それぞれのその後 2
安宅丸が大越のクニヨン港に帰って来る。この港は沈香などの香木の産地だった。
そこで安宅丸は支店を設け、地元の住民が持って来る香木を購入していた。
運び込まれた香木の価値を鑑定するのが、盲目の鑑定士、菊丸だった。菊丸は応仁の乱で親を亡くし、安宅丸に拾われてここにいる。
安宅丸が支店で旅装を解き、隣接している二間続きの小庵に行く。
「菊丸、帰って来たぞ」そう、声を掛けた。香木の目利きをしていた菊丸が振り向いて微笑む。
「おかえりなさい、安宅丸。この度は、何日くらいこちらにおられるのですか」
「もう、どこにも行かない。お勤めは終わりだ」
「そうなのですか、それは、それは、長年にわたるお勤め、お疲れ様でございました」
「うむ。そうだな。思えばずいぶんと長いこと働いたもんだ」安宅丸が言った。
十六歳の時、堺の片田順のもとに自分の作った舟を持ち込んだとき以来、片田商店で働いてきた。もう、五十年にもなる。
「それでは、お祝いをしなければいけませんね」菊丸がそう言って立ち上がり、障子を引いて庵の空気を入れ替える。
障子を閉めた菊丸が香炉の前に座り、抽斗から香木の欠片を出して、銀葉に載せて、炉にかけた。
「ん、これは相当良い香ではないか」安宅丸が言う。
香名を言い当てることはできないが、安宅丸も香の良し悪しくらいは分かるようになっている。
「わかりますか。蘭奢待です」菊丸が言う。
「このようなものを焚いてしまってもいいのか」
「いつか、安宅丸が帰って来た時のため、欠片を少し取っておきました。犬が加えていった香木です。覚えていますか」
茸丸が所長室で、シイタケ煎餅を齧りながら茶を飲んでいる。
「所長~っ、ちょっと見て欲しいもんがあるんですけど」朝倉村の夏実が入って来る。
除虫菊を特定した研究員だ。
「今度は、なにを見つけたんだ」
「所長、ちょっと来てください」
二人が大部屋の共同研究室に行く。
「所長、ラディッシュって知っていますか」
「西洋から来た、小さなダイコンだな。二十日から三十日で収穫できる」
ハツカダイコンとも言う。
「そうです、そうです、赤とか白とか、色々な色の根が膨らんでいます」
「ラディッシュがどうした」
「赤いラディッシュと白いラディッシュを掛け合わせたら、何色のラディッシュが出来ると思いますか。赤カブの花粉を白カブの雌蕊に、白カブの花粉を赤カブの雌蕊につけました」
「何色って、赤と白だから、桃色になるか、それとも赤と白と、半々できるかな」
「あ~っ、そうですよね。どっちだと思います」
「どっちか選ぶのか」
「そうです」
「それじゃあ、桃色だ」
「桃色ですね、それでいいですか」
「いい」
「何か、賭けますか」
「何かって、何も持っていない」
「所長は手に『おせんべい』を持っていますよ」
茸丸が、うっかりシイタケ煎餅を持ったまま、やって来ていた。
「いいだろう。これを賭ける」そういって、煎餅を前に出した。
「ざ~んねんでした。所長の負けです。そう言って茸丸の手から煎餅を取り上げる。
「一カ月ほど前にやったとき、できた百個のラディッシュの色はこのようになりました」夏実が一枚の紙を取り出す。
そこには百のマス目があって、それぞれ色が塗られていた。
「なんだ、全部赤じゃないか」
「そうです、多少色に濃淡はありますが、全部赤です」
「赤になるという性質の方が、白になるという性質より強いのか」
「どうも、そのようです」
「なるほど、そういうものか」
「で、ここからが本当の問題です。『おせんべい』を取り返せるかもしれませんよ」夏実が言った。
「どういうことだ」
「この百個の赤いラディッシュを『第一世代』と呼ぶことにしましょう」
「よかろう」
「この『第一世代』の種を播いて出来た『第二世代』のラディッシュは、何色になるでしょう」
夏実がニタニタ笑いながら、茸丸の顔を覗き込んだ。




