迷コンビの二人
忍は太一の家に何の悪気もなく入り込むと、そのまま一緒に部屋に向かった。
「なぁ、お前の家には霊感ある人は居ないのか?」
「昔は居たらしいけど…、今は居ないや」
「ふ〜ん、そっか」
忍はまた太一に近寄って来た。
「なぁ、何でお前は死神みたいな真似するんだよ?別に俺は勝手に現世に居座ってるだけじゃないの」
「僕その死神が分からないんだけど…」
「まっ、関係のない話だよ」
忍は部屋の隅に行き、そのまま眠った。
「どういう事だよ…」
太一は諦めると、ベッドで眠ってしまった。
翌朝、太一は忍と一緒に学校に向かった。
「太一、おはよう」
「おはよう、駆君、早苗ちゃん」
駆と早苗は、忍の存在には気づいてないらしく、いつも通りに話し掛けてきた。
「ねぇ、僕の周囲寒かったりしない?」
「え?なんの事?いつも通りの太一君だよ?」
早苗は首を振って、何ともないように接した。
「なぁ、この前話した霊の話どうなったんだよ?」
「あぁ…、実は…」
太一は忍の話をすべきか迷った。普段霊を殺し続けている太一に、霊が憑いてると知ったら、二人がどうするか分からない。
「いや…、まぁ、色々あってね…」
「ふ〜ん、そっか」
駆は一息吐くと太一の横をチラッと見て、自分の席に戻った。早苗もそれを見て自分の席に戻っていく。
「本当の事言わないのかよ」
二人が立ち去った後、忍がそう耳打ってきた。
「言える訳ないよ…」
「まぁ、死神でもないお前が霊を殺せるのは些か疑問が残るけどな」
「だからその死神が分からないって…」
忍は愉快犯のように笑うと、太一の前に立った。
「太一は普段から霊を殺して回ってるのか?」
「まぁ…、そうだけど…」
「ならな、赤城谷に古い商店街があってな、そこの悪霊を倒せないか?」
太一は首を傾げた。
「なんでそんな事を忍から頼まれるの?」
「俺の未練を叶えてくれるんだろ?」
「しょうがないなぁ…」
登校したばかりの時は晴れていた空が、だんだん曇っていく。太一は溜息をつくと、忍の方を見た。
放課後、太一と忍は、赤城谷の古い商店街に向かった。そこはシャッター街で、人気は無い。壁も屋根も汚れていて、手もつけられていない様子だった。
「なぁ、ここに霊居るってよ」
「一体何処に…、っていうか、どうして霊の君が僕に霊を殺すお願いなんかするんだよ…」
「まぁ、どうだっていいさ」
忍が腕を頭に置いたその時、シャッターの隙間から霊が現れた。
「ほら、現れたぜ」
霊は太一と忍を交互に見ると、どういう訳か忍の方を襲ってきた。
「あっ!」
「危ない!」
太一はとっさに携帯電話のカメラを霊に向け、シャッターを押した。ところが、画面の中に霊は中々入ってくれず、手こずる一方だった。
「すばしっこいなぁ…、この霊…」
「俺を襲ってきた…、まさかあいつ、霊じゃないのか?!」
「どういう事?!」
霊は分裂して建物の影に隠れると、急に現れ、二人を取り囲んだ。
「しつこいんだよ…、お前らは」
「えっ?!」
太一は何も見ずにシャッターを押すと、分裂したうちの一匹が写っていた。
「これ全部写すのか…、難しいな」
太一は、忍に降りかかる霊を払いのけると、目線を合わさずに次々とシャッターを押した。だが、霊はどんどん分裂し、忍を襲う。
「こんなのきりがないよ!」
「お前、霊を一掃できるんじゃなかったのか?!」
「こんな大群初めてだから!」
空は一気に冷たくなり、この季節なのに鳥肌が立っていた。
「忍に一斉に襲ったのを見て一気に撮れば!」
「駄目だ、一匹でも残れば結果は同じだ!」
「それじゃあ…、どうすれば…」
その時、錆びて折れた看板が、忍の方に倒れてきた。
「危ない!」
太一はとっさに忍を庇い、手を引こうとしたが、すり抜けてしまった。
「霊を庇う為に命をかけるのか」
「僕がやらなきゃいけないから!」
太一の身体にはさっきの衝撃で痣ができ、見ただけでも痛々しかった。それでも忍に向かって笑い、霊に立ち向かっていく。
「そこまでして、どうして…」
「行こう、それが僕の進むべき道であるなら」
太一は走り回って霊の気を引き、一つの場所に集めた。そして、融合した霊を見てその場を離れ、シャッターを押す。すると、巨大は霊体はシャボン玉のように弾けた。
「やった!」
「お前本当にやったのかよ…」
