三十六話 ウンベホッコとの戦い
「クート!」
俺は叫んだが、一歩遅かった。
クートを剣で貫いてる人間の男は、その剣を斬り上げた。
腹部から肩口へと斬り裂かれたクートは、地面に倒れ伏す。
男が、クートにとどめを刺すために剣を突き刺そうとしたところで。
「させるかぁっ!」
俺の放った火の魔法が、ギリギリ届いてクートを守った。
飛びすさる男に代わって俺が近付き、クートを抱き起こす。
生きてはいる。かろうじて生きてるが、瀕死の重症だ。
今にも息を引き取ってもおかしくない。
「魔王を倒したかと思えば、側近の魔物が登場するとは。アルティメットゾンビ? 初めて見る魔物だ」
クートを瀕死に追い込んだ男は、俺の正体を見破った。
プリミティブゾンビじゃなくて、進化したばかりのアルティメットゾンビだって正確に看破したんだから、クートと同じように種族を判別できる能力があるんだ。
クートを倒し、特別な能力を持ってる人間となれば、一人しかいない。
「ウンベホッコ……」
「魔物の分際で、ボクの名を呼ばないでもらいたいな。大人しく、経験値になっていればいいんだ」
「け、経験値?」
「魔物を殺せば経験値になる。世の理だよ」
俺のZPと同じってわけか?
転生者らしく、俺と同じルールで動いてるんだ。
「まさか、町にゾンビ虫をばらまいたのは……」
「魔物にしては賢いな。ボクの経験値にするためだ」
なんてことを考えるんだ。俺も、そこまでは考えもしなかったのに。
人間を殺しても、ZPにならない。こいつの言う経験値も同じなんだろ。
魔物を殺さないとダメだから、だったら人間を魔物に変えてやればいい。
理屈としては分かるが、胸糞悪い。
俺は、ウンベホッコをにらみつけた。
「魔物はすべからく、ボクの経験値になるべきだ。そこのクギャートカレドァも、無論君も」
ああ、そうかい。経験値ね。
確かに、ゲームっぽく考えるなら、強い魔物ほど経験値は高くなる。
魔物の王のクートや、アルティメットゾンビの俺を殺せば、さぞ経験値も溜まるだろ。
できればな。
そんな真似はさせない。クートには、ウンベホッコに手を出さないように言われたが、こいつは俺が倒してやる!
クートをそっと下ろして、背後にいる人たちにちらりと視線を向ける。
正門を守ってた兵士や冒険者がいるんで、彼らにクートを頼もうと考えた。
伝わってくれるかな。
俺は、ウンベホッコをぶっ殺そうか!
まずは先制攻撃だ。油断してるウンベホッコをぶった斬る。
いざ尋常に勝負、なんて精神は持ち合わせちゃいない。
が、俺の剣撃は、あっさりと防がれてしまった。
だけど、これでいい。クートから引き離さないと。
「ああああああっ!」
裂帛の気合いで連続攻撃。ウンベホッコには全部さばかれてるが、少しずつ押せてる。
このまま、クートから引き離すんだ。
隙をついて、兵士がクートを保護してくれた。ナイス!
「よそ見している余裕があるかな?」
ウンベホッコの一撃は、俺が反応できないほど鋭い剣筋だった。
俺は、胸を深々と斬り裂かれる。
痛い! けど致命傷じゃない!
「食らえっ!」
最大火力の火の魔法をぶっ放した。
並の魔法使いじゃ足元にも及ばない、俺の全力攻撃。
なのに、ウンベホッコは涼しい顔で、魔法を受けた。
光り輝く白銀の鎧の前に、俺の全力は通用してない。
「てんでなってないね。火の魔法ってのはさ、こう使うんだよ!」
マンガかラノベにでもありそうなセリフをのたまいながら、ウンベホッコも火の魔法を使う。
右手には剣を持ち、左手には巨大な火球が出現する。
俺よりも、遥かにでかいし、しかも青白い炎だ。
火の温度が高くなれば、赤から青になるってのは、学校で習う常識だ。
女魔法使いの火球は無傷で済んだが、あんなものを食らったら骨まで燃やされるぞ。
「ほらっ!」
青い火球を放たれて、俺は慌てて横っ飛びで避けた。
直後、轟音。ウンベホッコの火球が地面に直撃すれば、地面が溶けた。
燃えるとかじゃなくて、溶ける。いかに高温か、嫌でも理解できる。
「今のは、初歩の初歩である魔法だ。しかし、使い手次第では、ここまで化ける」
「ご丁寧にどうも! 物語の主人公気取りかよ!」
「主人公というか、勇者かな。魔王を倒したのが、何よりの証拠だ」
「亜人との戦闘でのダメージがなかったら、クートがお前に負けるかよ!」
「どうだろう。確実に勝利できるとは思えないが、九割方ボクが勝つはずだ」
クートと似たようなことを言いやがって。
どっちも負けず嫌いなのかもしれないが、クートは微笑ましいって思えたのに、こいつだとムカつくだけだ。
とはいえ、強いのは間違いない。剣も魔法も、俺じゃ太刀打ちできない。
俺が攻めあぐねてると、ウンベホッコはまたしても魔法を使う。
「こんなこともできる! 勇者ウンベホッコが命ずる! 聖なる風よ! 悪しき魔を斬り裂け!」
大仰な詠唱から繰り出されたのは、風の魔法だった。
竜巻が発生して、俺は呑み込まれてしまう。
全身を粉微塵に刻まれるほどの衝撃だ。いくら頑丈な魔物でも、これは……
このまま殺されるかと思ったが、ウンベホッコは途中で竜巻を消した。
空高くまで巻き上げられていた俺は、地面に激突する。
「ガハッ!」
「勇者ウンベホッコが命ずる! 聖なる水よ! 悪しき魔を清めよ!」
水の魔法による津波が俺を襲う。
火球を放って抵抗するが、そんなものは大津波の前では意味がなく。
水の質量に、俺は押し潰された。
今度も、ウンベホッコが途中で津波を消したんで、死にはしなかったが……
俺は、半死半生だ。ズタボロになって地面に転がってる。
生きてるのが不思議なくらいだ。
もう、痛いって感覚すらよく分からなくなってる。
俺、ここで殺されるのかな?
