誰の為の誇りか
太一は、意識が朦朧とする中で何度も夢を見た。忍を助けた時のように水の中に居る。
(あれ…、なんで僕、忍を助けようと思ったんだっけ…?)
人間は、死ぬ間際に過去の記憶が走馬灯のように駆け巡ると言う事を聞いたことがある。だが、今の太一の頭の中では、ゆっくりと流れる川のように、忍との思い出が思い出しては、消えていった。
(僕は…、忍の為なら命を賭けてもいいと思った…)
だが、その想いを阻むように駆と早苗の思い出が頭の中に流れてくる。
(二人とも、何も言わずに消えてごめん…、僕は…、僕は…)
太一の目から涙が流れたが、水中であるせいか、それは分からなかった。そして、太一の身体は軽くなり、浮き上がっていく。
(身体が軽い…?僕は…)
太一はあの時と同じように水面へと上がっていく。
(死んだ…?)
太一の意識はまた途切れてしまった。
再び目覚めた太一は、見知らぬ場所で、天蓋付のベッドで寝かされていた。
「あっ…!」
太一は慌てて飛び起きると、辺りを見回した、至る所に水晶の装飾が飾られ、中国王室を思わせるような造りになっている。
「ようやく目覚めたか、太一」
ベッドの横には昴が居る。
「あっ…、昴さん…」
太一は震える声でこう聞いた。
「あの…、僕、死んでますか?身体が透けたりしてませんよね…?」
「生きてるも死んでるも何も、ここは冥界だ。それに、お前はちゃんと生きている」
「良かった…」
太一はほっとして、胸を撫で下ろした。
「ちなみに、ここは俺の王宮さ。お前を抱えてここまで来たんだよ」
「そんな…、僕はてっきり死んだと思ったのに…」
すると、昴は太一の肩を叩いた。
「そんな事言うなよ、お前を待ってくれる人だって居るんだ」
「太一!」
聞き覚えのある声がしたと思うと、駆と早苗が太一の元へやって来た。
「無事だったんだ…」
「太一、なんでこんな無茶して…」
「ごめん…」
駆は太一の前に出ると、こんな事を明かした。
「実は…、俺、少しだけだけど霊が視えるんだ。そして、太一が霊を助けようとしている事を知ってたんだ」
「えっ…?」
太一は、自分と忍の事は二人は何も知らないと思っていたが、それを知っていた事に驚いた。
「昴さんから聞いたよ、まさか…、ここまでだったとは思わなかったけどな」
太一は昴の方を向いた。
「というか、どうして二人が…?!」
「まぁ、連れ去られたというか何というか…」
駆はそう言って頭を掻いた。
「太一!」
扉が開いて中から、大勢の人が現れた。さっきまで戦っていた冥府神霊と、ラメルやシオナや智、それから白と桃色の衣と花飾りを付けた杏と、朝日も顔を見せた。
「ラメルさん?!王宮に入って良かったのですか?!」
「あぁ…、昴様の許可を取ったからね」
昴は、まさか妻子まで来てるとは思わず、ため息をついて椅子に手をかけた。
「後…、杏、朝日、来るなら連絡しろよ…、何で客が居る時に押しかけて来るんだ…」
「昴、ごめん…、でも、太一君とまた出会えて良かった」
太一は杏の方を見た。
「あっ、そういえば…、昴さんの奥さんでしたね」
「それと…、来るなら孫の顔くらい見せれば良いのにな、後、陽和はどうしたんだ?」
「今頃爆弾のような二人の世話してる所だよ、まぁ…、またいつか顔を見せるよ」
「そうか…、まぁ、今は太一の事なんだがな」
「えっ…?」
太一は布団から出ると、昴の話に耳を傾けた。
「太一、本当ならお前は死んでもおかしくない状況だった。生身の状態で神界や鬼界に行くと言う事は禁じられているとともに、危険な行為でもあるんだ。それを、お前は何も顧みずに、自分の為でなく霊を救う為にやってしまったのさ」
「それなら、どうして僕は…」
「まぁ…、それでも死ななかったって事はつまり…」
昴はそう言って太一の肩を叩いた。
「お前は人間じゃなくなったって事だよ」
「えっ…?!」
太一の顔は真っ白になった。昴から離れようと後ずさりした所に大きな花瓶があり、太一はそれを倒して割ってしまった。
「あっ…、ごめんなさい」
「まぁ、驚くのも無理ないよな」
昴は、テラとメガに花瓶を片付かせ、床を拭かせた。
「でも…、あの時昴さんは、このままじゃ僕は死ぬっておっしゃってましたよね?それが理由なんですか?」
「いや…、それはちょっと違うんだよ。太一、お前の能力は取り憑いたものに干渉する力だったよな?」
「そう、ですね…」
「ものに取り憑くのはなにも霊だけじゃない、怪や妖、神なんかもその中に入る。つまりお前の能力っていうのは神力…、神に干渉する事の出来る強大な力なんだよ。ただ、人間の身体じゃあ、いずれその力に耐えられず、自らの能力で自らの魂を滅ぼしてしまうんだ。」
「そうだったのですか…」
「太一、お前さっき神化してただろ?神化っていうのは自らを神格化させて、種族を超えた力を手にするという事なんだ。」
太一はあの時の事を思い出した。
「あの時は…、何としてでもやらなきゃ、忍を助けなきゃって考えてて…。そういえば、僕とは思えない力が湧き出てたような…」
