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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2

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ランスの降伏

 ランスの大聖堂。

 母親が目を覚ました。身の回りを見る。幼い娘は無事だった。まだ寝ている。祈りを捧げているうちに、二人とも眠ってしまったらしい。

 前を見ると、祭壇があり、その向こうに後陣こうじんが見える。後陣とは、十字型教会の最奥部にある半円形の空間のことだ。

 高いステンドグラスから七色の光が差し込んできている。すでに日は昇っているようだ。


 残っている人々は昨夜より少ない、女や子供がほとんどだった。


 ドンッ、ドンッという低い音がする。あれは新教徒軍の大砲の音だろう。それで目が覚めたのだ。

 彼女の夫は守備隊の士官だった。夫はどうしているだろうか。城壁は破られるのか。どこか町の外に逃げた方がいいのかもしれない。




 ランスは厚い石灰岩地層の上に築かれた町だった。パリと同じだ。なので、ランスの住居は石灰岩を建材として使っている。

 パリと異なるのは、ランスでは石灰岩が計画的に採掘されたということだ。

 そのため、現在でもワイン蔵や倉庫などの地下ネットワークが機能している。

 それに対してパリでは大規模かつ無計画に石材が採掘されたため、時々落盤事故が発生した。


黄白色の柔らかい石材だ。陽の光に当たると柔らかい黄色に輝き、雨に濡れると蜂蜜色に見える。

 ノートルダム大聖堂も、貴族の邸も、そして町を囲む城壁も、この石灰岩によってつくられている。

 そして、石材を切り出した後に残った空間は地下倉庫やワイン蔵として使われている。


 石灰岩の城壁に新教徒軍が放つ砲弾が、繰り返し浴びせられる。北門の上に置かれた『張り出し』で、兵が鐘を連打した。


“いよいよ、駄目か。昼までの数刻ももたないのか”


 守備兵をまとめるランス守備隊長が思った。彼は不思議な立場にいた。フランス国王からランスの守備を任された身だった。それなのに国王が派遣してきた軍と戦っている。

 そして彼の傍らには、昨夜説教をしていたランス大司教と、市の参事会員達が立っていた。


 もし、壁が破られた場合、市としての態度を決めなければならなかった。降伏か、それとも徹底抗戦を決意して望みの無い市街戦に入るか。

どちらにするか、町の責任ある立場の人間が決断する必要がある。そのために集まっている。


 もし、敵の歩兵が雪崩なだれのように流れ込んで来たら、そのまま市街戦になる。しかし、これまでの経過を見ると、新教徒側は改めて使者を立ててくるだろう。


 そのときだった。大聖堂と同じ色の城壁、彼らが慣れ親しんだ黄白色の城壁に無数の亀裂きれつが現れ、次の瞬間に崩れ去った。市民の心の目には大聖堂そのものが崩れ去ったかのように映った。

 土埃つちぼこりが収まると、使者が白馬に乗ってやってきた。この方面の新教徒軍を統率する将軍、ルイ・ド・ラ・トレモイユ本人が使者としてやってきた。


 昨日、ランスに差し向けた使者が報告した。住民の反応は否定的だった、と。こちらの提示した降伏条件をまったく信用していないようだった

 ならば、自身が使者として乗り込んでいけば、言葉に重みが出るだろう。そう思ったからだ。


 将軍が守備隊長の前まで進み、馬を降りる。

「貴様がランス守備隊長か」ルイが尋ね、隊長が『そうだ』と答える。


「お役目、ご苦労である。私は国王の命によりランスを攻略しに来たが、フランス国民の生命を守ることも、同時に国王により命じられている。新教徒、カトリックの区別はない。抵抗を止めるのであれば、両者の生命は等しくフランス人として尊重する。降伏せよ」


 守備隊長、市参事達が安堵する。カトリックの虐殺はない、と国王が言ったのだ。


「では、なぜ『戴冠たいかんみやこ』ランスを攻撃した」大司教が言った。

「ランス大司教区と、ランス大聖堂参事会の解体を行うためだ。また大聖堂の所領は没収し国庫に編入する」


「神の物を奪うことは出来ぬぞ。神は見ておられる」ランス大司教が言った。

「神の物を奪うのではない。ローマ教皇の物を奪うのだ。大司教におかれては、ローマへの亡命を手配するので、『アルプスの彼方』の地に行かれるがよい」


「このランスのカトリック教徒はどうなるのか」

「信教の自由は認める。カトリック、新教どちらでも好む信仰を持つが良い。大聖堂は破壊しないので、そのまま使うが良い」


聖遺物せいいぶつは残すのか、聖人像はどうする。いずれも、貴様らの宗教が忌み嫌っておるしなだぞ」

「聖遺物なぞ、どこの馬の骨とも知れぬものだ。聖人像はカトリックが崇拝したいと言うのであれば、すればよい。フランス王国は干渉しない」


 大司教が周囲を見回す。彼以外の市民は、命の安全が保障される、ということで、すでに第三者になってしまっている。


「大学は残すのか」大学といっても、当時は神学を中心とした教育機関である。

「大学を残したいと言うのであれば、残せばよい。我々は破壊しようとは思わない。ただ」

「ただ、なんだ」

「大学で学んでいた学僧たちは、いまごろ、南の門からすべて逃走しているであろう。一人の学僧もいない大学を守ってもしかたがないと思うが」

 将軍の言う通りだった。学僧たちにはラテン語という武器がある。帝国、イタリア、スペインに行ってしまっても学問は続けられる。


「ただし、カトリック教徒による新教徒に対する暴力行為があった場合には、国王は許さないであろう。その逆も同様だ。そのような行為に及んだ者は王族であろうが、貴族平民であろうが、きつく処罰する」


「フランス国王がランスに申し出る条件は以上だ。再度、問う。降伏するか」


 ランスの町が降伏し、フランス王国が新教国家になった。


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