クートに言われたように、ウンベホッコには手を出さなきゃよかった。
後悔しても遅い。俺に打つ手は……
と、諦めムードになってた俺は、地面を這いずる虫を見つけた。
ゾンビ虫だ。なんでここに?
ああ、そっか。気球を撃ち落とした時、乗ってた亜人やゾンビ虫も一緒に落ちたのか。
ふと、思いついた。
ウンベホッコがいくら強くても、人間なんだったら。
魔物の俺にあって、ウンベホッコにないのは、ゾンビ虫への耐性だ!
キモいゾンビ虫をつかんで、ウンベホッコの顔面に投げつけてやった!
白銀の鎧を着ていても、顔は露出してる。ゾンビ虫に刺されれば、ゾンビになる。
俺の目論見は、半分は成功した。
ゾンビ虫は、ウンベホッコの顔に当たった。
多分、刺されたとも思う。少し腫れてるし。
でも、ゾンビにはならなかった。
わずかな腫れも、すぐに引いた。綺麗な顔に元通りだ。
な、なんで? 人間なのに、なんでゾンビにならないんだ?
「最後の悪足掻き、ご苦労様。残念ながら、ボクは状態異常に耐性を持つんだ。だから、毒の類は効かないし、ゾンビ虫に刺されてもゾンビにならない。ついでに言っておくと、自然治癒能力も高いからね。この程度であれば、瞬時に治る」
状態異常への……耐性……?
剣に魔法に、状態異常耐性、おまけに治癒能力かよ……
チートのオンパレードだな。俺の完全上位互換みたいな奴だ。
ダメだ、これ。万策尽きた。
「効かないとはいえ、ボクの顔に気持ち悪い虫を投げつけてくれたことには、お返しをしないと。どういう死に方がお望みかな? 四肢を斬り落としてダルマにしてやろうか?」
勇者とはほど遠い、サディスティックな笑みを浮かべるウンベホッコ。
サディスティックな一面まで、クートと同じかよ。
リュエや透歌は、優しい性格だったな。
クートは、二人を見習えって思ったもんだ。
走馬灯のように、リュエたちの顔が脳裏に浮かぶ。
ごめんな。せっかく告白して恋人になれたのに、俺は死ぬみたいだ。
「アルティメットゾンビとなると、君にもゾンビ虫が効かないのかな? 全身をゾンビ虫まみれにして、虫葬というのも考えたが」
虫葬なんて言葉、初めて聞くぞ。鳥葬なら知ってるが。
ゾンビ虫の虫葬とか、最悪な死に方だ。
俺は、とことんゾンビ虫に振り回される人生だったな。
リュエと出会えたように、いいこともあったが。
リュエを進化させようと、ゾンビ虫を潰させた頃が懐かしい。
……進化? ゾンビ虫?
も、もしかして……
うまくいく保証はない。
でも、何もせずに殺されるくらいなら。
一縷の望みに賭けてみるのも、悪くない。
チャンスは、多分一度きりだ。
神経を集中しろ。耳を澄ませ。五感が鋭くなってる俺なら、聞き分けられるはずだ。
正門前で繰り広げられたのは、俺とウンベホッコの戦いだけじゃない。
町に侵入しようとする亜人が、兵士や冒険者たちと戦ってた。
今、ここには、亜人の死体が転がってる。
その中にある物を、探し出すんだ。
「……そこだあっ!」
最後の力を振り絞って、俺は火球を放った。
狙ったのは、亜人の死体。物言わぬ躯が灰に帰る。
亜人の体内にいる、ゾンビ虫と一緒に。
すると、俺の肉体に変化が起こり、鈍く光り出す。
よし! 賭けに勝ったか!?
さあ、どうなる!?




