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12 推し以上の事情なんてあるか?




私とアデルは、ビリアン公爵家第一邸前まで来ていた。私はチラリと彼を見上げて、にこやかに口を開いた。


「それでは、行きましょうか。よろしくお願い致します」


「そうですね」


私の言葉に、アデルは愛想のない返事をした。アデルは私を一瞥しただけで、にこりともしない。普段と真逆の対応だ。

しかし、真逆なのは対応だけではない。アデルは、執事服ではなく、正装をしている。そして、私はドレスではなく、メイド服に身を包んでいた。

実は、いつもと立場も雰囲気も、真逆にしているのは訳があるのだ。




時は遡り、数日前ー‥




私たちは、自室で作戦会議をしていた。

ビリアン公爵家の取引先のリスト。それは、賄賂の証拠になる。公爵家第一邸執務室。アデルによると、そこは入り組んだ場所にあり、一定の人間しか入れないようになっているそうだ。近づくことすら容易ではないらしい。

そもそも、第一邸自体、そこの主人が許した人物しか入れない。なので、ビリアン家の人間であるロイドも決まった日時しか来訪を許可されていないらしい。

ちなみにこの間、お茶会が開かれた場所は、第三邸だ。

私はこの事実を鑑み、「よし」と呟いた。


「メイドとして侵入しましょう」


「はい?」


「侵入するには、それしかないでしょう」


「‥‥‥‥‥はい?」


アデルは一瞬考えた後、再び首を傾げる。その間に、テラは軽食の準備をしてくれている。淹れたての紅茶を手に持つと、ふわりと薔薇の香りがした。しばらく香りを楽しんだ後、口に含むと特有の苦味と蜂蜜の甘さが広がる。うん、テラの淹れてくれた紅茶は今日も最高。私の好みを分かっている。

しばらく黙っていたアデルだったが、そこで再び口を開いた。


「あの、メイドとして侵入とはどういうことでしょうか?」


「メイド服は、ビリアン家も我が家も同じなのでしょう?」


「ええ。基本そうですが」


「それなら、メイド服を借りて、潜入するのが一番手っ取り早いわ」


アデルなら、第一邸にも顔が利くだろう。新人のメイドを連れてきた、と言えば、簡単に潜入出来るのではないか。ということを伝えると、アデルはため息をついた。


「メイドなど、貴方よりも身分の下の方がなされる仕事ですよ。それに、耐えられますか?」


あー、なるほど。

アデルと話が若干噛み合わない訳がやっと分かった。この世界では、身分制が絶対だ。貴族と平民が明確に区別されているのはもとより。貴族の間も王族、公、候、伯、子、男の順番で順位分けが為されている。


上位階級の貴族の屋敷のメイドとなるのは、子爵・男爵家の次女や三女等々だ。


我がサザンジール家は侯爵家。メイドとは無縁な身分なので、そんな屈辱的なことに耐えられるのか、と聞きたいのだろう。


もちろん、前世を思い出す前だったら、無理だ。けれど、日本にいた頃の記憶があるので、逆に身分制の方が違和感があるくらいなんだよね。


「全然平気よ。それよりも貴方を助ける方が先決でしょう」


私が言うと、その瞬間、アデルはストンと真顔になった。


「‥‥‥‥そろそろ、別の仕事に戻りますので。何か用があればお呼び下さい」


「?分かったわ。とりあえず、作戦は数日後に決行だから」


そして急な早口で、アデルはそう言い残して、部屋を出て行ってしまった。私の言葉にも軽く頷いただけだ。扉を閉める無機質な音が響く。いつもはいきなり出て行くなんてことはないのに、どうしたんだろうか?


