それぞれのその後 3
「この『第一世代』の赤いラディッシュの種を播いて出来たラディッシュは、何色になるでしょう」朝倉村の夏実が言う。
「全部赤いラディッシュなのだから、『第二世代』も赤いラディッシュができるんだろう。違うのか」茸丸が言う。
「よ~く考えてくださいよ、全部赤ですか、それでいいですか」
「だって、赤と白をかけても赤だったんだから、赤と赤なら、なおさら赤になりそうなもんだろう」
「わかりました。では温室に行ってみましょう」そう言って、夏実が隣接した温室に向かう。
一坪ほどのところにびっしりとラディッシュが植えられている。茸丸と夏実がしゃがんで、葉をよけながら株の色を見ると、多くが赤だったが、白い株もあった。
「さっきの紙の色よりも白いのが混じっているな」茸丸が言う。
「そうなんです。数えてみたら赤が三、白が一の割合でした」
「なんで、赤ラディッシュ同士を掛け合わせたのに白が混じるんだろう」そういう茸丸の横で、パリッという音がした。夏実がシイタケ煎餅を齧った音だ。
「あっ、食べられた」茸丸が言う。
「だって、私の勝ちですから」
「で、三対一って、不思議じゃありませんか」
「そうだな、どういう仕組みになっているんだろう」
「私はこんなことを思いついたんです。学校の代数で習ったやつです」
夏実が手に持っていた、さっきの紙の端に鉛筆で数式を書いた。
第一世代 (Aとa)×(Aとa) ⇒ AとA + 2(Aとa) + aとa 第二世代
「この数式が、ラディッシュの色と関係があるのか」
「はい、ラディッシュのなかには一番目の要素と二番目の要素があって、その要素の組み合わせが色を決めるのではないか、ということです。Aが赤、aが白の要素です」
「なるほど、第一世代は、AaだけどAが『優勢』なので赤か」
「そう考えれば、AAは赤、Aaも赤、なぜならAが優勢だから、aaだけが白になりませんか」
「それで、赤と白が三対一になるというわけか、これはおもしろいかもしれない。なんで、こんなことを試そうと思ったんだ」
「赤ラディッシュの種を播いたのに、時々白いのが混じって出来るんです。で、なんでなのかな、って思って試してみました」
夏実がニコニコと楽しそうに笑っていた。
立冬は過ぎていたが、風のない、うららかな小春日和の昼時だった。
石英丸が研究室から奥の座敷に入って来る。昼の食事の準備が出来たことを『ふう』に知らせるためだ。
「『ふう』、昼飯の支度が出来たってさ」呼びかけてみるが、返事がない。
“いないのかな”そう思って障子の向こうの縁側を覗き込む。縁側に『ふう』が腰かけていた。
冬の傾いた日差しが、庭の池で反射している。ゆらゆらとした照り返しが、『ふう』の額に当たっていた。
左に連帳紙、右にミカンが二つ乗った小さな『盆』が置かれている。
『ふう』は居眠りをしているようだ。
『ふう』の背中を見た石英丸が、“ひとまわり、小さくなったかな”と思う。無理もない、『ふう』も齢七十に手が届くようになっている。
寝ているのならば、そのままにしておくか。昼飯はあとで食べるだろう、そう思った石英丸が座敷から出る。
『ふう』は夢を見ていた。自分が子供だったころの夢だ。
『ふう』の故郷、外山の村は、大和川が大和盆地に出てくるところにある。『ふう』は夢の中で大和川の河原にいた。十歳だった。
初夏の日差しが川面に反射して踊る。そのなかを竹製のスクリュー・ポンプで汲み上げられた川水が零れ、弾ける。
風を受けて風車が回り、放っておいても川の水がいくらでも汲み上げられてくる。
それを頭から受け、五歳の犬丸がはしゃぎ、叫んでいる。
陽光を浴びて白く光る水滴が周囲に散る。
風車を支える竹舳には、『じょん』が熱した火箸で刻んだ『フウ』と『イヌマル』の文字が読み取れる。
風を受けた竹の軋む音と、河原に流れ落ちる水の音が、いつまでも柔らかく響いていた。
“――もう、水で困ることはない”
夢の中で、幼い『ふう』が、そう思った。
- おしまい -
最初の投稿は2022年1月23日でした。それから中断を挟み、4年書き続けました。
長い物語にお付き合いいただき、たいへん感謝しております。
書き始めた時には、読んでくれる人なんているのだろうか、と思っていたのですが、『あとがき』を書いている時点で累計700万PV近くにもなっています。週休2日で連載するのは辛いものでしたが、やりがいがありました。
『感想が書かれました』と赤い字で表示されるたびに、読もうかな、読むのやめようかな、とドキドキしていました。けれども、ほとんどが好意的な感想で、執筆を続ける助けになりました。
感想を書いていただいた方々、応援ありがとうございます。
物語は終わりましたが、完了マークはつけないでおきます。
時々、物語に書けなかった『世間話』や『蘊蓄』を書きたいからです。
(話が脱線するたびに、どこまで大目にみてもらえるかな、とハラハラしていました)
そうしておけば、私の物語が風化することを、少しでも遅らせることができるかもしれません。
それでは、これからもよろしくお願いいたします。
令和八年『春分の日』の翌日 弥一