だが、そう喜んだのもつかの間、残った霊に掴まれ、太一は転んでしまった。
「あっ!」
そして霊が太一に乗り移ろうとしたその時、背後で誰かがそれを弾いた。
「えっ?」
太一が振り向くと、霊はいつの間にか消えていて、見知らぬ人が立っていた。
「あなたは…」
「この姿で会うのは初めてだな、太一」
その人物は男性で、白い毛の襟が付いた黒い上衣に、緑色の炎が描かれた着物のような服、頭の飾りには緑色の炎を纏った黄色い目が三つあり、手には鎌を持っていた。
「どうして僕の名前を…」
「ひょっとして、死神か?」
「俺は風見朝日、太一、幼稚園に会った以来だな、覚えてるか?」
太一は首を傾げ、横に振った。
「いえ、全然…」
それから朝日は忍の方を見た。
「お前、一回暴走してたな?俺が止めたのに覚えてないのか」
「あの時の死神はお前だったのかよ…」
忍は嫌そうに朝日の方を見ると、太一の背中にくっついた。
「僕、死神の知り合いなんて居るわけないのですが…、にしても偶然ですね、名字が同じって」
「何、偶然じゃないさ、俺はお前と同じ家の出身だからよ」
「そうなんですか…?」
「ああ、そうさ」
「信じられない…」
太一は誰にも聞こえない声でそう呟いて横を見ると、そこには朝日よりも身長が小さい青年が、金銀銅のバッジが着いた苔色のテンガロンハットに、藍鉄色のシャツ、手にはラッパのような先端でありながら、持ち手がついている謎の物を持っていた。
「唐突に現れるな、晃」
「いいじゃんいいじゃん、ちょうど出食わしたんだし…」
「朝日さん、知り合いですか?」
「あぁ…、こいつは塚本晃、俺の友達と言っていいのか言ったら駄目なのかよく分からん」
「何持ってるんですか?」
晃は手に持ってる物を振り回して見せた。
「さっきまで一発芸大会に行っててね〜、その帰りってとこ、これはラッバトンっていう楽器だよ」
「ラッパとバトンが合わさったもの、ですか…」
「なんでこんなものを作ろうと思ったんだ…?」
朝日は忍の方を見た。
「あいつは晃だ、寝ても覚めても煮ても焼いてもあいつは晃だ、それ以外にあいつに言える事なんてあるかよ」
晃は何の断りもなくラッバトンに口をつけると吹き始めた。金管楽器のようだが、伸びのある何とも言えない音色で、驚く事も感動することも無く、ただただ呆然と三人は聞いていた。
「どう?」
晃は誰の表情も伺わず自信満々にそう言った。
「いや、何というか、その…」
「これを一発芸大会で披露したんだ」
「そ、そうなんですか…」
晃は子供みたいに笑うと、鼻歌を歌いながら何事もなかったようにその場を去ってしまった。
「何だったんだ…?」
「あいつは晃だ、それ以上考えたら駄目だ」
「そういうものなんですかね…?」
二人は呆然として何も考える事が出来なかった。
その後、朝日と別れた二人は赤城谷から離れ、青波台に戻って来た。
「災難だったけど何とかなって良かったよ」
「あの死神が来なきゃどうなってたか分からないけどな」
「ねぇ、」
前を向いて歩いていた太一は突然忍の方を向いた。
「なんで忍は死神の事を悪く言ってるの?別に朝日さんは悪くないでしょ?」
「まぁな…、さっきの人はそうでもないけど俺の事を無理矢理冥界に引きずりもうとする奴も居るからな…」
「忍の力が暴走したってどういう事?」
「それは分からねぇな、ただ…、俺はどういう訳か冥界ではお尋ね者と言われてるけどな…」
忍はまた嫌そうな顔をすると太一から離れて歩きだした。
「どうしてなんだろ…」
日はすっかり傾き、太一の影は伸びていた。忍の方は身体が透けているせいか夕暮れの空にすっかり混じり、太一でもよく目を凝らさないと分からなかった。
太一は忍は他の霊とは違う存在のような気がしてきた。今まで霊を撮って殺し続けていたが、霊の話を聞く事は一度もなかった。ただ、存在しているものを躊躇もなく殺しているだけだった。ところが、生きてるものがそれぞれ想いを抱くように、かつて生きていたもの達も想いを抱いて存在しているのだ。それらを何も言わずに殺すのは、それらの想いをないがしろにしている。
「どうして忍は僕に…」
太一がベッドから天井を見上げると、忍が安心したように眠っていた。
「霊って普通に寝るんだね」
太一はそう呟いて眠ってしまった。