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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2

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霧尽きて、天開く

 ジブラルタルの現地時間午前十一時頃になる。以前に少し触れたが、スペインでの時刻の感覚は日本の平均的な時刻の感覚より一時間遅い。日本ならば午前十時頃に相当する。


 海面をおおっていた霧が晴れて来た。市街からも『ムーア城』からも湾の艦隊が見えるようになる。

 市街の住民は家の扉を閉ざしているが、中庭から屋根に登り、湾を見ることが出来る。


『第一戦隊』旗艦の『金剛こんごう』から上空の観測機に、観測任務を解除する命令が出た。上空を旋回していた観測機が主翼を振りながら東に去る。


 石出いしでの藤次郎が指揮する『第一軍』には観測所の設営が命じられた。岩山の中腹、『ムーア城』よりも高い位置に仮設の弾着観測所を設け、二十四時間の観測を行え、ということだ。

 これは主に艦船から発射される重迫撃砲の弾着観測に使用される。


 藤次郎が四十名の兵を選び、四交代とすることにした。

『ムーア城』は海面からの高さが百メートル程のところに建てられている。それに対して藤次郎が一つ南の尾根、海抜二百メートルほどの張り出しを選び、観測所の設営を命じる。

 現在の『ルイス砲台』があるあたりだ。

 ここならば、城を見下ろすことになる。弾着を観測できると同時に、城の搦手からめて門、『ゲートハウス』からの出入りも監視できる。

 四十名全員が無線機や水、食料、銃砲などを背負って観測所の設営に向かう。


『港』地区の埠頭ふとうには、砲艦が次々と接岸し、兵、迫撃砲、砲弾などが上陸する。『港』地区の西城壁の上に中迫撃砲が並び、城に砲口を向ける。

 既に霧は晴れているので、直接狙える。


 昼過ぎには西城壁の迫撃砲が発射を開始した。これも草木灰そうもくばい弾だった。『ムーア城』の『旧市街』、『カスバ』『天守』地区に多数の砲弾が撃ち込まれ、草木灰の微細な粉が舞う。


 その粉が兵士たちの目、鼻、のどを襲い、戦闘は困難になった。風が吹けば、草木灰がさらに舞い上がる。

 そして灰は城の露天部分だけではなく、室内にも侵入してくる。


 当時『ムーア城』はスペイン王室直轄ちょっかつの城だった。なので城を統治していたのは王から任命された城塞司令官アルカイデと文官である行政官コレヒドールだった。

「これでは戦闘にならん」城塞司令官が言う。

「まったくです。あいつらは何を考えているんでしょう」行政官がそれに応える。


 二人とも、スペイン王室の有力な貴族だった。これは彼らの知っている戦い方ではない。彼らは銃、砲、剣、馬、槍、弓を使う。


 彼らから見れば、これはただの『嫌がらせ』だった。


「城内に水を撒かせろ」城塞司令官が言った。

「しかし、水には限りがありますぞ。むやみに撒くと城の飲み水が無くなります」行政官が言う。

「それはわかっているが、これは耐えられん」ぐあいが悪いことに、この司令官はのどが過敏だった。普段でも、すぐに咳き込む。


 司令官の寝室と執務室、それに『旧市街』地区の前線に水が撒かれ、乾燥して、また草木灰が舞い上がる。


 その日は、そのまま暮れた。




 翌日からは霧が出なかった。明るくなると、同じように草木灰弾が降って来るが、すこし様子が違った。

 ただの灰ではなかった。強烈な刺激があり、いっそうクシャミ、涙に苦しむ。

 城を守る兵は知らなかったが、草木灰にトウガラシ粉、胡椒粉、山椒粉が混ぜられている。


 それが二日続いた。ひっきりなしに水を撒いたので、城の雨水槽うすいそう、井戸が枯渇し、城塞司令官はベッドで悶絶もんぜつしている。


 数度、『ゲートハウス』からスペイン兵が出てきた。いずれも狙撃兵に狙われて城内に戻っていく。彼らは弾着観測所を知られないように、離れた場所から撃っていた。


 最後は硫黄焼夷弾だった。普通の焼夷弾は可燃性の油のみを弾頭に入れているが、これは油と硫黄を半分ずつ詰め込んでいる。

 着弾すると黄白色の煙を周囲に放ち、強烈な刺激臭が目や喉を襲う。さらに凶悪だった。


 行政官が城塞司令官に話しかける。

「もう、兵達が持ちませぬ。降伏しようと考えますが」

 司令官は呼吸が困難になっており、すでに話すことができない。息を詰まらせながら、何度もうなずいた。


『ムーア城』の一番高い塔に白旗ががる。片田商店軍の砲撃が止まった。


『旧市街』地区の城門が開き、白い布を持った行政官が、二人の兵を従えて傾斜路を降って来た。


『バルチナ門』の広場に日本兵が二列、向かい合わせに並んで銃を立てにささげている。『ささつつ』という敬意を表す動作だ。


 その先に新藤しんどう小次郎と、上陸してきたシンガが立っていた。

「私はラテン語を話すことが出来ます」シンガがラテン語で言う。

「それでは、Nos dedimus. In fidem vestram nos dedimus.(我々は降伏する。あなた方の慈悲に身をゆだねる)」

 シンガがそれを日本語に翻訳する。小次郎がうなずいて、右手を差し出し、両者が握手をした。


「立てぇー、つつ」と号令がかかり、兵が銃を降ろした。




「それにしても、なぜあのような戦い方をなされたのですか」行政官が小次郎に尋ねる。

 彼は軍人ではない、好奇心から尋ねたのだろう。

「そちらの損害を少なくしようと考えたからだ」

「なぜです、戦争をしかけておいて、なぜ、そのように考えるのですか」

「我々の目的はジブラルタルの占領支配であって、殺人ではない」

「それはそうですが、人的損害は戦争ではあたりまえではありませんか」

「人を殺すとうらまれる。人の恨みは長く続くものだ」

「そのとおりです」

「貴国の土地を奪うのだから、恨まれるのはしかたがない。しかし、恨まれるにしてもなるべく少なく恨まれたかったのだ」

 その答えを聞いた行政官が、噴き出すように笑った。まず、殺されることはない、ということはわかった。しかし、そのことで笑ったのではない。

 彼らの言っていることが、スペイン人には思いつきもしないことだったからだ。


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