第六話『銃声』
船内から船上に上がると、少しだけ血の臭いよりも海の臭いが近く感じられた。
思えば、サイレンが鳴っている様子も無い。つまりこの船で閉じた扉はもう無いという解釈でいいのだろうか。
「そういえば、俺の部屋は変異個体に無理やりこじ開けられたんだけど、二人はどうだった?」
「イサナはなんか、テレビでわけわかんない事言ってたからとりあえず指噛んでみてドアふっ飛ばした」
その訳わかんないことを知りたくて俺は必死に怒りを耐えてたのだが、結局は自分の能力に気付けたもの勝ちで、上手く使えたもの勝ちだったのだろう。
「私は、待っていたらそのうちに自動でロックが外れる音がしたので……引きこもっているわけにもな、って思って」
花渡の性格を考えると、引きこもっていてもおかしくないと思ったが、彼女は閉じ込められているよりも、外を見る事を選んだようだ。出会った時の印象に引っ張られ続けているが、思ったよりも芯は強いのかもしれない。
「イサナはまぁ、おいておくとして、俺は変異個体に邪魔されて殆どテレビの説明聞けなかったんだよな。何か重要な事、言ってたか?」
「ええと……大体の話は皆さんと話している感じ、あのテレビ放送で言っていた事の取りこぼしは無いと思いますよ? 気になったのは、『がんばってください』って言葉ですかね。何を頑張れと……」
やはり、温度感こそ違えど、あの言葉に対して思う印象は似通っているようだ。
「こんな状況にぶちこまれて頑張れってのもな……ゲームでもあるまいし」
「んー、ゲームなのかもよ? 何となく実験っぽい感じもあるけど、実際イサナ達って戦ってるじゃんか」
確かに、そう言われてみると、まだ俺達はこの状況の正体を理解していない。
ただ、自分の身体に何らかの変化が起きて、映画の中にでも放り投げられたような状況。
変異個体や、定着率なんていう、この場特有の共通言語が実験のような感覚を覚えさせるのは確かだが、ゲームという捉え方も、イサナらしいと言えばイサナらしい。
「確かに、何に同意するかも伏せられていましたしね。とはいえ同意する以外に道は無かったんでしょうけれど。安定装置ですもんね? これ」
花渡がリストタグをみせて言う。案外この子も抜けているのか、それは知らない情報だった。
「安定? それは俺、初めて聞いたな」
「あ……すみません、定着率のお話をしたのでてっきり。リストタグで同意を選んで初めて、どうやら私達の力は定着するみたいですよ? それまでは能力は発現しない……ような話だったはず」
「なるほどー、イサナはなんか。とりあえず押しちゃったな」
イサナの行動はもう自由だから何も言わないとはいえ、では俺もあの場でたまたまリストタグを触っていなければクロトの拘束糸は出ずに詰んでいたという事か。
「なんというか、俺は最初からハードだったみたいだ。ただまぁ、生きているだけ上々、か」
「変異個体が狙ってきたんですよね? 見た感じ、そういう部屋も幾つかありますし。何か変異してない人を襲う習性があるのかな……」
俺達は何となく船の先頭を目指しながら、今ある情報で考察を走らせる。
ただ、イサナは些かつまらなそうで、花渡と俺だけがなんとなしに想像を膨らませるだけになっていた。
「……ん?」
歩いていると、丁度俺の部屋が目に入る。と同時に、俺を襲ってきたであろう最初の変異個体の姿が無くなっていた。
「ケーくんどした?」
「いや、あそこがさっき言ってた俺の部屋なんだが。イサナ、あそこにいた変異個体、見覚えあったりするか?」
あの時点ではクロトの糸の強度もそこまでではなかっただろうから、そう長くはない間に、拘束は解かれていただろう。
「んー? 多分イサナじゃないなー。ほら、あそこで倒れてるのがそうじゃない?」
言われて少し遠くを見ると、仰向けに倒れた変異個体が見える。遠くからは外傷が見えない。
