行政官
一五〇三年四月二十一日の『チェリニョーラの戦い』に勝利したゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバは英雄となり、ナポリの総督に任命された。
彼は『エル・グラン・カピタン』、と呼ばれるようになる。日本語ならば『大将軍』といったところだろう。
注意すべきはエル・グラン・カピタン(El Gran Capitán)がイタリア語由来の呼称だということだ。スペイン語ではない。
それほどにナポリ王国での彼の人気が高まったのだろう。
ところが一五〇四年、彼を重用してきたカスティーリャのイサベル一世が死去する。夫でアラゴン王のフェルナンドは、ゴンサロのナポリでの人気がおもしろくない。
そこでゴンサロ・デ・コルドバを帰国させて、ジブラルタルに行かせた。
ゴンサロが、六千の兵を連れて、ジブラルタル半島の付け根のところに来た時のことだった。
正面の岩山の右から白い煙が立ち上り、まっすぐに天に伸びていった。MLRS(多連装噴進砲)二十輌、三百六十発のロケット弾が一斉に発射されたのだ。
相当高い仰角で打ち上げたのだろう、ジブラルタル・ロックの頂上を超えて、さらに登っていき、頂点に達し、砂州に落下して、無数の爆発がおきた。
「たいした歓迎だな」ゴンサロ・デ・コルドバが背後の騎兵に聞こえるように言った。そして振り向き、その若いスペイン騎兵に向けて言った。
「何を撃ってきたのか、調べてこい」
騎兵が一騎、駆け足で弾着点に向かって行った。
「全軍停止、騎兵の報告を待つ」
しばらくして、若い騎兵が戻って来た。鞍に白い布袋を結びつけている。
ゴンサロに向かって小声で報告する。
「これをご覧ください。ひしゃげた鉄の欠片です。数えきれないほど転がっていました。やつらは榴弾を撃って来たようです」
ゴンサロが袋の中に手を入れ、尖った鉄片に触る。まだ少し暖かい。欠片の端は尖っていて、これが人間に当たれば無事ではいられない。
“こんなものが、無数に飛散したのか。弾幕の下にいたら、ひとたまりもなかったろう”
同時にこんなことも思った。
“この若者は、部隊を動揺させないように配慮しているな。見どころがあるかもしれぬ”
ゴンサロが行政官を呼ぶ。『ムーア城』から撤退してきた男だ。もし『ムーア城』を再征服したら、必要になる男として連れて来た。
「どう思う」行政官に尋ねる。
「威嚇でしょう。無暗に近づくと死傷者がたくさん出るぞ、という意味です」行政官が言った。
「そうであろうな」
この一斉射は高い仰角で打ち上げられたものだ。着地点は発射地点から一キロメートル先だった。現在のジブラルタル空港の北端、スペインとイギリスの国境付近だ。
“あれは、もっと斜めに撃てば、より飛距離を稼ぐ兵器だろう”、ゴンサロが思った。そこで、スペイン兵を少し後退させ、城から三キロメートルほど離れた場所に布陣した。
現在の『ラ・リネア・デ・ラ・コンセプション』の町の北端あたりだ。
それぞれ千名ずつを統率する六人の大佐が工兵に塹壕掘りを命じる。布陣したゴンサロの兵は本能のように塹壕を掘る。
それから、一か月、二か月。
ゴンサロは兵を動かさなかった。彼の野戦城は城塞と呼べるほどに発達していったが、それでも兵は動かさなかった。
カスティーリャ摂政のフェルナンド王からは数度の督戦命令が来たが、無視した。
ここに布陣して、カタダ兵が出てくるのを防げば、事足りる、という姿勢だった。初日に見た一斉砲撃が忘れられない。
あんなところに兵を送り込むことはできなかった。
三か月が過ぎて、夏になる。新しい将軍が、ゴンサロ更迭の命令書とともにやってくる。
『エル・グラン・カピタン』が去り、新将軍が大佐たちの反対を押し切り、『ムーア城』への突撃命令を下す。
『ムーア城』から、砂州を走るスペイン兵に向けて硫黄焼夷弾が撃ち込まれる。ほぼ五百名の兵が目や喉の苦しみから脱落した。残りの兵が、なおも城に迫る。
それが、さらに二度続き、城に向かって走るスペイン兵は四千名程になった。
次の斉射は榴弾だった。
新将軍の目の前で、三千の兵が一瞬で骸となり、残りの兵は散り散りになった。
それを見た行政官が思う。
“やつら、攻撃するときには恨まれぬように攻撃する、と言っていたが、反対に攻撃されたときには容赦のないやりかたをするものだ。実に不思議な連中だ”




