表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

〈1〉真島信也

「年齢はただの数字だ」という人がいるが、そう言えるのは肉体労働に従事していない人間だけだ。肉体労働をすれば老いを感じずにはいられないはず。

真島信也は肉体の老いをまざまざと感じていた。

信也は高校時代にいじめに遭い、辛い青春を送っていた。

そんな信也を救ったのは一本のテレビドラマだった。

同じように学校でいじめられている主人公が横暴な教師に向かって、なけなしの勇気を出して行動した。その行動が他の生徒にも認められ、いじめられっ子にも一目置かれるようになり、主人公は人として成長していくシンプルなドラマだった。

だが、信也にはそのドラマが心に刺さった。

「俺もこんなドラマを作りたい。俺と同じように人を勇気づけられるドラマを作りたい」

そんな思いから信也はシナリオライターは自分にとって天職と思え、プロのシナリオライターになることを目指した。

人を勇気づけられる作品を作ればプロになれると、今思えば短絡的だったかもしれないが信也は本気でそう思っていた。

その熱意だけで仕事は就職せず、バイトだけをし続けシナリオライターを目指し、コンクールに応募した。

コンクールに落ちても、「人を勇気づけることが出来なかったんだ」「まだ勇気づけられてないんだ!」と思い、コンクールへの応募を辞めようとはしなかった。

そんな生活を三十年、続けていた。

しかし、信也が五十歳を前にしたときだった。

「自分はプロにはなれない……」

そう思うことが起こった。

シナリオコンクールを主催するテレビ局が五十歳早期退職を募ったニュースが流れたのだ。信也はそれを見たとき、

〈五十歳で早期退職を募っているのに、もうすぐ五十歳になる自分にチャンスがあるだろうか? テレビ局は若いシナリオライターを求めている。一緒に成長するライターを求めている。五十になる俺にチャンスはない。ノーチャンスだ〉

信也は愕然とした。

確かにシナリオコンクールで五十歳以上の人が新人賞をとったという話はあまり聞かない。いるとは思うが狭き門がさらに狭く針の穴に糸を通すようなもの。その穴も今では老眼でよく見えない……。

もし五十代でプロになるには人脈か運が必要。シナリオライターは孤高で中々同じ夢を持つ人との繋がりはない。ましてや芸能人でもテレビ局員との繋がりのない信也に人脈はない。

なら、運はあるか?

三十年以上、しかも若い頃に応募し続け、プロになれなかった。そんな自分に運があるとは到底思えなかった。

明らかに強制終了。

身体が震えた。毎年、コンクールに応募し、落選するたびに身体が震えていたがこんな形で震えるとは思ってもいなかった。

信也は今までプロのシナリオライターになる前提で生きて来た。しかし、それが閉ざされた今、五十歳を前にシナリオライター以外の人生を探さなければならない。

信也が今までやってきたことは皿洗い、品物の補充や仕分け、梱包、それだけだ。

信也は自身の置かれた立場、現実を目の当たりにした。

〈俺には売りも武器もない。アマチュアのシナリオ書けますなんて何の武器にもならない〉

愕然とすることしか出来なかった。

それでも毎月の家賃の支払いは来る。生活していくためにはバイトを続けなければいけない。

信也は今まではプロのシナリオライターになるという強い意志、希望をもっていた。だからどんなバイトもどんな扱いを受けても続けていけた。しかし、その希望が脆くも砕け散り、信也は生きていく糧を失った。

それでも生きていくためには、たとえ五十歳でも人生を立て直さなければいけない。俺の人生において今が一番若いのだから。

信也は自分の人生を立て直すためにどうしたらいいか模索していた。

そんなときSNSで第二種電気工事士の資格を独学でとる人の呟きをみた。

〈資格? しかも独学でとれる?〉

信也は独学で第二種電気工事士の資格の勉強をした。第二種電気工事士は筆記試験と技能試験がある。しかし、合格率は高く決して難しいものではないことが分かった。

信也は参考書を買い、勉強した。全く知らなことばかりだったが二か月もたてば筆記試験は合格点を取れるようになっていた。筆記試験に合格する前提で技能試験の勉強もした。制限時間内に出されたものを作成するというもので、初めは制限時間をかなりオーバーしていたが五六回やっていくと段々、時間内に出来るようになっていた。

信也は第二種電気工事士を受けた。

一発で合格した。

第二種電気工事士の資格を取得し、さっそく電気工事士として生きるべく、ネットの転職サイトに登録した。早速スカウトメールが届いた。信也は喜び勇んでスカウトメールが届いた電気会社に電話し、面接日を決めた。