「死んだフリって事も無さそうだけど、なんか変だね。傷っぽいのが見えないや、近づいてみる?」
イサナは指を咥えたままタタタッと倒れている変異個体に近寄る。
確かに今まで見た変異個体に死亡を擬態するような知能があったようには思えないが、それでもやはり、イサナは少し危なっかしい。
「イサナさん、こんな状況なのに元気ですね」
「うーむ……元気と表現出来る花渡も中々豪胆だと思うんだけれどな……」
「へっ?! そう、です? 確かに危なっかしい感じはしますけれど。包帯巻いてくれた時とか、凄く気を遣ってくれてましたよ?」
同じ空間にいても、取りようなのかもしれない。確かにイサナは危なっかしいというか、俺からすると二面性のイメージが強い。それはきっと、先頭での瞳の色の変化や、変異個体への抵抗の無さが影響しているのだろう。ただ、花渡とイサナは出会ったばかりだ。何となく花渡もイサナの性格は分かっていそうなものの、印象としては二面性の光を見たように思える。逆に俺は闇を見た。
ある意味で、バランスは取れているのかもしれない。
「ケーくん、やっぱりこれ、イサナじゃないや」
俺達が変異個体の場所までたどり着くと、外傷が殆ど無い変異個体を、イサナはゴロリとひっくり返す。流石に能力を使っていなければ、多少力は抑えられているようだった。
「うん、イサナの手ぇこんなにちっちゃくないもんなぁ」
イサナが倒していたなら、明らかに身体に穴、もしくは鋭い裂傷や蹴撃の跡がある。ただこの変異個体は、そういう形跡が一切無かった。死因を探すと、脳天に一つの穴。
その小さな穴は、確実に何らかの物体が変異個体の脳天を貫いた証だ。
「は?! 銃だってのか?」
「まってまって、ケーくんのタナトでだって、出来ない事じゃあないよ?」
言われて、ハッとする。自分の能力は離れ業程度だと思っていたが、彼女の中ではある意味で、未来性のある能力らしい。確かに全力で変異個体を倒そうと全ての糸を使った上で、一体だけならば糸の強度で倒しきったのも事実ではある。
「ただ、俺の糸なら逆に穴が大きすぎる。指だとして、貫通はしない。能力と言い始めたらキリが無いけども、重火器があるなら逆にマズくないか?」
「単純な、殺傷兵器になりますよね……」
俺達の能力自体も危険だが、実際の重火器の類ならば、俺の能力は勿論、イサナの能力でも対抗出来うるか未知数だ。糸を操作出来る。身体能力を上げられる。それだけで俺達は銃弾をどうにか出来るだろうか。
「流石に、人であるなら味方であることを願いたいな」
「でも、銃声を聞いたなら流石に……いや、私にはそんな余裕無かったかも……」
花渡の言う通り、銃声を聞いていたなら誰かしらが気づいていてもおかしくないのだ。
俺の拘束を解いて、ある程度動き、撃ち殺されたと考えたならば、俺かイサナが銃声を聞いていてもおかしくない。
ただ、銃声が聞こえたかと言われたら、そんな事はない。
「聞いてないよな?」
「うん、聞いてない。でも、周りが変異個体だらけになった時なら、銃声も聞こえなかったかもだけどねぇ」
イサナのいう事にも、一理あった。俺とイサナが食堂で籠城していた時に外で銃声が響いていても、食堂を叩く変異個体達の出す音にかき消されていただろう。
だが、もしそのタイミングで変異個体を倒していたなら、俺達の食堂が襲われている事にも気づいたはずだ。
「そのタイミングでコイツが倒されたとして、俺達は無視された。って事になるな」
「ま、まぁ……最初から印象を決めるのも」
「そーだね。それに、立ち塞がるなら私達の力で、じゃない?」
俺が反応する前に、イサナは自分の指を咥えて、五訓を発動させていた。
船の先頭に向けて、変異個体が、約五体。
「見ないと思えば、集まってるもんだな……」
「うぅ……多い……」
花渡はげんなりした顔で、俺の方を見る。
「イサナさんは、きっとスタンドプレーですよね? 私にそれは無理なので……」
