第23話:“カフェ・アンチドートのフルコース”①
『「いらっしゃいませ(ニャ)! “カフェ・アンチドート”にようこそ(ニャ)!」』
私とネッちゃん、ロールちゃんは姿勢を正して迎え入れる。
キャンデさんも軽く会釈してくれた。
『久方ぶりだな、レベッカ嬢とそのお仲間たち。フランソワーズ、ここがこの前話していた“カフェ・アンチドート”だ』
「素敵なお店でございますね、バンパイ様」
女性はさらりとした長いブロンドヘア、髪と同じ金色の瞳、くるんとカールしたまつ毛。
バンパイさんを見る瞳はとても優しい。
悪役令嬢だなんてとんでもない。
妖精のように儚い雰囲気の方だった。
『こちらがシェフのレベッカ・サンデイズ嬢だ。レベッカ嬢、紹介しよう。私の恋人のフランソワーズだ』
「初めまして。フランソワーズと申します。バンパイ様からお話は伺っておりますわ。大変に素晴らしいお料理を作ってくださると」
フランソワーズさんは丁寧にお辞儀する。
「レベッカ・サンデイスです。ご来店ありがとうございます」
「ロ、ロールです」
『ネ、ネッちゃんだニャ』
「キャンデだ」
一通り自己紹介し、お席にご案内した。
ピンクやオレンジ、白色のガーベラの花束で飾ってあるテーブルだ。
ロールちゃんとネッちゃんが街で買ってきてくれた(もちろん、毒なし)。
料理を邪魔しない程度の華やかな香りが漂う。
「では、こちらへお座りください」
『ほぉ、キレイな花じゃないか』
「かわいいですわぁ」
二人とも嬉しそうに座った。
料理は食べるまでの雰囲気も大事だ。
まずは上々の出だしだと思う。
「では、こちらで少々お待ちください。まずは前菜からお出ししますので」
『ああ、よろしく頼む』
「コース料理なんて楽しみですわね」
和やかな雰囲気を残し、キッチンへ戻る。
ロールちゃんたちはワクワクした様子で待っていた。
「あれがバンパイさんの婚約者……キレイだねぇ……。見ているだけで尊い気持ちになる」よ
『ネッちゃんは胸がキュンキュンしちゃうニャ。ずっと見てたいニャ』
「見世物じゃないんだよ、二人とも」
気持ちはわかるけどさ。
そんなにジロジロ見てたら失礼でしょうに。
キャンデさんを見習っ……。
「あ、あれが婚約者か……。運命のいたずらに引き裂かれた男女……。種族を超えた愛は運命に打ち勝てるのか……!?」
泣いていた。
ダラダラと涙を流し、目を赤くウルウルさせ……。
話も大きくなってるし、何なら一番じっくり見ていた。
頼みの綱が……。
とはいえ、私も気を引き締めなければ。
今日はバンパイさんにとっても、“カフェ・アンチドート”にとっても、非常に大事な日。
そう、落ち着いて調理しよう。
腕まくりしながら決心する。
この二日間、レシピを考案しているときは騒いでしまったけど、今日は大丈夫だ。
なぜなら、すでに十分騒いだから。
むしろ騒ぎすぎて疲れているくらいだね。
では……調理を始めましょう。
「まずは<レインボウ・マス>のコンフィを作るよぉ! 時間がかかるからねぇ! 前菜と一緒に調理ぃ!」
「『また始まった(ニャ)……』」
大事な日だといつもよりテンションも上がるぅ!
下処理が済んだ<レインボウ・マス>を保存箱から出す。
採れたて鮮度ピチピチッ!
