8 推しのシーンは丸暗記が必須でしょう?
さて、満を持して、本日はビリアン公爵家でお茶会だ。
本日の格好は、ミントグリーンを基調とした爽やかなパーティードレスだ。肩から先は編みレースが施されており、どことなく色っぽい。首元には先端にアクアマリンやサファイアなどの宝石があしらわれているつけ襟を。髪の毛は、ハーフアップにして、パールのついたマジェステを装着する。イヤリングには、滴型のガラス細工をつけてもらった。
本当は、ここも宝石にしようと、テラは主張していたのだが、無くしてしまいそうなので、そこは全力でお断りしておいた。
陽キャのクラスメイトに、何故かBBQパーティーに誘われた時くらい、全力に。
身の程に合わないことは、なるべくしたくないのだ。
「お綺麗です、ケイト様」
「ありがとう。テラ」
私が着飾ると、テラはいつも褒めてくれる。お世辞だと分かってはいるが、素直に嬉しい。前世では、こういう機会とは無縁だったしね。
「さて、アデルはどこにいるのかしら」
「もう馬車の中で待っているようです」
「それは、申し訳ないわね」
てっきりアデルもまだ準備中なのかと思っていた。男性は準備が早いから、そこまで気を回しておくべきであった、と少し反省。
私が急いで部屋を出て、歩いていくと、後ろからテラもついてきた。
カッカッカッ。
ハイヒールの音が、床をリズム良く鳴らしていく。侯爵邸には、人が沢山いるはずだが、なにせ広い。ので、今通っている道には誰一人としていない。静かな空間に、私の足音だけが小気味よく響く。
しばらくして、テラが口を開いた。
「‥‥ケイト様。お言葉ですが」
「2人で行くのは危ないと言うんでしょう?」
多分、テラは心配をしてくれているのだ。私はテラを振り返り、微笑みかける。
「いいのよ。大丈夫だから」
案の定、アデルが待っていてくれた。
「お嬢様。よくお似合いです」
そう声をかけてくれたアデルは、いつもの執事服とはまるで違っていた。ジャケットに、濃紺のネクタイ。その凛とした姿は、百合の花のようにしなやかで、美しい。
「ええ。アデルも似合っているわよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
アデルが差し出す手を握り、私は馬車に乗り込む。最後までテラに心配そうな顔を向けられたが、笑顔で返しておいた。
⭐︎⭐︎⭐︎
さて、パーティー会場に到着した。いざゆかん、と馬車から降りようとすると、アデルに手を引っ張られた。そのまま馬車の座席部分に引き戻される。
「僕は、ビリアン家のご主人に挨拶をしてきますので、遅れて行きますね」
「‥‥分かったわ」
軽く睨んでから、私は何事もなかったかのように馬車を降りた。
脳内会議。緊急召集。
議題は、転生したら、推し声が耳元で囁いてくる件。結論、絶対に揶揄われてる。
くそう。全くもって、悔しいぞ。
耳元で言われたので、多分、私の顔色はまたリンゴのようになってしまっているだろう。そろそろ慣れなければ、と私は気を引き締めた。
お茶会会場に入っていくと、既に会場は貴族が沢山いた。それぞれが会話に花を咲かせており、出遅れたかも知れない。
取り敢えず友人に話しかけようと思ったのだが‥‥‥
あれ、私。友人いなくね?
気づいてしまった。私、ケイト・サザンジールには友人がいないことに。
前世を思い出す前の私は、我儘な人間だったし、まともな友人がいなかった。
しかし、誰とも喋らなかったわけではないはずだ。確か、いつも一緒に行動していた人がいた。
その時、私の後ろから声がかかった。
「あら、ケイト様ではないですか」
「あらあら、頭をぶつけられたということですが、大丈夫ですか?」
「私、心配でしたのよ」
彼女たちは、私の取り巻きだ。
腐っても侯爵令嬢。その権威にあやかろうとする取り巻きは確実にいるわけで。だけど、前世を思い出す前もこの人達のことは、正直苦手だったんだよね。名前も思い出せないくらい。
「あら、いつもより装飾品が少ないのですね。いつものようにした方が目立ちますのに」
こうやって微妙に嫌味を混ぜてくるところとか。装飾品も飾らなければ、大して目立たない女、と言いたいようだ。
そこで、一人の男がやってきた。そして取り巻きの一人の腰を抱いた。
「紹介致しますわ。私の婚約者のフレディです」
「どうも、フレディです。お噂はかねがね」
見せびらかすように、勝ち誇った顔をわざと見せる。確かに、顔が整っており、女性受けしそうな見た目をしている。猫撫でな声は微妙だが、侯爵家出身なので、結婚したい女性は数多いるだろう。声が微妙だが。
私の家と同じ爵位なので、彼女も強気に出ているのかと、妙なところで納得した。
「そういえば、ケイト様はご婚約がまだでしたのよね」
「まあ!」
「それは大変!」
わざとらしい声にうんざりする。極め付けは、婚約者を紹介してきた女性の言葉だ。
「フレディ様。ケイト様にお相手を紹介して差し上げて下さらない?」
はあ?
