パーティの補給線が――」
「ウッセーな、無能が!」
ゼクスが激しく机を叩いた。ガシャーンと、高級なグラスが床で砕け散る。
「くだらない話はうんざりだ! お前の『無限収納』なんてものはな、ただ荷物を多く持てるだけの、戦闘には1ミリも役に立たないゴミスキルだ。他の一流パーティを見てみろ。誰もそんな戦闘力ゼロの奴を連れ歩いていない。今や俺たちはSランクだ。お前のような戦闘レベル1の足手まといを連れ回しているだけで、周囲から笑いものになるんだよ!」
ゼクスの後ろでは、パーティメンバーである魔導士の女と、重戦士の男がクスクスと小馬鹿にしたような笑い声を漏らしている。
彼らは忘れているのだ。
重い鎧や大量の魔力ポーションを俺がすべて『無限収納』で預かり、彼らが常に「身軽な万全の状態で戦えるようにしていた」という事実を。
彼らがダンジョン内で贅沢な食事を摂り、ふかふかのベッドで眠れていたのは、俺がスペースの劣化を防ぐ収納内にそれらを用意していたからだ。
だが、彼らにとってそれは「やって当然の雑用」であり、評価の対象にはならなかった。
「……分かりました」
俺は静かに頭を下げた。
これ以上、何を言っても無駄だということは、彼らの冷え切った目を見れば分かった。
これまで命を懸けてサポートしてきた仲間だと思っていたが、彼らにとって俺は、ただの便利な道具に過ぎなかったらしい。
「ふん、物分かりが良くて助かるよ。荷物持ちの代わりなど、奴隷市場に行けばいくらでも安く手に入る。おい、お前の『無限収納』に入っている『暁の剣』の全財産と予備物資、ここにすべて吐き出していけ」
ゼクスが床を指差す。
俺は無言で右手をかざし、スキル『無限収納』を発動した。
空間が歪み、中から時価数百万ゴールドに及ぶ大量の魔結晶、レア素材、そして予備の武器や防具、ポーションの山が、ドサドサと酒場の床を埋め尽くしていく。
「よし、確かに受け取った。さあ、消えろ。二度と俺たちの前に面を出すなよ、役立たず」
ゼクスは床の財宝に目を輝かせ、もう俺のことなど視界にも入れていなかった。
俺は一人、重い一歩を踏み出して個室を出た。
夜の王都の冷たい風が、俺の頬を撫でる。
財布の中身は、手切れ金代わりに投げつけられたわずかな銅貨数枚だけ。
「これから、どうするかな……」
宿代すら足りない状況で、俺は途方に暮れながら、静まり返った裏路地へと足を向けた。
自分が持つ唯一のスキル『無限収納』。
戦闘能力を持たないこのスキルだけで、この先ギルドで生きていけるのか。
俺はステータス画面を呼び出し、自分の無力さを突きつけられるだけのその画面を、力なく見つめた。
しかし――。
画面に表示された文字の羅列を見た瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。
【固有スキル:無限収納】
※条件達成:Sランクパーティからの脱退により、隠蔽仕様が解除されました。
画面の底から、今まで見たこともない、禍々しいまでの金色の文字列が浮かび上がってきた。
宿代もない俺は、王都の薄暗い裏路地で一人、ステータス画面に浮かび上がった金色の文字列を凝視していた。
【固有スキル:無限収納】
※条件達成:Sランクパーティからの脱退により、隠蔽仕様が解除されました。
※真の能力『概念・稼働体収納』が解放されます。
「……概念、稼働体収納?」
聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。
これまでの『無限収納』は、死んだ魔物の素材やポーションといった「生命活動のない静止物」しか収納できなかった。それが一般的なアイテムボックスの限界であり、だからこそ俺は「荷物持ち」と見下されていた。
だが、新しく表示された詳細説明を読み進めるうちに、俺の背中に冷たい汗が伝った。
【能力詳細:視界に収まっている対象であれば、質量・生死・距離に関わらず『収納』可能。稼働中の物質(魔法、熱量、他者の装備、および生物の器官)を直接、亜空間内へ転移・隔離することができる】
「これ、は……」
手足が震えた。
つまり、こういうことだ。
これまでは「切り落とした魔物の首」しか収納できなかったが、これからは「生きている魔物の、体内の心臓だけ」をピンポイントで収納内に引き抜くことができる。
あるいは、敵が放ってきた攻撃魔法そのものを、着弾する前に空間ごと収納して無効化することもできる。
戦闘力ゼロのゴミスキルだと言われていた『無限収納』は、そのロックが外れた瞬間、「視界に入るものなら、神であっても一瞬で即死・無力化させる最強の暗殺スキル」へと変貌を遂げていたのだ。
「ゼクスたちは……この仕様を知らずに、俺を追い出したのか」
いや自分自身も知らなかったが。
あいつらは俺を「戦闘の足手まとい」だと言った。だが、この能力があれば、Sランクパーティなど視線一つで壊滅させられる。
急に視界が開けたような感覚を覚えながら、俺はふっと自嘲気味に笑った。
今さら、あの傲慢な連中のためにこの力を使うつもりは毛頭ない。彼らは俺を捨てた。なら、俺も彼らを捨てるだけだ。
「まずは、明日の生活費を稼ぐために、一度王都を出るか」
俺は立ち上がり、深夜でも開いている西の城門へと向かった。王都の周辺なら、初心者向けの低いランクの魔物がいる。そいつらを相手に、この新しい力の実験を兼ねて素材を狩れば、数日分の宿代くらいにはなるはずだ。
――数時間後。
夜が明け始めた黎明の森。
俺は草むらに身を潜めながら、獲物を探していた。だが、そこで耳に飛び込んできたのは、初心者向けの森には絶対に存在するはずのない、大地を揺るがすような凄まじい「咆哮」だった。
――オオオオオオオオオオオッ!!
「な、なんだ……!?」
木々がなぎ倒され、強烈なプレッシャーが森全体を支配する。
見通しの良い開けた街道へ出ると、そこには最悪の光景が広がっていた。
全長十メートルを超える巨体。漆黒の毛並みに、三つの赤い眼を持つ災厄級の魔物――Aランクモンスター『グラットンベア』。
それが、一隊の騎士団を蹂躙していた。
「くっ、怯むな! 第一班は盾を構えよ! 姫様を死守するのだ!」
血を流しながら叫ぶ兵士たちの中心に、その女性はいた。
眩いばかりの銀髪をなびかせ、白銀の鎧を身にまとった美貌の女騎士。彼女こそが、この国の隣国である『ロストール王国』の第一王女であり、若くして国内最高戦力と謳われる、シルヴィア王女だった。
だが、その天才をもってしても、不意に現れた災厄級の魔物を前には防戦一方だった。シルヴィアの愛剣は半ばから折れ、彼女の美しい顔は絶望に染まっている。
グラットンベアが、巨大な爪を振り上げた。
あれが直撃すれば、シルヴィア王女の肉体は鎧ごと消し飛ぶ。
「ここまで、なのか……!」
シルヴィアが覚悟を決めたように目を閉じた、その瞬間。
俺は草むらから一歩、街道へと踏み出した。
距離は約五十メートル。俺の視界には、しっかりと魔物の巨体が収まっている。
「――『収納』」
俺は静かに、右手を突き出した。