〈これで電気工事士として資格を活かした仕事が出来る。正社員になれる。生活を立て直すことが出来る〉

信也には電気工事士になることに希望しか見えなかった。

しかし、その希望も面接のとき、面接した社長に言われた。

「うちの会社は主にランドマークタワーに銅線を敷設する仕事を受け持っている会社です。一トンはある銅線のドラムを人力で動かす体力勝負の会社です。若い人でも仕事の厳しさにすぐ辞めていく人もいます。真島さん、それ出来ますか?」

「出来ます!」

信也は力強く答えた。

信也はこの面接で採用されることだけしか考えていなかった。それに、そもそもスカウトメールをくれた会社なのだ。

「では、三日以内に合否の連絡をします」

そういって面接は終わった。

信也は帰りの電車の中で面接のことを顧みた。

社長から自分を雇いたいという印象を受けなかったからだ。

「出来ますかって、出来ると思ってるからスカウトメール送って来たんじゃないのか?」

信也は社長の態度に不満だった。

しかし、信也は数年前にヘルニアを発症し、医師は治ったというも、たまに尾骶骨に歩くと響くような痛みが出て、腰痛ベルトを巻かなければ歩けないときがあった。

一トンのドラムを人力で動かす……。

信也はよくよく考えて、今の自分には無理かもしれないと思い、電車の乗換駅で社長に断りの電話をした。

第二種電気工事士の資格をとって人生をやり直そうとした信也にとっては苦々しいものがあったが、腰痛のことを考えると正しい判断だった、と自分を慰めた。

では、なぜスカウトメールが届いたのか?

信也は考えた。考えた末に結論が出た。

スカウトメールは登録すると登録先が勝手に当てはまる人に送信してくるメールで別に社長が一人一人に目を通して送っているのではないということに気が付いた。社長もそんなに暇ではないのだ。

信也は転職エージェントの会社に連絡をした。人に仲介してもらった方がいいと思ったからだ。

自分の担当になったエージェントは年齢的に難しいが二十パーセントぐらいはあるというので担当者に仕事先を探してもらうことにした。

それと同時にSNSで宅地建物取引士という資格を独学で勉強している人がいるというのも知り、信也は調べた。

「宅建とって人生変えよう!」と謳っている動画も見た。

〈人生を変える? まさに自分にはうってつけの資格なのではないか〉

独学でも取れる。

信也は宅地建物取引士の参考書を買い、バイトをしながら勉強を始めた。

勉強を始めて半年が過ぎた頃、エージェントから電気会社でぜひ面接したいという会社の紹介を受けた。

エージェントが雇用会社と自分の間に入ってくれているのなら、と思い、信也は電気会社の面接を受けた。

信也はそこでスカウトメールが来て、面接を受けたけど雇う気がないように見えたので辞めたことを話した。勿論、自分から断ったことを伏せて。

社長は「あなたより年上の人を採用したこともあるから大丈夫だよ」と前向きなことを言ってくれた。

信也はそこで働くことになった。

初めての正社員。前向きな気持ちしかなかった。

働く場所は都内有数のランドマークタワー。そのランドマークタワーに入る外資系企業のテナント入居工事。

信也は自分を待っていた会社の人から腰道具を渡された。

腰道具?

そんなものは全く考えになかった。

腰道具はドライバーや安全帯、作業道具がついているもので五キロはある。人によって電動道具もつければ十五キロぐらいの腰道具をつける人もいる。仕事中はそれをつけて作業をする。

「腰道具か……」

腰痛持ちの信也も腰道具をつけて上司の命令を聞いた。上司は二十代、三十代と自分より二十も三十も年下だったが、信也はそうなることは分かっていたので気にならなかった。それよりも気になるのは自分の腰……

ランドマークタワーは広く、天井に明かりをつけるために天井まで届く立ち馬という二十キロ、三十キロもある脚立を抱えてランドマークタワーのフロアを駆けずり回った。

信也は働き始めて三か月で十キロ、強制的に痩せた。食べても食べても痩せていくほど仕事は厳しい肉体労働だった。はじめてスカウトメールをくれた社長の判断が正しかったことが分かった。

仕事をしながら腰痛も発症した。

信也は自分の腰痛は季節が大きく変わる秋から冬の十一月と冬から春の四月に起こることを悟った。それは季節の変わり目であり、同時に気圧の変化が大きいのでは、俺の腰は気圧に影響されるのでは、と思った。

