第33話:お母さんのお話
〔〔……おいしい〕〕
お母さんとラウエルさんは、静かに呟いた。
一口一口を味わうように、丁寧に食事を楽しんでいる。
スープを飲み、ロブスターの身を食べ……記憶の中にあるお母さんの食事風景と重なった。
私にとってはもう二度と見られないと思っていた光景……。
いつまでも感傷に浸っていたくなる。
「ど、どうかな……美味しくできた?」
お客さんに出すときはそんなことないのに、なんだか恥ずかしかった。
たどたどしく尋ねると、すぐさまお母さんたちは満面の笑みになる。
〔ええ、もちろんよ! おいしさに感動して言葉を忘れてしまうくらい。……腕を上げたわねぇ、レベッカ〕
〔今まで食べた食事の中で一番おいしいお料理です。食材全てが主役と言っても過言ではありませんね〕
「ありがとうございます、良かったです……」
やっぱり、おいしいと言ってくれるのが一番嬉しいね。
料理人として、努力が報われた感じがする。
お母さんとラウエルさんは、食べながら感想を伝えてくれた。
〔まず、このロブスターだけどふんわりしているのに、ギュッと身が引き締まっているのが見事ね。火加減の調整が大変だったでしょう〕
〔噛めば噛むほど味が染み出してきます。スープに至っては食材の旨みが凝縮されて、海そのものを飲んでいるかのような満足感がありますね〕
二人とも本当においしそうに食べている。
感想も嬉しいし、その楽しげな様子を見るだけで私も温かい気持ちになれた。
〔アサリも砂のジャリっとした感触もないし、トマトのちょっぴり辛い味が絶妙なアクセントだわ。辛すぎないのがレベッカの腕ね〕
〔このキノコだって他の食材に負けないくらい、旨みが濃縮されています。まさしく、大地の恵みをいただいている気分です〕
お母さんもラウエルさんも、おいしかったポイントを細かく伝えてくれる。
楽しかった食事も進み、お決まりの<ポイズンハーブ>のお茶を出す。
二人が飲んでいるを見ていたら、忘れていた寂しさに襲われた。
「お母さん……」
考えないようしたけど、とうとう耐えかねて涙が零れてしまった。
奇跡の時間はこれで終わり。
亡くなったお母さんと会える時間は、お終いが近づいている。
我慢しようとしても涙が零れた。
だって、お母さんとはもう会えなくなる。
「お母さん、さようなら。私、お母さんに会えるなんて思ってもみなかった。会いに来てくれて本当にありがとう。今日のことは一生忘れないから……」
涙を堪えて感謝の気持ちを伝えることができた。
私の後ろからは、みんなのすすり泣く音が聞こえる。
“カフェ・アンチドート”の仲間も、私たちの別れを悲しんでいてくれた。
みんなの優しい気持ちを感じ、悲しい思いは少し和らいだ。
ラウエルさんは温かい目で見守ってくれている。
そして、お母さんはそっと告げた。
〔じゃあ、また来月また来るわね〕
「…………え?」
お母さんはさらっと言った。
そう、本当にさらさらっと。
私たち“カフェ・アンチドート”一同がポカンとしていると、お母さんは不思議な顔でさらに告げた。
〔あら、聞こえなかった? 来月また来るって言ったのよ〕
「あ、いや、そうではなくて……」
昔から、お母さんは少し天然なところがある。
答えを聞くのが怖いけど、きちんと聞いてみよう。
緊張しながら恐る恐る尋ねた。
「に、人間界に来られるのは今回だけじゃないの? また来れるの?」
〔ああ、はいはい、そのことね。来られるわよ〕
あまりにも普通に言われポカンとする。
天界に住んでいる人が人間界に来るって、よくあることなのかな?