「俺達はどうしたってチームプレーだな。花渡の炎の射程はどのくらいある?」
俺達は、既に走り出して一体目を蹴り飛ばしているイサナを見ながら、こちらにゆっくりと向かってくる二体の変異個体を前に、会話を続ける。
ただし、既に俺達もまた、攻撃はしかけていた。
「そうですね、このくらい近ければ」
「俺の糸は可燃性なのかね? 試してみるか?」
俺のタナトの拘束糸は、既に一体の変異個体の周りをぐるぐる巻きにして、拘束していた。拘束力はそこまで強くないだろうが、花渡の力がこの距離――5メートル程まで届くのであれば、試してみるのも必要だ。
「導火線、というわけですか。やってみましょう……」
彼女は俺の少し前に手に重ねて、目を閉じる。パッと火が、五本の線となって走った。
「成功、か。弱点でもあるが、強みにもなれるみたいだな」
俺の糸を辿った花渡の炎は、五本の糸を辿り、ぐるぐる巻になっている変異個体を、俺の糸ごと完全に焼き尽くした。
「で、あればだ」
俺は拘束糸を床に這わせて、水分を纏わせる。
重みで理解した。この糸は精神の強さや定着率によって、おそらく強度自体を持つ事は出来るが、同時に糸であるという性質は変わらない。
一体目を倒したが、その間に二体目はもう寸前まで迫っていた。
だが、俺にも、またおそらくは花渡にも確信があったからこそ、焦りはない。
「炎じゃなくても、いいんだよな?」
彼女の手が冷気を纏い、俺の拘束糸がもう一体の腕を受け止める。
受け止めたと同時に、冷気が拘束糸を伝い、変異個体の腕を凍結に至らしめた。
「流石に全身とは行かないか」
「力不足で、申し訳ないです……」
花渡はすまなさそうにしているが、それでも俺とのコンビネーションが見つけられただけで十分だ。スタンドプレーも正しいが、勝てるのならばなんでも構わない。
「このくらいは、なんとか、なるさ……ッ!」
俺は凍結した拘束糸を思い切り下へと引き下げ、完全に凍結している変異個体の腕を糸ごと引き落とし、壊す。糸が悲鳴を上げているように思えるのは、きっと力を入れているからなのだと思いたい。
片腕が無くなった変異個体を俺は思い切り蹴り飛ばし、バランスを崩した所を拘束糸で船の柵に括り付けた。
「花渡! もう一度頼む!」
今一度、拘束糸に伝わる冷気。それは確実に柵と変異個体を一体化させる。
「悪くないな、ただ。少し疲れる……けどな!」
もうひと頑張りと言わんばかりに、俺は海側に拘束糸の力を込める。バキリという音が、合図だった。
脆くなっていた凍結の圧と変異個体の重み、そうして拘束糸の力によって、壊れ、後は沈む変異個体を眺めるだけだった。そこでやっとハッとして、イサナの方を見る。
「イサナ、そっちの方……は……」
イサナは流石に、能力が高いだけあって、変異個体達を既に倒しきっていた。
――なのに、まだ戦っている。
向こうにいた三体、その全てを既に彼女は倒している。
なのにも関わらず、彼女は執拗にその死体を壊し続けていた。
「おい、イサナ!」
声をかけて、やっと彼女はこちらを見る。
だがその目は、赤く、紅く、朱く、まるで人間では無いかのような眼差しで、こちらを観察しているようだった。
彼女からの返事は無い。花渡も、恐怖から声が出ない様子だった。
――彼女のリストタグが、真っ赤に染まっている。
それは変異個体の返り血、だったのかもしれない。
そう、思いたかった。
一歩ずつ、進む彼女の足に向かって、俺がクロトの拘束糸を撃つのを躊躇っていたその時。
彼女はガクンとその場に膝をついた。
膝をついて動かなくなった彼女は、赤に塗れている。
彼女が膝をつく寸前に聞こえたのは、紛れもない、銃声。何処からか、確認する間も無い。
ただ、誰かがいて、何かを知っていて、彼女を撃った事だけが、事実だ。
撃ち抜かれた場所が致命傷になっていないかと思っている自分が、たった今まで同じような事をしていた癖にと、嘲笑っている気がした。




