高鳴る鼓動を抑えて
太一は忍と一緒に何処かから落ちていた。よく見ると、空は朝焼けと夕焼けが混じった色をしていて、様々な色の光が降りそそいでいる。
「ここは…、冥界?!」
「でも、なんでこんな所に…?!」
下を見ると、鳥の姿をした怪が、地上に居る死神達を襲っている。死神は攻撃しているようだが、全く効いていなかった。
「太一!俺の手を…!」
忍は太一に向かって手を伸ばしたが、落ちながらなので、届かない。
「忍!」
「鬼の子め!やっと見つけた!」
二人の横を黒い羽根がついた鬼が横切り、忍の腕を掴み、鳥の羽で覆ってしまった。
「あっ!」
「俺の名は濡烏、鬼の子は俺がもらう、序に怪鳥ども、冥界を荒らせ!」
「忍!」
太一は忍を助けようとしたが、忍から遠ざかっていくばかりだ。
濡烏は怪鳥を操ると、死神達を一気に倒し、太一に向かってくる。
「お前に鬼の子は手渡させないよ」
濡烏は細剣を取り出すと、太一に斬りかかった。
「あっ!」
「危ない!」
その時、鷹の羽が付いた少年が現れ、太一を抱えた。
「くっ…、無茶するな!」
「でも、忍が!」
「余所見するな!」
濡烏は少年の背後につき、背中を刺した。
「うっ!」
「俺は冥府神霊のヘクト、こんな事でやられたりしない」
ヘクトは強風を起こして濡烏を吹き飛ばした。
「太一!」
「早く、忍を…!」
太一はヘクトを押し切って忍を助けようとした。
「馬鹿、無茶するな!」
「でも!」
太一はヘクトを振り払い、忍の方に向かって行った。
「あいつ…、生身の人間のはずなのに」
だが、翼がない太一は飛べる訳もなく、ただ真っ逆さまに落ちていき、忍から離れる一方だった。
「うっ…!」
「太一、どうして…」
「さぁ、行こうか、鬼の子よ」
濡烏は、黒い羽で覆われた忍に声を掛けた。
「嫌だ!」
「なら…、こうするしかないな」
濡烏は細剣をその中に突き刺した。
「『黒羽斬』!」
「あっ!」
忍の周囲の羽は消え、真っ逆さまには落ちていく。よく見ると、濡烏に突かれた場所には黒い痣が出来、身体中に広がっていた。
「忍!」
太一は忍を受け止め、一緒に落ちていった。
「太一、またどうして俺の事を…」
「どうしてって、忍を助けるって約束したからだよ」
「二人まとめて消えろ!」
濡烏は横から剣で襲ってくる。
「『鳥葬斬』!」
太一は鎌を取り出して鳥を呼び出し、それを振り払った。
「くっ…!『烏の嵐』!」
「『土葬斬』!」
何処かからずっと落ちてるはずなのに、中々地面に落ちなかった。
「太一…」
「僕は何があっても、忍の事を守るからね」
「あっ…!」
太一が笑うと、ポケットの中に入っていた魔水晶が光り、二人を包んで空中に静止させた。
「何故お前らがそれを持っている?!」
濡烏は、今度は魔水晶を狙ってくる。
「忍を救えるのならば、僕の身体なんてどうなってしまっても構わない!」
太一は魔水晶を握り締めた。
「魔水晶…、この思いに答えて…、『神化』!」
太一は忍から手を離してそう叫ぶと、魔水晶から現れた鬼の影に食われた。そして、太一の姿が消えたと思うと、影から一筋の光が刺し、影が一気に解き放たれると、太一の姿が変わっていた。着物を模した黒い服に灰色のズボン、左手の爪は黒くなり、腕や顔には鬼の紋様が浮かび上がっていた。耳は尖り、頭には角も生えている。
「冥府神鬼•太一、ここに推参!」
「まさか、鬼の力を…」
濡烏は一瞬慌てたが、再び忍を狙ってきた。
「凄い、何もなくても空飛べるなんて…」
「調子に乗るな!」
太一は忍を拾い上げると、鎌を振り上げ、濡烏の攻撃を防いだ。
「よしと…、『鬼火葬』!」
太一は黄色い炎を繰り出すと、濡烏の羽を焼いた。
「くっ…、まぁ、すぐに生えるんだがな」
