20 ケイト、壁ドンをする
伯爵に「サイモンは訓練場にいるだろうから」と言われて、私とアデルはその場所へ向かった。
案の定、彼は訓練場で、一人で模造刀をふるっていた。着替えもしていないので、つけていたネクタイが所在なさげに揺れている。集中をしているためか、訓練場に入ってきたこちらに気づく様子がない。
「どうしますか?」
「そうね‥‥どうしましょうか」
「質問で返さないで下さい」
「私だってこの状況をどうすべきか分かんないのよ」
私たちはコソコソと要領を得ない会話を繰り出す。結構、それなりの声量で話しているつもりなのだが、それでもサイモンは気づかない。もしかしたら、スティール家では大声で話す習慣でもあるのかもしれない。先程の状況を鑑みても、騎士団として働いている点から考えても、全然あり得る。
「大きい声で呼びかけてみようかしら」
「驚きませんかね?」
「いや、寧ろそれが正常なのではないかし‥‥‥」
「おい、何追ってきてんだよ」
と、突然後ろから話しかけられた。振り向くと、サイモンの姿が。私たちの声に気付いたのだろう。挑発的な態度に、私は臨時戦闘態勢に入った。
「なにかしら?文句でも?」
「てめーが追ってきたら、婚約まで丸め込まれるかもしれねーだろうが」
「そんなの。既に、『そうならない』ように説得済みよ」
「信用できねー。そもそも、頭の悪いお前にそんなこと出来んのかよ」
「頭が悪いのは、あなたの方で‥‥」
それ以降は、言葉が続かなかった。後ろから、アデルが私の肩を引いたからだ。いつもよりも笑みが深い。黒いオーラが見える気がするのは、気のせいだろうか。
「ケイト様。そろそろ本題に移られてはどうですか?」
「そ、そうね」
サイモンは、怪訝そうに眉を寄せる。
「あのね。私、今日はあなたにお願いがあってきたのよ」
「結婚はしねーぞ?」
「するかっての」
私は、ゴホンと咳払いをする。
「とにかく、あなたにしか頼めないことで‥‥」
「俺にしか、頼めないこと?」
その時、サイモンはハッと自嘲的に笑った。
「俺に何が出来るって言うんだよ。誰よりも劣っている俺に」
「いや、そういう話ではなくて‥‥‥」
「だったら!」
サイモンは声を荒らげる。その音量に、私は驚いて、言葉を止めた。
「だったら、俺になんの価値があるのか教えてみろよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ほら、言えないだろう?そもそも俺たち仲良くもなんともねーしな」
じゃーな、と言ってそのまま訓練場を出て行こうとする。彼自身複雑な感情はあるのだろう。こちらの話を聞こうともしない。家督相続問題でいろいろ揉めているのかなんだか知らないけど‥‥‥
ちゃんと話は聞けっての!!
気づけば、私はサイモンのネクタイを引っ張り、彼が逃げられないように壁に押し付けていた。
「?‥‥‥‥‥?!」
サイモンは、状況が分からず、混乱した顔を見せている。
「あのね。あんたのいいところなんて、悔しいけど、沢山あるのよ」
「はあ?だったら、言ってみろよ」
彼の言葉に、私はニヤリと笑う。後ろで、アデルが「きましたね」と呟くのがかすかに聞こえた。
「そんなの、あなたの声に決まってるじゃない!!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はあ?」
「あなたは、その性格に似合わず。いいえ、その性格だからこそ逆に映える声を持っているのよ!」
「おま‥‥何言って」
「あなたの声が好きな人が沢山いるのよ!それこそ蹂躙されたいって言わしめるくらい」
「お前、とうとう頭がおかしくなったんじゃないか」
サイモンは、恐怖の顔を見せた。本気でドン引きしているようだった。実に心外である。
「おかしくなんてないわよ!私ね、あなたの声を使った職業を新しく作ろうと思ってるの!その依頼をしに来たのよ」
私がそう言うと、サイモンは顔を歪めて口を開いた。
「馬鹿にしてるのか?!騎士の才能がないからって、お情けでそんな職をもらったって嬉しくねえぞ!」
「お情けなんてあり得ないわ!だって私、あなたのこと嫌いだもの!!」
「ああ、俺だって嫌いだね!大嫌いだ」
「それでも、あなたの声だけは好き!!」
「なんだお前?!」
本格的にサイモンが引いている。私だって、意味が分からない。目黒さんの声は滅茶苦茶好きだったけど、その声が大嫌いなサイモンのものになってるなんて。もう、すごくムカつく。ムカつくけれど、好きなものはすきなのだから、仕方ないじゃないか。
「とにかく、俺はお前の頼みなんか聞かねーからな」
そう言いながら、サイモンは今度こそ訓練場を出て行ってしまった。
これ以上追うのは忍びなくて、私たちは顔を見合わせた。アデルは上機嫌に口端を上げており、とても楽しそうだ。
「お見事でした。ケイト様」
「どこがよ。全然だったじゃない」
「奮闘されるお姿は大変おもしろ‥‥‥いえ。可愛らしかったですよ」
「馬鹿にしてるわよね?」
面白いって言ってる。絶対に馬鹿にしてる。悔しいがしかたない。とりあえず、帰って、もう一度作戦を練り直そうということになった。2人で訓練場を出て、外で待機してて下さった侍女の方に、帰るという旨を伝える。そして、馬車に向かったのだが‥‥‥
「あの!」
途中で、後ろから女性に呼び止められる。色素の薄い茶髪を一つに纏めており、ボーイッシュだが、非常に美人だ。
「あの、ケイト様ですよね?」
「はい。そうですけど‥‥」
私が答えると、彼女は勢いよく頭を下げた。
「あの時は、ありがとうございました!!!」