と、思わず前世の自分が顔を出して、声を上げてしまいそうになった。が、寸でのところでグッと堪えた。
しかし、腹わたがぐつぐつと煮え立ち始めているのを感じた。
「そうか。いや、このくらいの年になると、行き遅れの男しか残ってないな」
その男は上から下まで舐め回すように見てから、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
大丈夫。沸点到達までまだ余裕はある。
「まあ、それは大変!なおさら、早くして差し上げなければ」
わざとらしい彼女の大きな声で、周りにいる貴族たちは一気に此方に注目したのが分かった。あくまで、それぞれの会話は止めていないが、聞き耳を立てている。揚げ足を取ろうとしているのだろう。
「そうですわよ。いつもケイト様にはお世話になっているのだから、これくらいしなくては」
「いい考えですわ」
「そうですね。私の婚約者がお世話になっているのなら、カイザン伯爵なんてどうです?」
「まあ!地位も高いですし、よろしいではないですか!」
カイザン伯爵とは、2回りほど年上で、愛人を囲いまくっているとして有名な男だった。
はい、沸騰致しました。危ないので、鍋の蓋を開けましょうか。私は、彼らににこりと微笑みかけた。
「フレディ様、ありがとうございます。実は‥‥私、友人もおりませんの」
「え?」
彼の横と後ろで、3人の令嬢は、にこやかな笑みを一瞬凍らせた。この言葉は、彼女たちが「友人でもない」という宣戦布告だからだ。が、私は気にせずに続けた。
「だから、是非、友人になってくれそうな女性も紹介してほしくて‥‥」
「ええ、まあ。それもいいですが‥‥そういうのは、彼女たちに」
私は彼を黙らせるように、言葉を被せた。
「レミー嬢はお元気ですか?」
「え?は‥‥‥‥‥」
何言ってるの、と令嬢はきつい視線をむける。しかし、貴方の愛しのフレディ様は青ざめておりますよ?気づいていますか?
私は口角を上げて、更に尋ねた。
「ああ、違いますか。それではラミリエ嬢ですか?」
「何を、」
「テリーヌ嬢、でしたっけ?それとも、エレン嬢?」
私はクスッと笑って、辺りに響くように、しっかりとした口調で告げた。
「お噂はかねがね。沢山の令嬢と懇意にされているとか。私も、その令嬢とお知り合いになりたいですわ」
「ちょっと、どういうことよ?!」
「いや、違うんだ。違わないけど‥‥」
修羅場だ。貴族から、クスクスと笑い声が聞こえる。私をバカにしようとしたら、逆に返り討ちにされたのだ。
私は、そのまま抜け出してきた。
思い出してよかった。彼は、乙女ゲームに出てくる名前もCVもないモブキャラだったはずだ。沢山の女性と関係を持っていて、ヒロインにも強引に言い寄るシーンがあったんだよね。その時に、1番好感度の高い攻略対象が助けてくれるんだ。
キャラクターによって助け方は違うんだけど、アデル君の助け方は女性の名前を次々に挙げていくやり方だった。
つまり、さっきの私と同じように言ってたってこと。何回も同じシーンを再生していたので、令嬢の名前まで完璧に覚えてしまっていた。
とにかく、ここは気まずいので一旦退散しよう。そうしようと、化粧室に向かう途中で、私は誰かにぶつかってしまった。最近、こういうことが多い。
気をつけなければと思いながらぶつかった人物を見上げると‥‥
「すみませ‥‥」
「すまな‥‥」
あ。
まじか、と思った。多分、相手も同じように思っているんじゃないかな。
もう一度、彼をまじまじと見上げる。
銀髪にエメラルドグリーンの瞳。体格がよく、背は確か181cm。血液型はB型。伯爵家の次男で、確か次期当主について揉めていたはず。
何故、そんなことまで知ってるって?
彼の名前は、サイモン・スティール。
何を隠そう、乙女ゲームの攻略対象の一人だからだ。