『速度』ではない速さ
ハルギ峠を抜けた先、市街地の手前にある大樹の下には多くのギャラリーが集まっていた。
ここまでのバトルは遠見の魔法を使った中継で皆知っている。騎士のハングオンとスズキのドリフトは確実に新たな伝説としてハルギ峠と人々の記憶に刻まれていた。
そしてもう間も無く、伝説に結末が訪れようとしている。
大樹から見える位置にまでエブリイのヘッドライトが迫っているのだ。中継で魅せられたギャラリーたちは興奮を隠しきれずあたりは異様な熱気に包まれていた。
スズキは擦り切れそうな意識の中でステアリングを握る。
車のコンディションがひどいのだ。気をぬくと一瞬で滑りそうになるし、ブレーキも鈍くなってきている。ブレーキングひとつ、アクセルの踏み加減を1ミリでも間違えれば柵を突き破り谷底へ飛び込んでしまいかねない。ギリギリの状況がコースの随所で待ち構え、スズキの精神力を蝕んでいく。
だが、アクセルを踏む右足は一瞬たりとも緩めるわけにはいかない。
背後に迫る騎士は一瞬のミスですら許さず喰らい付き、たちまちにエブリイを打ち破るだろう。勝つためには今の差を守りつつノーミスで残り僅かなコースをクリアするしかないのだ。
綱渡りのようにシビアなコントロールは確実にスズキを追い込んでいた。
一方のエリルは満身創痍である。
前を走るエブリイは速く、コーナーごとにわずかずつ引き離されている。格上相手に戦うにはなりふり構ってはいられない。
だからハヤブサの性能に任せて急加速急減速を繰り返し、無謀とも思えるアタックを繰り返す。
ギリギリのインコースを攻めるあまり、道路脇の茂みを突っ切ることすらいとわない。白銀の鎧もせり出す木々に削れ、跳ね飛ばした小石が無数の傷を作る無残な捨てばち戦法だ。
すべては勝利のため、その先の栄光を掴むため。残り僅かなコースに全てをかけ全身全霊で限界に挑む。
ハヤブサが道の起伏に合わせて羽を展開し、両翼にかかるダウンフォースとともにダウンヒルを駆け下りながら身体の重心を右にズラす。
ほぼ同時に襲い来る横Gはズレた重心と拮抗し、残ったダウンフォースでグリップ力を高めた鉤爪は400m9秒台のハイパワーを遺憾無く路面に伝えた。
トップスピードを維持したコーナリングがおそるべく速さでエブリイに肉薄して行く。
だが前を行くエブリイもただ曲がるわけではない。
ストレートでの十分な加速から流れるようなシフトダウン、ブレーキ操作は次の右コーナーへの布石だ。
サイドを引かないステアリングとアクセル操作のみのドリフトがハルギの山に炸裂する。
ブレーキペダルからリリースした右足をアクセルに載せ替え、微妙なステアとアクセルワークが滑る車体をコントロールする。
後方に肉薄するハヤブサも次の瞬間にはエブリイの立ち上がりを重視した加速力に置き去られ、勝負は振り出しに戻る一進一退の状況だ。
このままではスズキ優勢かとギャラリーの誰もが予想し、スズキすらもそう考えていた時。
この状況を良しとしないエリルはハヤブサの力を最大限に発揮すべく自身ですら気付かない領域に足を踏みいれようとしていた。
戦場の平野とは違う路上を走る感覚が戦士の走りを洗練させる。峠独特のリズムが体に染み込み、ハヤブサ上のボディコントロールがキレを増す。
騎士の走りが変化しつつあることに気付く者は、ギャラリーはおろか競争するスズキでもなく当の本人ですらわからない。
知るのはただひとり、区間タイムのみ。
ギャラリーの一角から驚きの声が上がる。
ハヤブサのタイムがエブリイを上回ったのだ。その差コンマ2。少ないと思った人は全開走行中の車が0.5秒で14m以上進むという事を知ってほしい。
つまりエブリイとの差がそれだけ縮まったということなのだ。
目に見える変化にスズキが動揺する。