濡烏の羽根は焼いてもまたすぐに生え、燃えた羽から怪鳥が生まれた。
「太一!早く濡烏を!」
「分かってる!」
太一は黒い爪で濡烏を掻くと、もう一度羽根を焼いた。
「それぐらい獄炎に比べたら何ともないよ」
濡烏の羽根はまたすぐに生え、それで起こした爆風で忍を突き落としてしまった。
「あっ…!」
「忍!」
太一は忍の方に向かおうとして左下へ降りようとすると、左腕に黒い数珠が巻かれてある事に気づいた。
「これは…、封印?」
太一が右手で数珠を外すと、左腕の封印が解け、全体が黒く、赤い紋様が付いた鬼のものになった。
「まさか、自らを鬼に…」
「行こう、これが僕の進むべき道ならば、冥府神鎌•『鬼爪』、僕に応えて!」
太一は目を黄色く光らせ、両手で鎌を持つと、濡烏の方に向かって行った。
「『秘技•解神封鬼炎』!!」
「あっ…!」
太一が繰り出した二つの炎を纏った斬撃は、見事に濡烏に当たり、濡烏は燃えながら落ちていった。
「忍!」
太一は忍を拾い上げ、胸で抱えた。忍の身体はすっかり黒くなり、弱っていた。
「太一…、俺はもうだめかもしれない…」
「そんな…、僕は、忍を助けられなかった…」
俯く太一に向かって忍は、寂しそうな笑顔を見せた。
「そんな事ない、お前は十分俺を救ってくれたさ」
「えっ…」
「お前は立派な死神に成れるな、だって、俺というこんな厄介な奴を救ったんだからな…」
忍の身体は少しずつ薄れ、消えていく。
「そんな…、僕は、死神でもないのに…」
「ありがとう…」
太一の胸の中で、忍の姿が消えていった。そして、神化が解けた太一はその場で力尽き、意識を失ってそのまま落ちていった。
一方、怪鳥達は未だに地上を暴れ、それを止めようとした死神達を次々に倒していった。
「『三途の荒波』!」
三途の川の船頭達は見事なまでに倒され、残ったのはシオナとラメルだけだった。
「船頭達は基本的に戦闘力無いから!」
「なんとかして止めないと!」
だが、怪鳥達は中々倒す事が出来ず、猛威を振るっている。それをどうしようも出来ず、立ち止まっている二人の前に、炎の斬撃が繰り出された。
「あっ!」
「二人とも、大丈夫か?!」
目の前には智が現れ、怪鳥を次々に倒していった。
「流石、智さんだ…」
「うん…」
だが、怪鳥達は、羽から次々と生み出され、濡烏が倒されても消えなかった。
「くっ…、どうすれば!」
「智さん!」
すると、怪鳥の中から、蛾、蝿、蜂、それからクラゲや鷹の怪が現れ、怪鳥達を次々に倒していった。
「ここは俺達が食い止めます!」
だが、怪鳥達は倒されても倒されても、どんどん現れ、冥界の森を次々に荒らした。その中に混じって、太一が空から落ちて来る。
「…全く、性懲りもない奴らだよ」
そんな声がしたと思うと、太一は何者かに抱え上げられていた。そして、今までのものとは桁違いの炎が噴き上がり、怪鳥は一瞬で消えてしまった。
「まさか…、昴様?!」
その人物は昴だった。昴は目を黄金に輝かせ、太一を抱えながら一同の前に立った。
「無茶するなって言ったろ、テラ、メガ、ヨクト、ゼプト、それからヘクト」
「すいません…」
冥府神霊達は人間の姿に変わると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まぁ…、無茶をするのはこいつもそうだったな」
昴は、意識を失った太一の頬に触れた。
「でも…、どうして駆けつけるのが遅かったのですか?」
「それは…、ちょっと野暮用があってな」
「まさか…」
何かを察した智は、昴を睨んだ。
「祖父さん、少しは分かれよ、これは…、必要な事なんだからな」
昴はそう言うと、冥府神霊達と一緒に王宮へ戻って行った。