ここの保存箱は特殊な魔法がかかっていて、食材は日持ちするのだ。
全て毒消しは済んでいるので、自由に調理できる。
「<レインボウ・マス>の表面はタオルでしっかり拭くぅ! 水分がなくなると塩が噴き出してくるのだぁ!」
「まさか、そんな魚があるなんて……」
「ネッ! つまみ食いしたら許さないからな。今日、彼らが運命に勝てるか決まる大切な日なのだ」
『だからつまみ食いなんかしないのニャ!』
<レインボウ・マス>は、その名の通り虹色に輝くマス。
何もしなくても塩味がついているおいしいお魚。
だが、しかぁし! 食べたときの毒はきつい!
雨の如く降り注ぐ矢に刺されているような痛みに全身を襲われる。
お鍋に<ポイズンオリーブ>から抽出した油をたっぷりイン。
<レインボウ・マス>をその中にさらにイン。
点火。
「油に漬けて低温調理ぃ! 骨の芯まで柔らかくなるぞぉ!」
「いつの間にかオリーブオイルが……」
「仕方がない。私がネッ! を見張っておこう」
『見張る必要なんてないニャ! というより、ネッちゃんはネッちゃんニャ!』
<ポイズンオリーブ>はすり潰すと、普通の物より何倍も油が出てくるのだ。
毒消ししなかったら皮ふが溶け落ちるけど。
自然の息吹のような香りとほのかな苦み。
<レインボウ・マス>の塩味と相性抜群なんだよね、これが。
じっくり火が通るまでは、このままでオッケー。
「一番手は<デビルエッグ>の半熟卵ぉ! 熱湯の中に入れるよぉ! ヒビが入らないよう丁寧にぃ!」
「解説してくれるから、どう気をつければいいのかわかる……」
「これまたネコが好きそうな食材だ」
『ネコ妖精ニャ』
<デビルエッグ>はとても割れやすい。
おまけに強烈な毒を持つ。
食べたら三日三晩高熱にうなされるのだ。
デリケートな卵だけど、その味は超絶品。
食べたら衝撃で頭が吹っ飛ぶぞ。
「卵は火が通りきらないうちに取り出しぃ! 冷水に浸けるぅ! 余熱で火が通ったら固ゆでになっちゃうでしょぉ!」
「毎度のことですがワクワクしてきました」
「安心しろ、私もだ」
『ネッちゃんもニャよ』
<デビルエッグ>を冷水にポチャン。
茹でた後、すぐに冷やすことで半熟になる。
さすがにこれだけでは寂しいので、他の食材を追加。
「<フォアカブト>の花びらをぉ! 散らせぇ!」
「いつもより多めに散らしているー!」
「景気よくいけぇ、レベッカぁ!」
『足りなくなったら、いくらでも用意できるニャよ!』
お皿の上に花びらをセット。
卵のお花が咲いているようなイメージでね。
白と淡い紫の色合いが上品で美しい。
そっと<デビルエッグ>を乗せた後は、最後の仕上げ。
レベッカおすすめの<ウマウマダケモドキ>を削って振りかける。
このキノコは、しっかり乾燥させれば生でも食べられるのだ。
チーズ削り器を代用してパパッと卵にオン。
完成。
「では、運んできます」
「私も手伝うよ」
「ありがとう、ロールちゃん」
ロールちゃんと一緒に食堂へ運ぶ。
バンパイさんたちは談笑しながら待っていた。
急激にテンションが落ち着いてくる。
またやってしまった……。
お客さんがプロポーズを控えているというのに、私が大騒ぎしてどうする。
雰囲気が台無しになるでしょうが。
『相変わらず賑やかな厨房だな。元気なのはいいことだ』
「うふふ、レベッカさんて面白いお方なんですね」
「あ、いえ……すみません、ほんとに」
予想より遥かに温かく迎え入れてくれた。
バンパイさんたちの優しさが胸に沁みる。
私も料理で応えなければ!