大きく曲がる左コーナーでエブリイはグリップ走行を選択。アンダーを殺し最小限の減速をしながらコーナー奥のクリッピングポイントへ一気に加速して行く。
一方ハヤブサはハングオフに入ったエリルがさらに重心を落とし、今までと違うさらなるオーバースピードでコーナーに突入していた。
ハヤブサの身体が左に倒れ込みエリルを下敷きにする。いや、下敷きにしかねない角度で、それでも前に走り続ける。
エリルはハヤブサの左にぶら下がるだけでなく、ハヤブサ自体の体勢を左に倒し込みコーナリング性能を高めているのだ。
これはハングオンだけで説明できる体勢ではない。ハングオンにさらなるライディングフォームを加えた、バイクコーナリングの極致とも言える技法。
俗称「ヒジスリ」だ。
ハングオンはバイク側面に重心を移し車体をある程度傾けて遠心力とグリップを拮抗させる。
遠心力は速度が上がるほど大きくなり、内側荷重と拮抗する限界点がハングオンの限界、最高速だ。
ならばそれ以上の速度を出すにはどうしたら良いのか。「ヒジスリ」はその答えの一つである。
常識的だった傾きを破綻寸前まで倒しこみ、
角度は地面をこするヒジで把握する。
倒れる前にアクセル全開で前へ、さらに前へ。
ハヤブサの頭がエブリイに並んだのはほんのわずかな間だけだったが、それはなにより圧倒的なプレッシャーだった。
ドリフト後の加速にうしろから追いついたのだ。スズキの速さにエリルが追いついたのである。もし同じタイミングでコーナーに突入していたら、それはエリルがエブリイを追い越したという結果をもたらしていたかもしれないのだ。
もともと騎士は天才的センスの持ち主だ。さらに鍛錬も積んでいる。才能と努力が高い次元で組み合わさった結果がこの速さ、しかも異世界最高速のハヤブサまでもが加わっているのである。たかがドリフトの一つ、しかもコンディション最悪の状態で易々と引き離せる相手ではない。
直後に エブリイが僅かにリードし両者は久しぶりのテールトゥノーズ、エブリイのバンパーとハヤブサの鼻っ面がこすりあう状態へ移行する。しかしこれはバトルが始まってすぐのあの状況ではない。お互いが持てるすべてのカードを切って生まれた、前を走るスズキが不利な状況だ。
この窮地を前にして、消耗していたスズキの精神はついに、
どうすることはかけらもなかった。
なぜならばスズキもまた実力を持つドライバーなのだ。
多くの商用車を操り何百何千と峠を攻めた経験は決して才能と努力に劣るものではない。現に660ccのエブリイがハヤブサの前を走る事実が、この勝負がもはや性能差や才能などといった言葉で語れない次元にあることをあらわしている。
ドライバーは、持てる全てをもって勝利へ突き進む。
二人はもつれあったまま最終局面に差しかかろうとしていた。ハルギ峠の最終ポイント、右に大きく曲がる高速コーナーからの40mストレートだ。
サイドミラー越しにハヤブサの位置を確認したスズキは、エブリイを中央よりのインに寄せタイヤの限界を探るようにアクセルを踏み、ステアリングを握る。
この高速コーナーではドリフトをしてもパワーロスが大きいだけだ。最速で駆け抜けるにはグリップを最大に使って走り抜けるしかない。
しかしグリップ走行はハヤブサの得意とするところ、「ヒジスリ」のトップスピードで追い上げてくるのは目に見えている。
だが大きく曲がる右コーナー、アウト側から抜くことは余程の速度差がなければそうそう出来ることではない。
だからハヤブサのインコースをエブリイで抑えつつグリップ最大でストレートに出る。立ち上がり加速度を維持してゴールまで1秒強で駆け抜けてフィニッシュを狙う。
一方、インから締め出されたエリルはスズキの作戦をすぐさま見抜いていた。