いや、でも、互いに別々の世界だし……。
頭の中であれこれ考える私を見て、ラウエルさんが苦笑しながら説明してくれた。
〔サラさんは人間界でも天界でも善行を積んでいるので、一月に一回くらいのペースであれば降りて来れるんですよ〕
「そ、そうなんですか。善行を積めば……」
まさか、天界にそのようなルールがあったとは思わなかった……。
はぁ~っと感心していたら、ハッと嬉しい事実に気づいた。
ゆっくり少しずつ、もどかしいほどじわじわと身体の奥底から喜びがあふれてくる。
「じゃあ、またお母さんに会えるんですね!」
〔そういうことになりますね。今後もよろしくお願いします〕
「やったー!」
ラウエルさんの言葉を最後まで聞かず、お母さんに抱きついてしまった。
また涙があふれる。
でも、今度は嬉し涙だ。
〔ほらほら、みんなが見ているわよ、レベッカ〕
「だってぇ」
「よがっだ~! よがっだね、レベッガ~! また、おがあざんに会えるよ~!」
『親子の愛は世界を超えるんだニャ! 愛は不滅……不滅なんだニャ!』
「私ば心の底から嬉じい! レベッガだぢがまだ会えるなんで嬉じい!」
頭の上からお母さんの呆れた声が、私の後ろからはみんなが号泣する声が聞こえる。
私はお母さんからすぐに離れられない。
恥ずかしさより、嬉しさの方が何十倍も何十倍も強かった。
□□□
〔では、私たちはそろそろ失礼いたします。人間界にいられる時間が迫ってきましたので〕
〔みなさん、今日は本当にありがとう〕
私たちの涙も治まり、お別れの時間がきた。
でも大丈夫。
また会えるのだ。
二人をお店の外に見送る。
お母さんはネッちゃんたちと最後の握手をしていた。
「あの、すみません……」
魔法陣らしき絵を地面に描いているラウエルさんに話しかける。
お母さんとの再会に泣きながらも、ずっと考えていたことがあったのだ。
〔はい? 何でしょうか?〕
「天界にも銀行ってありますか?」
〔ええ、あるにはありますけど……何か預けたいのですか?〕
背中に担いだ袋から、金貨に砂金、レア魔石……数々の宝物を差し出す。
こっそり隠し金庫から取っておいたのだ。
「これらの貴重品を預かっていただきたく……」
「預からなくていいです!!」
天界で預かってもらおうとしたけど、ロールちゃんに光の速さで回収されてしまった。
ロールちゃんは我が子のように、貴重品類を強く抱きしめる。
まぁ……預けなくても別にいいか。
〔あっ、そうだ。思い出しました。まだお食事のお礼を渡していませんでしたね〕
「いや、別に要らないですよ」
〔そういうわけにはいきません。その辺りはちゃんとしておかないと。人間界のお金は持っていませんので、代わりに天界にしかないアイテムでよろしいでしょうか?〕
「あっ、はい。もちろんですが……」
ラウエルさんはゴソゴソとポケットに手を入れている。
ちょっと、待って。
まさか、この流れは……。
〔“天使の涙”です。傷につけると、どんな大けがもたちまち治してしまいます。人間界の価値で言うと、金貨1000枚はあるでしょう〕
差し出されたのは、小さな小瓶。
中には半分くらい透明な液体が入っている。
人間界で手に入らないアイテム……。
これはまさしく貴重品だ。
「いや、さすがにこれは……」
「ありがとうございます! いただきますね! ……はわわ…………」
お断りしようとしたけど、やっぱりロールちゃんに回収されてしまった。
「じゃあ、お母さんまたね。元気でね……って、天界に住んでいる人に言うのは変か」
〔いいえ、嬉しいわよ。レベッカの顔を見たら、元気があふれてきたわ。またね……私の大事な大事なレベッカ〕
お母さんはチュッと私の頭にキスしてくれる。
それを見計らったかのように、地面の魔法陣が光り輝いた。
お母さんたちは光の柱に包まれる。
〔さようならー、美味しいお料理を本当にありがとうございましたー〕
〔“カフェ・アンチドート”の皆さん、レベッカのことをよろしくねー〕
お母さんとラウエルさんは手を振りながら、空へと昇っていく。
私たちも大きく手を振り返す。
姿が見えなくなるまで、ずっと。
――お母さん、私はこれからも頑張るからね……。
晴れ渡った空を見上げながら、私は心の中で強く強く決心した。
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