「お見事です。ケイト様」


「お見事?何が?」


「知らなくても、問題はありません」


「そう?」


そうなのかな。テラは力強く頷いているが、問題あるような気もする。


「それよりも、お茶菓子を用意したのですが、召し上がられますか?」


薄いピンクで色付けされ、花の香りをほのかに漂わせたそれは‥‥


「薔薇のクッキーですよ」


「やったー!」


こういった経緯で、私はメイドに扮してビリアン家に忍び込むことになったのだ。



⭐︎⭐︎⭐︎




ということで、潜入作戦決行である。屋敷に入ってすぐに、アデルは一人の男性に話しかけられてしまった。


「そうですね、こちらに来るのは1ヶ月ぶりとなります。そろそろルーク様にお目通りをしなければ、忘れられてしまうかと思いまして。はは、冗談ですよ。ええ、定期報告を致しに来ました。‥‥彼女ですか?彼女は、新しいメイドになります。メイドの数を増やしたいとルーク様が仰っていたので。え?聞いてないですか?」


向かい合うのは、中年の人の良さそうな男性だった。不思議そうにこちらを見ていたので、とりあえずお辞儀をしておく。バレないか、少しヒヤヒヤした。


「そうだねえ。聞いてないね」


「まさか、キャメロン様が聞いていないとは‥‥‥困りましたね」


いけしゃあしゃあと、アデルは述べる。口八丁とはこういうことを言うのか。


「それでは、直接彼女を連れて行ってもいいでしょうか?」


「まあ、アデル君が言うなら大丈夫だろうね。一応、報告はさせてもらうけどね」


「ありがとうございます」


その男性はにこやかに言ってくれたが、その目線は鋭さを残している。

そのまま、その人から姿が見えなくなるまで、私はアデルの後を静かに付いて行った。が、角を曲がってすぐ、アデルは素早く鍵で扉を開けた。そして私の腰を抱いて、部屋に押し入った。


「ちょ、ちょっと急に‥‥」


「ここから執務室に繋がる隠し通路があるので、行きますよ」


私を気にせず、彼は部屋の奥にある壁を軽く押した。すると、壁が僅かに奥に開いた。その先には、暗闇と階段が広がっていた。

隠し通路だった。


私の返事を聞かずに、アデルは隠し通路へとさっさと足を進めてしまう。すると、通路の扉が閉まってしまいそうだったので、慌てて私も中に入った。


カツーン、カツーンと、足音が反響する。隠し通路は、思ったよりも整備されていたが、肌寒く、時々水滴の落ちる音がする。無言であることが少し恐くなり、私はアデルに話しかけることにした。


「まったく。最初からあの人につかまるなんて、ツいてないわね」


「想定内ですよ」


アデルは、私にチラリと視線を移して無機質に答えた。


「想定内?」


「あの人は、いわば門番です。あの扉が唯一、第一邸に入るための扉になります。窓は小さいので侵入出来ないようになっているので」


「しっかりしてるのねー」


ここまで、厳重に管理しているとは、かなり徹底していると言える。聞いてみると、第一邸を任されているルークの性格さ故だとか。隠し通路といい、門番といい、神経質な性格なのだろう。


それから、何回か通路を曲がったり、階段を更に降りたり、昇ったりを繰り返した。途中でこの道で合っているのか不安になったが、やがて目的地に着いた。


「いいですか?もう少し歩くのですが」


「すぐに執務室に繋がっている訳ではないのね」


「執務室前には、兵士が2人ほどおります」


「え」


「果物を素手で割った上に、粉々にできるほどの屈強さを持つ方々です」


「やばいじゃないの‥‥」


「なので、すぐに気絶をさせます」


自分がやります、とアデルは言い切った。


「‥‥‥‥」


「しかし、すぐに騒ぎになるでしょうから、時間はありません。無駄なく、迅速に終わらせましょう」


アデルは指示をしてくれるが、私はまどろっこしさを感じた。


「お嬢様?」


「気絶させる必要あるかしら?」


いや、ない。気絶させるのはリスクが高すぎるからだ。私は、アデルの返答を待たずしてドアノブに手をかける。


「こうすればいいのよ」


そして、そのまま勢いよく扉を開けた。



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