第9話:冒険者のお話
「くぅぅっ! 私を殺してくれぇ!」
「なんで!?」
お姉さんは一口頬張ると、ダーン! とテーブルを叩いた。
大変に悔しそうな顔で拳を握りしめている。
な、何が起きてるの?
こんな反応されたの生まれて初めてなんですけど。
混乱と不安で頭がいっぱいになっている間も、お姉さんは苦悶の表情で言葉を続ける。
「これほどの衝撃を受けた飯は我が人生初だ。あり得ない……こんな料理はあり得ない。途方もない美味さだ」
「あ、ありがとうございます……」
ほ、褒められている?
とてもそんな雰囲気じゃないのですが。
だって、お姉さんの顔すっごく怖いよ?
強い魔物と対峙しているかのような、真剣そのもの。
眼光だけで死んじゃいそう。
「私の負けだ。いや、完敗だな。文字通り手も足も出なかった。己が未熟だったと認めざるを得ない」
「は、はぁ……」
あの~、私たち勝負してましたっけ?
さっきから勝手に話を進められているような気がしてなりませんが……。
そう言いたいのだけど、お姉さんが怖くて言い出せない。
「リンゴを一口食べた瞬間、もうダメだと思った。抗えない幸福感が体中に広がったのだ。昇天する一歩手前、現世にとどめてくれたのがジャムの酸味だった」
「昇天……」
「美味すぎて死ぬところだったぞ」
「そんな……」
あの一瞬で命のやり取りがあったのか。
もう少しで私は人殺しになるところだったらしい。
ありがとう、<ぶるぶるベリー>。
私を救ってくれて。
「ナッツの食感もまた素晴らしい。噛むたびに幸福感が倍増されていく。この料理は貴様が作ったのか?」
「はい、私がお作りしました」
「なるほど……。まさしく、絶対に超えられない壁にぶつかった気分だ。だが……なんだろうな。絶望や悲哀は微塵もない。むしろ、ある種の幸せを感じている」
お姉さんは静かな微笑みを讃えながら話す。
たぶん褒めてくれているんだろうけど、昇天とか死ぬとかいうワードのせいでいまいち実感が湧かなかった。
「そして、私は覚悟を決めた」
唐突にお姉さんは告げた。
「か、覚悟ですか? いったい何の……」
「さあ、この剣で私の首を一思いに斬り落とせ」
「す、すみません、何がなんだか」
突き出された一本の剣。
まさしく覚悟を決めた表情のお姉さん。
意味が分からない私。
こ、これはどういう状況なの……?
「私の覚悟はできている! 一太刀で斬り伏せるのだ! この人生にもう悔いはない!」
「それは構いませんが……斬り殺されたらもう食べられないと思いますけど」
食堂は時が泊まったかのように静かになった。
お姉さんは一言だけ言葉を発する。
「……たしかに。よく気づいたな」
「あ、いえ……」
「ここで死んだら悔いが強く残りそうだ」
お姉さんは剣を置き、食事を再開する。
普通に召し上がっているけど、こうしている間にも命のやり取りがあるんだろうか。
ひやひやしながら眺めていると、五分も経たずにお食事は終わってしまった。
でも、お姉さんはちゃんと生きている。
動いているからね。
お姉さんは口を拭くと、幾分か柔らかくなった表情で話しかけてきた。
「貴様、名はなんという?」
「レベッカ・サンデイズと申します」
「ふむ……」
それっきり喋らなくなってしまったので、お皿を持ってキッチンに戻る。
ロールちゃんとネッちゃんが、そそそ……と近寄ってきた。
「だ、大丈夫だった? なんか変なお客さんだね。いきなり殺してくれとか言うし。食べたら早く帰ってくれないかなぁ」
『あんなリアクションが慌ただしい人は初めて見たニャよ。ほんとに怪しいお客さんだニャ』
「……二人とも私と一緒に話してくれていいんだよ?」
「『あ、いやぁ……』」
ロールちゃんもネッちゃんには、やんわりと断られてしまう。
なんとなくわかっていたけど。
「レベッカ、こちらに来い。残りの二人もだ」
まぁ片付けするか、と思ったらお姉さんの声が聞こえてきた。
緊張しながら三人一緒に食堂へ行く。
