9 イヤホンから左右で違う声が聞こえるアレ。
サイモン・スティール。「Noble✴︎Engage」の攻略対象キャラの一人。第3章以降の個別ルートでは、己の魔法を見極めるために、通った先の騎士団にいるキャラクターの一人だ。
外国語が得意という設定で、作中でのターニングポイントでは、よく英語で話す場面があった。その発音とギャップがよろしくて、萌え上がったのをよく覚えている。
ちなみに、CVは目黒紺さん。私の親友の推し声優さんで、陽キャ担当の声優さんだ。曰く、「めぐきゅんの声に蹂躙されたい」だそうだ。我が親友ながら、変態だとドン引いたのも記憶に新しい。え?人のことは言えないって?いやいや。
それはともかく、私自身も目黒さんの声はとても好きなのだが‥‥
「おい、いつまで見てるんだ。ブス」
こいつ、死ぬほど口悪いんだよねー。
前世を思い出す前は、よく喧嘩をしていた。お互い気に入らない、みたいな。それに、こんな風に屈辱的に罵られても、
相手の方が家柄的には格下なのだが、我が侯爵家にとってスティール伯爵家は、大事な取引先だったりする。何より、当主同士が仲がいい。なので、私がお父様に、罵られたと訴え出ても、「君たちは本当に仲がいいなあ」としか言われたことがないのだ。
いいえ、お父様。仲は完璧に悪いです。前世を思い出し、齢33になった今でも、思わず言い返してしまうくらい。
「見ていないわ。貴方が自意識過剰なんじゃないかしら?」
「見てただろ。珍しげに、珍獣でも見るように」
ええ、見ていましたとも。珍獣云々はよく分かりませんが、見ていました。しかし、それは認めません。
「言った通り、見ていないわ。言葉も理解できないなんて、もしかして本当に自意識過剰な動物さんなのかしら?」
私は後ろ髪を掻き上げる。
「自意識過剰なんて、お前のためにあるような言葉じゃねーか」
「どういうことかしら?」
「ジャラジャラ無駄に着飾って‥‥」
そこまで言って、彼はまじまじと私を見つめてきた。そういえば、と。
「今日は、あんまり着飾ってねーな?」
「‥‥」
実は、こいつ、素直な人間でもある。というか、嘘がつけない人間なのだ。
私はため息をついた。
「今日はそればっかり言われるわ。そんなにおかしいかしら?」
「あー、さっきの令嬢たちか。行き遅れって言われてたな」
「貴方も大して年齢変わらない癖に、婚約者いないじゃない」
「あぁ、そうだよ。悪かったな」
せっかくの目黒さんの声なのに。最悪。「悪かったな」の乱暴な言い方が最高なのに、シチュエーションが最悪。
こういう時は、喧嘩しちゃったカレカノが、仲直りする時に「お前の可愛い姿見られたくなかったんだ‥‥悪かったな」「え?!」みたいなシチュしか勝たんでしょ!
一人でニマニマと妄想をしていると、サイモンは怪訝な顔を向ける。
「お前、今日どうした?頭おかしいんじゃないのか?」
「はあ?失礼にも程が‥‥‥」
「サイモン!!」
その時、私たちの元に別の声がかかった。
その声は‥‥
「ちょっと、サイモン君。女の子にそんな言い方はないんじゃない?」
その声は‥‥浜崎優さん!!
軟派な感じの声をしているのに、時々ゾッとするほど低い声を出すんだよ。その演技の差よ。
そう、CVがいるということは、彼もまた、乙女ゲームのキャラクターだった。ただし、攻略対象ではないが。あくまで、ゲームを盛り上げるサブ要素の強いキャラだった。
サイモンは、どうやら知り合いだったらしく、かしこまりながらも、気安く話す。
「ロイド様。お久しぶりです」
「ははは、邪魔してしまったかな?」
「いいえ。まったく」
「ははは」
え?え?まって推し声が私を挟んで会話をしているんですけど。例えるなら、動画で、推し声優さんが共演していて、イヤホンの右側で目黒さん、左側で浜崎さんの声が聴こえてくるみたいな感動。
しばらく2人は何かを話していたが、ロイドはすぐに此方を向いた。
「改めまして。ケイト嬢。ロイド・ビリアンと申します」
そのまま私の手を取って、甲にキスを落とした。
本当に、軽薄な人間だ。
彼の名前はロイド・ビリアン。個別ルート、ビリアン公爵家編で、活躍する脇役。チャラいお色気キャラとして、ヒロインちゃんを口説いたり、助けたりするのだ。
「お初お目にかかります。ケイト・サザンジールと申します」
「知ってるよ。さっきまで、美人がいるって野郎どもが騒いでいたからね」
「お褒め頂き嬉しいですが、他の令嬢が嫉妬されてしまいますよ」
軽率な言葉は禍の元ですよ、と暗に伝える。お世辞でも、良き声に礼讃されて嬉しいんだけどね。一応、貴族令嬢として、気をつけなければならないことはあるのだ。私の返答に、ロイドは、ははっと笑う。
「噂通りのお方だね」
噂、とは。
アデルからの話だろうか。それとも、別の人から?分からず、沈黙をしてしまう。そんな私を彼は軽く笑って、手を差し出してきた。
「もしよろしければ、一曲踊って頂けませんか?」
「‥‥‥」
彼もまた、ビリアン家の人間だ。油断はできない。できない、が。これは情報を得るチャンスだと捉えることも出来る。私は少し迷ったが、にこりと笑って、「もちろんですわ」と答えた。
そして、手を伸ばしたのだが、その手は別の人が掴んで遮られてしまった。
「ロイド様。お嬢様と踊るのは僕ですよ」
別の人、とは、いつの間にか側にやってきたアデルだった。ロイドは「へえ」と片眉を上げた。
「ちょ‥‥」
情報源がなくなってしまう。そう思い、私は彼の手を振り払おうとしたのだが‥‥
「|Shall we dance《躍りませんか》?」
「Of course!!」
しまった。リアル「shall we dance」につられて即決してしまった。ロイドは生暖かい目をしているし、サイモンに至っては「なんだこいつ」と本気の怪訝な顔をしている。ごめんなさい、誘惑に抗えないのがオタクなんです。とも言えず‥‥
そのままアデルに手を引かれ、ホールの中に連れて行かれそうになる。
その時、会場の奥から悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
ブクマ、評価、ありがとうございます。励みになります。
登場人物が増えてきました。CVは覚えなくても、問題なく読めるようにしてありますので、ご安心ください。
しかし、混乱してしまう可能性も考えて、しばらくしたら、人物紹介表をつくるつもりです。