「それなんだよ、まぁ…、お前を神界に呼んで死ななかった地点で何かは察したが…、まさか本当にやってしまうとは、俺も思ってなかったよ」
「あの…、今の僕は人間じゃないって…、僕は一体何ですか?」
太一は自分の身体を見渡したが、今までと特に変わった事はない。それを見て昴は何故か笑っていた。
「死神だよ、お前は心身ともに死神の力を手にしたんだ。後、刈安の力も吸収したから鬼の力もな。死神はかつて神力を持つ人間だった、それが神化して神になり、またその子孫も同じ力も持ってるんだよ。ただ…、それは穏やかな変化だ、それに比べてお前は突発的にそうなってしまった。」
「僕が、死神に…」
太一は胸を抑え、目を閉じた。
「そういえば、あの時忍は…、お前は立派な死神になれるなって…」
「ひょっとしたら…、その時にはもうなっていたのかもしれないな。まぁ…、いきなり神化して、新しい身体にまだ慣れてないから、さっきまで倒れてたんだろうけどよ」
「あの…、死神って…、人間と違うんですか?でも、人間と同じようにものは食べてますし…、普通に生活は出来ますよね…?」
「まぁな、基本的には今までと同じだよ。強いて言うなら…、人間の時よりも身体能力が向上して身体が軽くなったような気がしたり、後は寿命はかなり伸びるな。しかも太一は水晶の力で神化する事が出来る数少ない存在だ、普通の死神よりも生きるだろうよ。」
「ひょっとして、昴さんが年とってないように見えるのもそうなんですか?」
「ちょっと違うな、俺は死なない…、と言うか、死ねない」
そういう昴の目は何処か寂しそうに見えた。それを見た太一は戸惑い、これから死神として生きれるのか、不安になり、自信をなくしてしまった。
「もっと自分自身に誇りを持てよ、何も恐れる事はない」
太一は、昴が自分に向かって再び笑ってくれた事で、少し安心した。
「まぁ…、太一君が無事で良かった」
早苗はそう言って笑った。
「これで太一はようやく現世に帰れるな?」
「あれ?いつから帰ってなかったっけ?そういえば向こうでは何日経ったんだろう…」
「言って四日間くらいだよ、それに、ご両親には昴さんがちゃんと伝えてるらしい」
「あっ、ありがとうございます…」
太一は昴に向かって深々とお辞儀をした。
「何、なんてことないよ、それじゃあな、太一」
昴は、三人と、杏と朝日を冥界の門まで連れて行くと、鍵を開けた。
「これから、やっていけるか?」
「えっ…?」
「お前はお前だ、それだけは何も変わらない。それに、お前は一人じゃない」
冥界の門が重々しく開いていく。
「何かあっても、一人で抱えるんじゃないぞ?友達は大切にしろ。まぁ…、俺の事を頼ってもいいんだぜ?」
昴は、相変わらず笑っていた。
「それじゃあ…、いつかまたお願いします」
太一は、駆と早苗に背中を支えられながら、門をくぐって行った。
門から出ると、五人はいつもの青波台に出た。空はすっかり赤色に染まり、海に太陽が沈んでいく。
「やっぱり、太一は凄いよな?」
駆が太一の顔の前で笑った。
「えっ…?」
「自分で決めた事を本当にやっけのけてしまうだなんてな」
「そう、かな…?」
太一はそう言って頭を掻いた。
「うん、絶対凄いと思うよ!」
「あ、ありがとう…」
太一はある事を思い出し、手を叩いた。
「あっ、そういえば…、僕の壊れたカメラは?!」
冥界に行った時はカメラがあったが、鬼界や神界に行ってる最中にいつの間にか落としてしまったようだった。
「本当だ…」
「僕の大切なカメラが…」
太一は忍が居なくなった時のように、落ち込んでしまった。
「どうしよう…」
「参ったな…、俺だってカメラ持ってないぞ?」
朝日がそう言って腕を組んだ。
「あの…、俺のじゃないんだけどさ、叔父さんの古いカメラ譲ろうか?」
駆がわざと太一から目を逸して頭を掻いた。
「本当に?!ありがとう!」
太一が目を輝かせて、駆にぐっと近寄る。それに慌てた駆は手を前に出して、太一から離れようとした。
「あっ、別に決まった訳じゃ…」
「僕の為に…、ありがとう」
「太一…」
三人は仲良くそれぞれの家に向かって歩いて行く。その背中を杏と朝日は見守っていた。そして、朝日が家に着くと、三人に声を掛けた。
「また会おうな。そうだ、今度照彦の遊び相手になってもらいたいんだ。照彦や真由にも従兄弟の顔を見せたいからな」
「息子さんがいらっしゃるんですか?」
「まぁな、真由の方は姪っ子なんだがな、この町に住んでるんだよ」
「是非ともお会いしたいです!」
「そうだな、またいつかな」
朝日と杏は、家に帰ってしまった。
それから、太一は二人と帰りながら、この二日間にあった事の話をした。誰も予想だにしない数々の出来事だった。太一は、忍を助けた事に後悔はしていない。それどころか、今まで霊を殺し続けていた自分にも、誰かを守り、救う事が出来ると知って嬉しかったのだ。そして、これからも太一は、自分の力を誰かの為に使い続けるのだろう。