お姉さんは相変わらず硬い雰囲気で座っていた。
また怒られるのだろうか。
「まだ名乗っていなかったな。私はキャンデという者だ。見ての通り、冒険者をやっている」
「よろしくお願いします」
「わたしはロールと言います……」
『ネッちゃんだニャ』
キャンデさんは握力も強い。
見立て通り冒険者だった。
「まぁ、この辺りでは“惑乱の凶星”と呼ばれることが多いが」
「へぇ~、かっこい……」
「“惑乱の凶星”!?」
かっこいいですね、と言おうとしたら、ロールちゃんが悲鳴を上げた。
ゴーストでも見たかのような顔をしている。
「ロールちゃん、どうし……」
「どんな魔物も一撃の下に斬り捨てる長剣の使い手! 誰とも群れない、どこにも根付かない孤高のSランク冒険者! 機嫌の良いときにしか自分語りをしないから素性が知られていない、あの“惑乱の凶星”ですか!?」
ロールちゃんは怒涛の勢いで話す。
どうやら、有名な冒険者みたいだった。
Sランクってことは最高峰じゃん。
国内でも五人くらいしかいないと聞いている。
キャンデさんはそんなすごい人だったのか。
というか、後半は褒め言葉じゃなかったような気がするけど。
「毒食材なんて珍しいと思ったが、メニューは二つしかないのか? 肉とか魚料理は?」
「はい、そのことでございますが……」
状況を簡単に説明する。
毒食材は美味しくて無毒化すれば安全なこと、周りの森で集めていること、毒魔物は私たちだけじゃ捕獲できないこと……。
キャンデさんは腑に落ちた様子だった。
「毒食材にこんな旨さがあったとは私も思わなかった。しかし、肉や魚料理が提供できないのはカフェとして致命的だろう」
「ええ、野草ばかりではレパートリーが少ないと思っています」
「そこでだ、私をここに泊めろ。毒魔物を狩ってきてやる。もちろんタダだし宿代も払う。ここを根城にしたい。それくらい、レベッカの料理に深く感動したのだ」
キャンデさんの言葉にロールちゃんの表情が固くなる。
「どうだ? 悪い話ではないと思うが」
「お言葉でございますが! あいにくと、わたしどもの宿には空き部屋が……!」
「前金だ」
キャンデさんはドサッと袋をテーブルに置いた。
スクアーさんの時と同じか、それ以上の金貨が顔を覗かせる。
ロールちゃんは固まった。
「はわわ……」
まさかこの反応は……!
「……どうぞどうぞ! お部屋には空きがございますので! 最上級のお部屋をご用意いたしますよ!」
「そうか、それは助かる」
「『(ロールちゃん……)』」
ロールちゃんは揉み手をしながらキャンデさんを二階に案内する。
金貨の袋はいつの間にかポケットに回収していた。
その様子を見ながら、ネッちゃんに小声で話しかける。
「泊まってほしくないんじゃなかったっけ?」
『そのはずニャけど……』
ロールちゃんは最初は警戒心が強いのに、大金を前にすると判断力が鈍ってしまう。
キャンデさんの第一印象は最悪だったのに、今では嬉々として宿を案内していた。
きっと、厳しい一人暮らしの反動でお金に弱くなっちゃったんだ。
ロールちゃんは二階の角部屋にキャンデさんを連れて行く。
「こちらが最高級のお部屋でございます!」
「ふむ、悪くない。ほら、今週のチップだ」
「はわわ……」
キャンデさんは砂金の大粒をジャラリとロールちゃんに渡す。
ロールちゃんはもうはわはわだ。
「シーツは一日三回お取り替えして、お食事は朝昼晩お作りします! お望みとあらば10時のおやつに15時のおやつ、お夜食もご用意しますからね! いつでもお伝えくださいませ!」
ロールちゃんの叫び声が轟く。
だから、作るのは私なんだけどな……。
いや、仕事がたくさんあるのはありがたい。
まぁ、ありがたいのだけど、できれば勝手に話を進めるのは控えていただきたい。
というわけで、キャンデさんが新しい仲間になった。
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