「 “半熟<デビルエッグ>のフォアカブト添え”でございます。<ウマウマダケモドキ>のスライスもかかっておりますので、風味もお楽しみください」
「うわぁ……キレイなお料理……」
『本物の花を思わせる素晴らしいメニューだ。では、さっそくいただくとしよう』
「いただきます……」
二人は揃ってナイフで卵を切る。
とろりと黄身があふれでた。
歓声をあげるバンパイさんとフランソワーズさん。
『おぉっ、黄金のような煌めきだ。味もまた素晴らしいな。深みのある野生の風味が広がる』
「滑らかな食感は舌が絹で包まれているようです。このお花もひんやりした味わいがおいしいですわ」
満面の笑みを見て、ホッと一安心。
感想を聞くのもそこそこに、キッチンへと戻る。
「好感触だね、レベッカ」
「うん、喜んでくれてるみたいで良かった」
「ああ、尊い……なんて尊いんだ……うっうっ」
『ただ食べてるだけニャよ』
よし、この調子でどんどん料理を作りましょう。
もちろん、油断は禁物。
静かに調理しましょうね。
「次はスープを作りますよぉ! <海千山芋>と<ヘルキャロット>のポタージュだぁ! とろとろとろ、とろりんがる!」
「『とろりんがる(ニャ)!』」
<海千山芋>はすり潰すと、とろんとろんになる。
これで作ったスープはまさしく、とろりんがるなのだ。
食べたら毒で全身の血が凍りつくけど。
<ヘルキャロット>は普通のニンジンを、さらにどす黒い赤色にしたような物。
そのままでは、地獄の炎に焼かれるような激痛に内臓を壊される。
ところがどっこい。
毒消ししたら、天使のごとく甘い味となってしまうのだ。
すーりすりすり、すりすりすり、とすり潰して、水と一緒にお鍋に入れる。
沸騰したら完成コンプリート。
味見に震えているネッちゃんとキャンデさんを置いて、ロールちゃんと一緒に運ぶ。
「お待たせしました。“<海千山芋>と<ヘルキャロット>のポタージュ”でございます」
『ポタージュか。これもまたおいしそうだな……くぅ、なんというまろやかさ。天使の加護を受けているようだ』
「見た目も素敵ですわね。まるでお皿の中でガーベラが咲いているようですわ」
バンパイさんもフランソワーズさんも、ずいぶんと語彙が豊富だ。
言葉の節々から、とても思慮深い方々だとわかる。
キッチンに戻り、下準備。
さぁ、次は前半の要、魚料理だね。
いよいよ、大変に辛かった遠征でゲットした<レインボウ・マス>の出番だ。
もう加熱は終了しており、すでに冷やしているのであった。
「付け合わせの野菜は<痛トマト>、<ぽてっとジャガイモ>、<ズキズッキーニ>の三種盛りぃ!」
「なんて彩り豊かなのー!」
「赤、黄、緑が豪華絢爛だー!」
『目にも優しい色合いニャー!』
<痛トマト>は毒の刺激で痛っ! ってなっちゃう。
毒消しするとほどよい酸味となってくれるのだ。
<ぽてっとジャガイモ>は食べると、身体がぽてっと腐り落ちてしまう。
これも毒消しすればオッケー。
ふかすと普通の芋の三倍はホクホクになるね。
<ズキズッキーニ>は触るとズキズキした痛みに、二週間くらい襲われる。
毒消ししたので、これも問題なし。
運ぶ!
「“<レインボウ・マス>のコンフィ、季節の野菜添え”でございます」
『食べる前からおいしいのがわかるな。……やはり、想像の遥か上の結果を君の料理はもたらしてくれる。少し強めの塩味が、野菜たちと交響曲のようなハーモニーを奏でている』
「骨まで食べたくなるお魚料理は初めてです。食べる手が止まりませんわ。ああ、もう半分しか残ってないなんて……」
また好感触の感想をいただいた。
お客さんが喜ぶ顔を見ると私も嬉しい。
さあ、コース料理もいよいよ後半戦。
次はメインディッシュの調理だね!
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