のど自慢大会
「♪椰子の木蔭で、あの娘がっ、待ってる」
マーナが簡易無線機に向かって歌っている。無線灯台の役割として、声を出し続けなければならない、と言われていた。十六世紀初頭のカレクトの『流行り歌』か、なにかであろう。
マーナの周囲には、四人の『ヤシノミ隊』が立っている。
振幅変調(AM)方式では、無音でも搬送波自体は発信されているのだそうだ。
設備があれば、搬送波そのものを検知できるかもしれない。しかし連絡艇に載せて来た『背負い型無線機』だけでは、やはり、音声信号にしなければ強弱を知ることが出来ない。
また、現代のラジオや軍用無線で採用されている自動利得制御(AGC)などというものは搭載されていない。
そういうことで、戦場で『素人のど自慢大会』が行われている。
「ケホッ、ケホッ。もう無理だ、誰か代わって」マーナが兵に簡易無線機を差し出す。
四十代と思しき男が代わり、無線機に向かって歌いだす。
「♪お酒はココナツ酒がいい
肴は炙った海老でいい
……」
調子よくサビの部分まで来たところで、その兵士が言った。
「あれ、この機械なんかしゃべっているぞ」そういってマーナに無線機を渡す。
「小次郎さんかな。マーナです。……はい、わかりました。みんな、船が入港したので、もう歌わなくてもいいそうだ。港に行こう」
マーナ達が埠頭に近づくと、十人乗りほどの連絡艇が現れ、その後ろに砲艦の黒い影が浮かぶ。霧が濃い。
新藤小次郎も港に来る。
小次郎がマーナに言った。
「『ヤシノミ隊』五十名で迫撃砲と砲弾を『バルチナ門』の次郎五郎の所まで運んでほしい、ここの守備は砲艦『能代』の陸戦隊が交代する。それから迫撃砲の技術士官が『バルチナ門』まで行きたいそうだ。同行してくれ」
「俺が同行する」技術士官と呼ばれた男が言った。
「三十メートルもの近距離を迫撃砲で狙うなど、いくら『忍び』でも無理だ。それで俺が来ることにした」
「持参してきたものは」小次郎が尋ねる。
「言われた通り、軽迫撃砲二門と、榴弾百発、それに念のため焼夷弾を二十発持ってきた」
「五十人いれば、運べるか」
「砲が一つ五キログラム、砲弾は五百グラムだ。五十人もいれば散歩みたいなものだ」
「よかろう、この地区の南城壁に沿って行けば、次郎五郎に会えるはずだ。南東端の門の手前に階段がある。そこにいる」
「わかった」
「それと、同行するマーナが簡易無線機を持っている。それで次郎五郎と話せる」
「それは、助かる」
「お前さんかい、三十メートル先を迫撃砲で狙おうっていうのは」技術士官が次郎五郎に言った。
「いけないのか」
「出来ないことは無いが、非常に危険だ。やめておけ」そして士官が続ける
「この歩兵用軽迫撃砲は、だいたい百メートルから二百メートルよりも先を狙うように出来ている」
「それは知っている。しかし垂直近くまで射角を上げれば近くに落とせるだろう」
「それはそうだ、ただ一つ間違うと自陣に落ちてくるかもしれん。それに上空を向かい風が吹いているかもしれん」
「よく狙えば大丈夫だろう」
「この榴弾の破片半径は二十メートル以上だ」
「なるほど、それは危険だな」
「しかし、どうする。階段を登って敵の様子を見てくれないか」次郎五郎が言った。
「よかろう」そういって二人で南城壁の上に登った。
「一番右の窪んでいるところ、あそこの陰に上の地区に行く扉がある」次郎五郎が言った。
「ああ」と、技術士官。
「そして、左に斜めの筋があるだろう、ずっと向こうまで」
「ああ、見えるぞ」霧でかすんでいたが、次郎五郎の言った筋が見える。
「あの下に傾斜路があって、上が銃座になっている。一発撃ってみるから、見ていろ」次郎五郎がそう言って小銃を構える。
「よかろう」
次郎五郎が一発撃つ。それに答えるように筋の縁に十の白煙が上がった。
「なるほど、わかったよ。これならば三十メートル先に撃ちたくなるな」技術士官が言った。
「そうだろう、向こう側の傾斜路に落ちれば破片は飛んでこない」
「落ちれば、だな。しかし風向きによっては手前に落ちるかもしれん」
「そうだ」
「一つおもしろい撃ち方を見せてやろう。これは『忍び』でも知らないにちがいない」
「どんな方法だ」
「俺が『ウツロギ峠の戦い』でやった方法だ。迫撃砲弾の『水平撃ち』という」
「水平に撃てるのか」
「ああ、迫撃砲弾の先端には撃針がある。それが地面に当たって雷管を撃つと爆発するのは知っているな」
「知っている小銃弾を発射するのと同じ仕組みだ」
「輸送中にむやみに爆発しないように、安全装置が付けられている」
「安全装置があるのは知っている」
「『遮断子』というものが撃針と雷管の間に挟まっていて、雷管を叩かないようになっている」
「なるほど」
「この『遮断子』は、前向きの強い加速度を受けると、自動的に外れるようになっている」
「つまり、発射した時に自動的に外れるということだな」
「そうだ、それより前には砲弾の頭を板で引っ叩いても爆発しない」
「あまりやってみたくはないな」次郎五郎が言った。
「まあ、そうだ。それをやってみせよう」
技術士官が軽迫撃砲を城壁の狭間に水平に置き、固定する。中に焼夷弾を入れた。弾頭が少し外に出ている。
「よし、相手の火縄銃を挑発しろ」士官が言う。
日本兵が数名、敵の潜んでいる城壁に向けて小銃を撃つ。相手も一斉に撃って来た。
「いいだろう」そういって隣の狭間から身を乗り出し、迫撃砲弾の頭を細い棒で思い切り叩いた。棒は砲口にあたり、折れて落ちていく。後退した砲弾が筒の中の撃針を叩き、砲弾が水平に発射された。
焼夷弾が傾斜路の上の城壁にぶつかり、火の付いた油が道に降り注ぐ。壁の向こうから幾つもの叫び声があがる。
城壁のこちら側にも火の着いた油が飛び散ってきた。
「どうだ、やつらカチカチ山の狸のように逃げていくぞ」技術士官が言った。
「斜路に沿って、もう四、五発撃っておいてやろう。その間に突き当りの扉を破壊し斜路を押さえればいい」さらに技術士官が言う。
「すごいもんだな」次郎五郎が言った。
「ああ、真似するんじゃねえぞ、危ねえからな」
次郎五郎達が使用している歩兵用軽迫撃砲のモデルは旧日本軍の『八九式重擲弾筒』です。
作品冒頭で片田順と平井兵長がオーストラリア兵に対して使用していました。




