第25話:プロポーズの結果は
「……」
フランソワーズさんは無言だ。
何も話さず表情も変えず、バンパイさんが差し出した指輪をジッと見つめている。
背中にイヤな汗をじわりとかく。
も、もしかして、拒否?
どうして?
二人は愛し合っているんじゃないの?
予想外の展開に、頭の中が激しい混乱に襲われた。
横に控えたロールちゃんたちも、緊迫した様子で眺めている。
なんで? どうして? と考えるうち、一つの可能性にぶち当たった。
――わ……私のお料理がまずかったから?
全力を出したつもりだったけど、力が及ばなかったらしい。
こ、これは大変なことだ。
私のせいで、バンパイさんのプロポーズが失敗してしまった……。
早く謝らないとっ!
意を決してキッチンから出ようとした、そのとき。
フランソワーズさんの頬を、つっ……と一筋の光が伝った。
「はい……はい……私でよければ……喜んで……! バンパイ様の妻になりたいです!」
月明かりを受けた天使のような女性は、彼女の夫に力強く抱き着いた。
その頬には、大粒の涙を流しながら。
ホッとすると同時に、見ている私も温かい気持ちで心が満たされていく。
「良かったね、みんな……。愛が結ばれたんだよ……」
尊い。
吸血鬼と人間という種族の差を超えた愛。
愛があれば、どんな壁も乗り越えられるんだな。
私たちはその奇跡を目の当たりにしたんだ。
何度も言うけど尊い。
そうしんみりするのだけど、少しずつ異変を感じた。
ハイテンションに喜ぶはずの三人が静かだ。
「み、みんな、どうし……」
横を向いた瞬間、三つの黒い影が食堂に向かって飛び出した。
止める間もなく、思い思いの感想を叫びまくる。
「おめでとーございまーす! 今日はなんてめでたい日でしょーかー!」
「運命のいたずらに打ち勝ったんだな! よくやった! よくやったぞ!」
『めでたい、めでたい、めでたいニャー! めでたいから今日はお風呂なしニャー!』
みんな……。
おまけに、クラッカーをパパパパーン! と鳴らしまくる。
い、いつの間に用意していたの……。
おかげで、厳かな余韻が一瞬で消え去ってしまった。
こ、これはさすがにバンパイたち怒るんじゃ……。
『皆さん……ありがとう。私は皆さんの元気に後押しされたんだ』
「ありがとうございます。私たちのためにこんな素晴らしいお料理と、サプライズまでご用意してくださって……お礼のしようもありません」
バンパイさんもフランソワーズさんも、怒ることなく笑顔で受け止めてくれた。
あの二人の方がよっぽど大人だよ。
と言いつつ、私も喜びの輪に加わる。
うわーい、うわーい! といつまでも輪舞する私たちを、まん丸のお月様がずっと眺めていた。
□□□
『レベッカ嬢、“カフェ・アンチドート”の皆さん、今宵は本当に世話になった』
楽しいお食事も終わり、バンパイさんたちのお帰りの時間がきた。
フランソワーズさんは外でネッちゃんをなでなでしている。
ネッちゃんも嬉しそうだ。
キャンデさんは拳を握りしめながら虚空を見つめ、熱い涙を流している。
「こちらこそありがとうございました。バンパイさんたちのおかげで、“カフェ・アンチドート”にとっても思い出深い日となりました」
「また来てください。わたしたちも喜んでお出迎えします」
代金はまだ受け取っていないけど、ロールちゃんのはわわ……もなさそうで何より。
なるべく、貴重品は増えないでほしい。
『これは少ないが、今回の礼だ。受け取ってほしい』
「……えっ!?」
と思いきや、差し出されたのは拳大のダイヤモンド。
カットされていないのに、月明かりでさえキラリと輝いている。
透明度も高く、非常に美しい。
ずしっ……という重さが、私の心臓を強く拍動させた。
「あ、あの~、これはいったい……」
『私の領地で採れたダイヤの原石だ。君たちに対する正直な気持ちだ。……受け取ってくれるか?』
バンパイさんの瞳はダイヤモンドのように澄んでいる。
……いや、大変に澄んでいるのだけど、素直に受け取ってしまうのは憚れた。
だって、この石ころ一つで人生何回分遊んで暮らせるのだろうか。
「も、申し訳ございません。お気持ちはありがたいのですが、さすがにもらいすぎなので……っ!」
「お気持ちもダイヤもありがたく頂戴します! ありがとうございます!」
返却しようとした瞬間、ロールちゃんが音速の速さで回収してしまった。
ギュゥッとダイヤモンドを抱きしめる。
「はわわ……」
『喜んでくれて何よりだ』
バンパイさんは嬉しそうに笑ってらっしゃった。
も、もっと適したお支払いで良かったのですよ?
また新たな、はわわ……要素が増えてしまった。
これからはもっと気を付けなければと決心しつつ、バンパイさんを玄関まで見送る。
いよいよ、最後のお別れだ。
「レベッカさん」
外に出たとき、鈴のような声で呼ばれた。
「フランソワーズさん、今日はありがとうございました」
「お礼を言うのは私ですわ。お料理、とっても美味しかったです。この日のことを、私はずっと忘れないと思います。そして……あなたに出会えたことが幸せです」
フランソワーズさんは私の手を握り、お礼を言ってくれた。
感動で目がうるうるしちゃう。
また会えたらいいな。
『さて、私たちはそろそろお暇しよう』
「ええ、バンパイ様」
バンパイさんはフランソワーズさんをそっと抱く。
森へ向かおうとした二人を見て、心配になった。
月明かりは出ているけど、まだまだ夜は深い。
「あの、歩いて帰るんですか? 夜の森は危険ですから、もしよかったら泊まっていただいても……」
『心配ありがとう。だが、問題ないさ』
バンパイさんがマントを広げると、黒くて大きな翼に変形した。
おおお~、カッコいい。
そのまま、颯爽とフランソワーズさんを抱きかかえる。
『では、また会おう!』
「今日は本当にありがとうございました!」
「「お元気でー!」」
「お前たちならどんな運命にも勝てる!」
『また来てニャー!』
月夜に飛び立つバンパイさんとフランソワーズさんに、いつまでも手を振る。
“カフェ・アンチドート”初のプロポーズは、大成功で終わった。
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