そして分かった上でアウト側へハヤブサを移動しハングオン体勢へ移行、勝負を右コーナーからのストレートに見定める。
ここまででハヤブサの直線の全開をスズキは知らない。
エブリイに離されずコーナーを駆ければ、ハヤブサの加速を活かす最後のチャンスは必ず来る。もちろんスズキも警戒しているだろう、だからこそハヤブサの前を押さえた中央よりのインを行くラインどりだ。加速するにはエブリイをかわす必要がある。それも絶妙の加速ポイント、コーナー出口直前の一瞬までにだ。
だからアウトコースをトップスピードで駆け抜ける。
コーナー出口が見えた瞬間に鉤爪の力で強引に方向転換し加速するのだ。コーナー出口でエブリイに並び、そのままの勢いで40mを1秒弱で走り抜けて勝つ。
ドリフトを強く意識した作戦であることは言うまでもない。先のコーナーで魅せたスズキのドライビングテクニックが、皮肉にもエリルを成長させているのだ。
そして、それはエリルだけではない。
二人のバトルは異世界中の走り屋に中継されている。
二人のバトルに異世界中が魅せられている。
インコースにエブリイ、後方のアウト寄りにハヤブサが走りながらついに右コーナーへ突入する。
グリップを効かせたままエブリイの車体が右に沈み込む。前輪にコーナリングフォースが発生し車体が右へ、後輪が前へ進む力をエブリイに与える。
続けてハヤブサがコーナーに進入、すかさずハングオンからさらに身体を倒し込み「ヒジスリ」体勢に移る。アウトコースを最速で駆けエブリイの隙を狙う。
攻防は一瞬、エブリイが有利かとギャラリーの誰もが思った時、異変がおきた。
エブリイがアウト側へジリジリと逸れ始めているのだ。
タイヤグリップの限界を見誤った、スズキ痛恨のアンダーステア!アクセルワークとハンドリングで修正を試みるが、その隙をハヤブサは逃さない。
僅かに開いたインに頭をねじ込むべく、「ヒジスリ」の限界点ギリギリの角度でアウトコースからエブリイの右へ一気に走り込む。
鉤爪が火花を散らし、いななくハヤブサ。
エブリイは道の中心からインに寄ることが出来ない。形勢逆転のチャンスにギャラリーが息を飲む中、ついにハヤブサが右倒しの体勢でインに着く。
エブリイはグリップの限界で速度を上げることが出来ない。
だがハヤブサは違う。陸上を最速で駆ける生物と才能ある騎士のテクニックがヒジスリで高速コーナーを攻めるのだ。
響く足音は速く、より疾く、心臓の鼓動とシンクロし一人と一匹は限界を超える!
そして鉤爪が折れた。
限界を超えた結末は、当然に破滅だった。
ハヤブサの身体が一気に浮き上がる。
力を失った鉤爪は遠心力にあっけなくすくい上げられ、身体は弧を描き、左を走るエブリイに向かってエリルが吸い込まれーーーーーーー
しかしそこにエブリイはいない。
アンダーステアで左に膨らんでいた。
アウトコースに必死に踏みとどまっていた。
その位置から動けないはずだった。
それが今、吹き飛ぶハヤブサの後方でインコースを走っている。
宙を舞うハヤブサを避けるようにインコースを走り抜けている。
まるでこうなることを予見していたかのように、ハヤブサを避けてインを攻めている!
宙を舞うエリルと運転席のスズキの眼が合った。驚愕の眼と反対の、全てを見透したかのような冷静な瞳。
勝敗は思わぬ形で訪れた。
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爪が折れた。負けだ。
速さで負けた。私の唯一の取り柄なのに負けてしまった。完敗だ。こんなミスして負けるなんて。どうしてこうなった。さっきまで私は勝っていた。インを走ってたのに、すべるなんてありえない。マシンの性能は私の方が上だった。格下の相手に負けるなんて、それもこんなに身を削ってまで負けるなんて!
