表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

659/703

レヴァンテ (東風)

 魚雷艇に残してきた装備を回収する兵を送り出した後、石出いしでの藤次郎がザ・ロックを見上げた。

 石灰岩の巨大な岩山が月の光を反射して銀色に輝いている。


 現在のザ・ロック西側斜面は樹木が茂っている。しかし、当時は樹木が少なかったと思われる。なぜなら、燃料としての樹木が必要だからだ。

 現在、西側斜面に生えている松、オリーブ、ユーカリなどは十八世紀以降の植林の結果だろう。

 また、ムーア城の周辺には、今でこそ住宅やマンションのようなものがたくさん建っているが、当時はこれらの建造物はなかった。防衛施設だったので、草すらも刈り込まれていたにちがいない。

 でなければ、敵兵が城のすぐ側まで、知られずに接近できてしまう。おそらく城の周囲は見晴らしのよい状態になっていたはずだ。


 藤次郎の前には、幅二百メートルほどの市街地が横たわっている。右手が山で、左手が海だった。現在のジブラルタルはかなり海が埋め立てられているが、当時の市街の幅は、この程度だった。

 だいたい、現在市街を南北に走る『ライン・ウォール・ロード』より西側は海だった。


 市街の向こう側、中腹あたりに、黒くムーア城が浮かんでいる。


 周囲が暗くなってくる。市街が闇に沈む。どうしたのだろう、と藤次郎が夜空を見上げると、岩山のいただきあたりに雲がかかり始めていた。


くもるのか、めんどうだな」藤次郎が小隊長に言った。散田さんだ護丸もりまるが小隊長になっていた。『第一軍』の副長も務めている。

「通信兵を呼びますか」

「ああ、そうしてくれ」

 通信兵がやってくる。背中に通信機と鉛電池を背負っている。

「『金剛』に通信だ」藤次郎が言った。

 通信兵が『金剛』を呼び、送受話器を藤次郎に渡す。

「『金剛』か、こちら『第一軍』石出の藤次郎だ」

「こちら、『金剛』の二番通信員です」

「『甲』地点上空に雲が広がって来た。朝にかけて、霧になるかもしれない。そちらからも確認してほしい」

「『甲』地点上空に雲、朝にかけて霧のおそれ、ですね。了解しました。そちらの作戦に支障が出そうですか、どうぞ」

「いや、いまのところは、そこまでではない。視程は数キロメートル以上ある。作戦上の支障はない。状況が変わったら、また連絡する。以上だ」

「了解です。通信を終了します」


 藤次郎が西に傾く月を見る。今夜は満月だったので、月の位置で大体の時刻がわかる。月が真南なら午前零時、水平線に沈む時が午前六時だ。

“午前五時頃か”藤次郎が思った。夜明けは六時過ぎくらいのはずだ。


 時が過ぎるとともに、月が水平線に近づく。それを追いかけるように灰色の雲が高度を下げてきて、ムーア城にかかりそうになる。

 藤次郎がもう一度無線を使い、そのことを『金剛』に知らせる。


 数時間後に、湾内の第一戦隊がムーア城を迫撃砲で攻撃することになっている。雲がかかっていては、攻撃できない。作戦に関わることだからだ。


 彼らは知らなかったが、ジブラルタルでは、よく見られる気象だった。地元で『レヴァンテ』と呼ばれている。『東風』という意味だ。

 東側の地中海の大気は温かい。西の大西洋は南下する寒流の影響で比較的冷涼だった。そこに東風が吹いてジブラルタル・ロックにあたると高度が増して冷やされ、水蒸気が凝結する。岩山を越すと、こんどは冷涼な気温により、さらに凝結度を増し、山肌を急速に駆け下る。

 とくに春によく現れる現象だった。


 ムーア城の天守に雲がかかったころに、城の脇にひとつ、火がともった。

「『第二軍』が城にとりついたのでしょうか、それにしては少し早いですね」小隊長の護丸が藤次郎に言った。

「もしかしたら、『第二軍』が敵に発見されたのかもしれない。一応『金剛』に報告しておいてくれ。それと、『ムーア城』が霧の中に入ったこともだ」藤次郎が通信兵に言った。

 命令をしている間に、城が霧の中に沈んだ。これで霧が続く間は、天守への攻撃は不可能になった。


「『第二軍』からは、なにも言ってきていないそうです。それと、『金剛』からの呼びかけに、『第二軍』が応答しない。とも言っていました」

「そうか」藤次郎が言った。


 彼は『第二軍』が失敗した時の次善の作戦を思いだす。もちろんその場合についての行動も作戦計画には含まれていた。

『第二軍』が失敗した場合、市街を制圧した『第一軍』は城の『港』地区と交戦することになる。『港』地区の城壁に近い市街の住居を何件か接収し、その屋根から城壁を攻撃することになる。『第一戦隊』は港に接近し、大量の迫撃砲弾を城の『港』地区に投下するだろう。


 彼我ひがともに被害が大きくなる作戦だ。できればやりたくはない。




『金剛』から無線連絡があった。

『第二軍』が、予定より早くムーア城北城壁にとりついた、とのことであった。

「なにか、不都合なことがあったのか」藤次郎が『金剛』に尋ねる。

「詳細なことは、わかりません。分かり次第お伝えします」通信兵が言う。


「隊長、南の水平線が白んできました」護丸が言う。直後に上空の雲が音もなく降りて来て、あたりが霧に包まれた。視程が百メートルほどまでに狭まる。

 藤次郎が、そのことを『金剛』に報告し、霧はあるが作戦続行に支障があるほどではない、と伝えた。


「教会が鐘を鳴らすはずだ。その鐘とともに市街に進むことにする」藤次郎が言った。


 この当時、各家庭に時計などはない。時計の代わりになるのは教会の鐘のだった。そして、藤次郎が言ったとおり、短い鐘の音が二度、市街の屋根を越えて響いてきた。


「みな、いくぞ、市街に進入して、制圧する。進め」藤次郎が低い声で命令した。通信兵が『金剛』に『第一軍』の進撃開始を報告した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