信也は歩くたびに尾骶骨が痛み出したときも仕事を休まず、腰痛ベルトを巻いて、その上に五キロはある腰道具を巻いて仕事をした。

指もまた重いものを握るので、次第に両手がばね指になり、給水のペットボトルの蓋でさえ自分で開けられず、仕事仲間に開けてもらったりしていた。

もう全てがボロボロだった。

信也は結局、一年もたず十か月で辞めた。

体重は十五キロも痩せた……。

信也はまたバイト生活に戻り、宅地建物取引士の勉強を再開した。

十か月ぶりの宅地建物取引士の参考書を開き、勉強して信也は驚いた。

始めた当初は聞いたことのない言葉やルールで全く分からなかったが、十か月前にその言葉に触れたことでどこか俯瞰して見えるようになっていた。

〈どこの何を勉強しているか、わかるようになってる。知らなかった言葉、聞いたことのない言葉にアレルギーを感じなくなってる〉

十か月前にやったことが無駄ではなく、いいアドバンテージになっていたのだ。

信也は勉強した。

〈一回読んで暗記できるのなら暗記パンなんていらない〉

自分を鼓舞しながら勉強した。

そのかいあったせいか、その年、信也は宅地建物取引士の試験に合格した。

〈宅建とって人生を変える。まさに俺は宅建に合格した! 人生を変えることが出来る〉

信也は宅地建物取引士になるため講習を受け、晴れて宅地建物取引士の免許を取得した。

信也は不動産会社の求人に片っ端から応募したが片っ端から落選した。

信也には分かっていた。

五十五という年齢で正社員はない。

よく何を始めるにも年齢は関係ないという人がいるが、確かに間違いではない。

しかし、一般社会で生きていくのには年齢は大きな障壁であることは間違いないのだ。

それでも信也には人生を変える武器は今となっては宅地建物取引士の資格のみ。これだけが武器であり、売りなのだ。

信也はバイトをしながら求人を探しては応募した。

そのかいあったせいか一社、瑞ケ丘ハウスエステートという会社が面接してくれることになった。

〈五十五だけど俺の人生を変えるのはここだけだ!〉

社長と面接をし、

「営業の助手として働いてもらうけど、よろしいですか?」

「営業の助手とは?」

「我が社が管理している物件の管理やちょっとしたお客様の不具合の対応などが主な仕事になります。どうですか?」

どうですか、と言われても信也には不動産のことはまるっきり分からなかった。

分かっていることは、宅建を取って人生を変える。

〈人生を変えるための入り口なら営業助手だろうがなんでもいい!〉

信也は瑞ケ丘ハウスエステートに就職した。

そして、営業助手として働き始めた。

仕事は管理物件の管理といっても主に清掃。ちょっとした不具合というのは入居者からキッチンの漏水、ウオシュレットの故障やエアコンの不調などを確認しては業者に依頼するなど。縁の下の力持ちと言えば聞こえはいいが、信也はそうは思ってはいなかった。

〈シルバー人材養成所……〉

五十五歳だからほぼ間違えじゃない。

でも、人生を変えたいという自分の想いとは明らかに乖離している。

熱い夏も寒い冬も掃除道具を乗せて自転車を漕ぎ、町中に点在する管理物件を駆けずり回り、入居者から不具合の連絡をもらえば連絡を取り、現地調査に伺う。

「ただの小間使いじゃないか! 俺はシルバー人材養成所で小間使いをするために宅建士になったのか? ここに人生を変える未来があるのか?」

電気工事のガチの肉体労働から、今度は会社が管理する物件を自転車で駆けずり回る肉体労働。夏も冬も仕事場は外……。

とてもここに人生を変える未来、希望が待っているとは思えなかった。

〈そういえば、募集要項に年齢不問。人柄重視と書いてあったっけ……〉

それって結局、来る者拒まず。誰でもいいのだ。

要は潰しの利く人間が欲しいだけなのだ。

〈俺の宅建士になるための勉強の日々は何だったんだ!〉

信也は希望の持てない仕事に半ば嫌気がさしていた。

しかし、そんな信也の心を支えてくれるものが一つだけあった。

それは隣の県の青葉スポーツセンターで行われているビートファイトだった。

瑞ケ丘ハウスエステートに就職した際に、ホームページで社員紹介するのに趣味か何かしているところの画像をアップするので持ってきて欲しいと言われたときのことだった。

信也はとてもプロになれなかったシナリオを書いてる姿をさらしたくなかった。どうせならビートファイトをやっている写真の方がいいと、ビートファイトをているスポーツ施設を探した。そして青葉スポーツセンターを見つけた。

ビートファイトとは海外のスタジオエクササイズのプログラムの一つで日本でもスポーツジムがそのプログラムを使用してスタジオエクササイズをしている。中でもビートファイトは格闘技系のエクササイズで、ノリのいい激しい音楽にのせてパンチやキックを打つ人気プログラムだった。

信也はそれを二十年前からやっている。電気工事の会社に勤めたときだけ、やる時間がなく辞めてそれ以来してなかった。

信也は久しぶりにビートファイトをやりに青葉スポーツセンターに行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