あぁ、最悪だ。こんなに体中ヘトヘトで相棒もボロボロになるまで戦って負けたのだ。最悪だ、最悪なんだ。
傷ついた相棒が見える。折れた爪もひどいが引き倒して走ったせいで羽根がズタズタだ。鎧もあちこちがえぐれ鎖帷子がちぎれている。今からあの茂みに飛び込むのだから傷はさらにひどくなるだろう。今までで一番の重傷を負うかもしれないな。
思えばこの戦いは今までのどの戦場よりハードだった。アカナ山でもウネン谷でもここまでダメージを受けたことがあっただろうか。追い詰めたと思ったら追い詰められて。
速いヤツの背を追ってコーナーのたびに恐怖に立ち向かった。流れる路面がおろし金に、そそり立つ崖がギロチンのように牙を剥いていた。
襲い来る速さにハヤブサと全力で戦って乗り越えて、次はどうやって立ち向かうか考えながら必死に抗って…。
だけど、そろそろ抗うのは疲れてきた。考えるのはもうやめよう。
目が乾いてしょうがないし、背中がバキバキに痛い。折りたたんでいた足が悲鳴を上げている。指はコチコチに固まってて手綱が離せないほど。尻も痛いしまったく、コイツは速いけど乗りごごちはあんまりなんだよな。
最悪だ、でも悪くない。
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「領主様は惜しかったよな。あそこで滑らなきゃ絶対勝ってたぜ」
「まったくだ。だけど勝負は時の運って言うだろ」
「俺は納得いかないね。次にやったら絶対領主様の勝ちだよ。金貨1枚かけてもいいぜ」
街の酒場では昨日のバトルで興奮冷めやらぬギャラリーが集まり感想を言い合っていた。皆口々に二人のバトルを褒めてはいるが、大半はハヤブサの事故が無ければと納得のいかない様子だ。あの勝負は無効だと喚くものすらいる。
「でもスズキのやつ、ちゃんと領主様を助け出して病院に運んだんだろ。あいつも納得しちゃいないのさ」
「じゃああの番付はなんだ?ちゃっかり白星つけてさ、実力で勝った気になってやがるのが気に食わねえ」
番付とはアントンが発行している試合表だ。
アントンは今後の走り屋ブームのためにリーグ戦の用意をしているのだ。スズキとエリルの試合結果も事細かに記録され、映像とともに異世界中に無料配信されている。その映像と一緒についている記録が番付である。
「『エブリイ余裕の走りでハヤブサを撃破』だとぉ……ありゃあ実力じゃねえ!偶然だ!」
「それくらいにしとけよ」
「俺は納得いかねぇんだ!クソっ!俺が領主さまのカタキをとってやる!」
「はは、だめだこりゃ」
喚き続ける男は椅子に足をかけてガッツポーズをとり、周りの客が面白半分にもてはやす。別に大したこともない酔っ払いたちの会話だ。酒場のマスターもやれやれといった感じで気にもとめない。そう、普通は気にもとめないものだが。
「はぁ?アンタたちみたいな能無しが勝てるわけないじゃない」
酒場中の目線が一気に彼女に集まった。
その者、眉目秀麗につき女性らしさがほとんどない。カウンターに座り組んでいる足の肉付きが女性らしさのカケラを感じさせるものの、ほかの部分は野性味と雄々しさを感じさせる出で立ちだ。むしろその横でおろおろしている男の子の方がよほど女性らしい。
「し、師匠〜…やめましょうよ」
「アンタたち、ハヤブサの爪が折れたのを偶然だってホントーにそう思ってんの?だったら能無しで底なしのバカよ」
弟子の言うことを全く気にも留めない師匠。しかもズケズケとした物言いにその場の全員が引く。怒るとかではなく、引いた。
だって、いきなり誰に向かって啖呵切ってるのこの人。
「あー、お嬢ちゃん。ここは食事と会話を楽しむ大人の酒場だよ。本気で二人のバトルをけなす人なんていないさ」
あまりの引きっぷりに思わずマスターが口を挟む。周りの客もうんうんと頷き、師匠はきょろきょろとした後耳まで真っ赤になってうずくまった。
「師匠?大丈夫ですから!みんな許してくれますから!」
「そうだぜ嬢ちゃん、俺も口が悪かったって反省してるぜ!」
「よかったらこっちきて飲もう、な?」
「優しくすんなぁ!」
