37 思わぬ情報源
口を押さえられ、人気の無いところまで連れていかれる。抵抗しようにも、力が強くて振り払うことが出来ない。この間の夜会とは比では無いほど、やばい状況だ。
こうなったら、相手の手を噛むしかない!!
「待ってください!!違いますから!危ない人じゃないですから〜〜!!」
「むぐ‥‥?」
口を開き、噛みかけの時ーー恐らく甘噛み程度ーー私の口を覆った人間は情けない声を出した。すると、一気に解放されて、その人物の顔が見えた。その人は‥‥
「アデル‥‥‥」
に、似た人。黒髪で赤い瞳を持っていて、けれど眼鏡をかけていて、雰囲気はアデルよりも幾分か柔らかい。彼は困ったように眉を下げて、こちらを見ていた。
「アデルの兄のシオンです。えっと‥‥ケイト様ですよね?」
「ええ、そうよ」
早まる心臓を押さえながら、私はなんとか応答した。すると、彼は「やっぱり」とふわりと笑った。
「以前、第一邸にいらしてましたよね」
その言葉で思い出した。彼は、ビリアン公爵家に忍び込んだときに、少しだけ顔を合わせたことがある。多分、アデルのお母さんを助け出すときに、ちょっかいを出しに来たお兄さんを止めに来た人、かな。付随する人が多くて、正直記憶はあやふやだ。
あまり印象には残っていなかったので、今の今まで気づかなかった。
しかし、あの事件は、公爵家側にとって不利益でしかなかったはず。もしかしたら、それで怒っていて、私を路地裏に連れ込んだのかも。そう思い、頭を下げる。
「その節は、大変ご迷惑をおかけして‥‥」
「いえ、違うんです!俺は、感謝しているんですよ」
「感謝?」
聞き返すと、彼は「はい」と頷いた。
「アデルはつらい役目を負っていたと聞きました。それを救って下さったのは、ケイト様だとも。本当は俺たち家族がしっかりしなければいけないのに‥‥」
「そんな‥‥」
こちらだって、声優事業のために利用しているようなものだ。アデルは、それでもいいと協力してくれているけれど、家族から見たら、私は嫌な相手ではないだろうか。責められこそすれ、感謝される謂れはないはずだ。
しかし、シオンは私に微笑みかける。
「それに、アデルには、ずっと我慢を強いてきてしまったので。気軽に言い合うことが出来るケイト様といて、楽しそうならよかったと思うんです」
「‥‥‥‥」
「だから、ありがとうございます」
本当に、そうなのかな‥‥‥
少し、距離が出来てしまって、それが解消されたかと思ったら、この間はつい言い争ってしまった。今日だって勝手に来てしまって、怒っているかもしれないのに。
私は結局、ビリアン家の人間と同じで、アデルを利用し、縛ってるだけなんじゃないかな。今更気にしても仕方ないとは分かっているものの、今はどうしても考えがマイナスに向かってしまった。
私がそんなことを考えて俯いていると、シオンは慌てた様子を見せた。
「あ、失礼だったら、すみません」
「いいえ。全然、そんなことはないわ」
私は、その様子に苦笑した。なんだか、こっちまでほんわかするような優しい人だ。しかし、何故、そんな人が先程は手荒な真似をしたのかと疑問に思う。
「あの、何故、さっきは口を塞いだんですか?」
「それは‥‥」
彼は申し訳なさそうに眉を下げたが、すぐに真剣な顔になり、私の腕を引っ張り、そのまま別の道に連れていった。
突然何かと、声を出そうとするが、すぐにそれも遮られてしまった。彼が私を引き寄せたからだ。ふわりと花の香りがして、少しだけドギマギしていると、先程まで私たちがいた道の方から声がしてきた。
「おい、今こっちにいなかったか?!」
「見失ったな」
「くそっ!とにかく探すぞ」
しばらく私たちの息遣いだけが辺りに響いた。ふと、彼を見上げると、真剣な表情の横顔は、すごくアデルと似てると思った。
足音が過ぎ去り、アデルの兄シオンは手を離した。そして、途端に顔を赤くした。
「す、すみません。勝手に体に触るなどして」
照れた様子で手を挙げる様子は、非常に可愛らしい。やはり、手慣れた様子のアデルとは違う雰囲気を持っている。
「実は、先ほどからあの怪しい輩が貴方を狙っていたんです。ですから、先ほどもあのように手荒な真似を‥‥申し訳ございませんでした」
「そうなの?」
「はい。恐らく、商家の娘が何かだと思われているのでしょう」
その言葉にキョトンとする。すると、シオンはクスリと眉を下げて笑った。
「でも、変装はしたわよ」
「溢れ出てしまうものですよ、気品というのは」
‥‥‥な、なるほど。前世のオタクを思い出してしまった私に果たして気品などあるのか微妙だが、お世辞でもそう言われて悪い気はしなかった。
「ところで、変装までして、何故このような場所に?」
「実は‥‥」
私は、これまでの事情を全て話した。もちろん、プライベート上のこともあるので、一部抜粋しているが。
話終えると、彼はショックを受けたように口を押さえた。
「そんな‥‥‥あの記事、ルーク様が書かせていたなんて。しかも、賄賂なんて‥‥‥」
しばらく動揺していた彼だったが、すぐに姿勢を正してこちらを見た。
「許せないです。先代当主は、確かに滅茶苦茶な人でしたが、このような不正は絶対にしませんでした」
その真っ直ぐな瞳は確かなものだった。それなら‥‥
「協力します」
「本当?!」
「俺の持っている情報全てを、貴方に渡します」
「ありがとう!」
まさか、彼から言い出してくれるとは思わなかった。こうして、アデルの兄・シオンからの情報源を確保することに成功したのだった。