それからマスターが梅酒を持ってきて、弟子が焼き鳥を串から外してあげ、酔っ払い客がこの店自慢の魚料理を奢ってから師匠がひとしきり恥ずかしがって謝った後。
「それでさっきの話はどーいうことなんだよ」
「なによ。もう謝ったじゃない」
「ちげーよ」
「師匠、偶然爪が折れたって話ですよ」
ああ、と思い出したように手を叩く師匠。
「俺たちはあのアクシデントが無ければ領主様の勝ちだったんじゃないかと思ってるんだ。俺はそれでまあ…引き分けってのが妥当だと思うからああ言ってたわけだ」
「もう最初から間違いよ。あれはアクシデントじゃないわ」
「じゃあスズキさんがハヤブサの爪を折ったってことですか?」
「それも違う。爪が折れなかったにしても領主様は滑って同じ結果になっていたわ。私が言いたいのは、スズキはそういう状況を作ったってことよ。領主様は罠にかかったの」
あっけにとられる一同をよそに師匠はテーブルを広げ、指をグラスで濡らして最終コーナーを描き始める。
「あの時スズキはインから離れ始めた。そこにアウトコースを走っていた領主様が一気にインコースへ走り込む」
「逃せるわけがねぇ、絶好のチャンスだ」
「そうね。多少の無理をしてでも走り込みたいってそう思ったはずよ。でもね」
師匠の指がコーナーの中間で止まる。
「スズキはインからハヤブサが通れる僅かな隙間分だけ空けた、この位置で留まったのよ」
師匠は全員の顔を見渡す。酔っ払いも弟子もマスターも、みんなキョトンとしてその先を促すように目配せする。その様子に少しがっかりしたような、でもちょっと嬉しそうな表情で説明を続ける師匠。
「スズキとハヤブサの位置関係を見てみなさいな。アウトからスズキの僅かに開けたインに向けて走り込むってことは、今まで緩やかで出口も広かった高速コーナーが突然、急角度で出口の狭いテクニカルコーナーになるってことよ」
ハヤブサの辿ったコースを指でなぞる。アウト側を緩やかに進むハヤブサは急角度でくの字に曲がり、あるポイントで指が止まる。
「ここよ。このコーナーの頂点であり、領主様が滑った場所。そしてこの時、一瞬にしてスズキは車を引いて吹き飛んだ領主様を避けた」
指を一気に左に弾く。飛び散った水滴はグラスにあたり弾け散った。
「おそらく領主様は最終コーナー後のストレートのために相当スピードを出していたはずよ。そしてスズキをかわす隙をうかがっていた。
そんな領主様にインを空けて見せれば僅かでも突っ込んでくるとスズキはわかっていた。そうじゃなきゃ避けれるはずないわ」
「そうか…あえてインを空けることで領主様が無茶な走りをするよう誘導したってことか」
「もし無事に走り切ろうとするなら減速するしかない。その時は普通に走れば領主様に抜かれることは無いってことですね」
「その先はどうかしら。案外、減速なしに走り切ったら勝ちを譲る気だったのかもしれないわよ。いずれにせよあれはアクシデントじゃない。バトル中盤から度々見せたブラフが身を結んだ、スズキの戦略勝ちよ」
一同がテーブルから顔を上げ師匠を見つめる。指を拭いて梅酒のグラスを持ち上げた師匠は全員から見つめられていることに気がついて顔を赤らめた。
「何よ。エムダまで見つめちゃって照れるじゃない」
「師匠が走り屋に詳しいなんて知らなかったので…」
グラスに口をつけてそっぽを向く師匠。そのまま中身を空にして席を立ち上がる。
「そろそろ行くわよ。あんまり遅くまで出歩くもんじゃないわ」
「はいっ、お会計お願いしますっ」
エムダが財布を取り出す間に出口へ歩き出していく。酔っ払いはおもわずその後ろ姿に声をかけた。
「嬢ちゃんはどっかで走ってるのか?」
「やめてよ。車はあるけど走り屋なんて柄じゃないわ」
「じゃあ最後に教えてくれよ。名前と…なんでそんなに詳しいんだ?」
出口に立ち、走ってきた弟子と手を繋いで振り返る。
「私は回復術師のシボネ。詳しいのはその、次の対戦相手だから」
次の人は何に乗るのか予想してみよう
ヒントは十二分に出ちゃってるぞ!
〜あいまいモコなヨーゴ解説〜
『ヒジスリ』
先輩と一緒に見たDVDで大笑いした記憶がある。一般人には無用の技術。
一般道ならなおさら、そのまま倒れちゃうわ