表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第五話 小鹿ちゃんのアヒルちゃん

三玲さんがここで唯一の本物なら、私を含めたみなさんは偽物なのだろうか。


「暇鹿ちゃん、こんにちは」


今日も半分振り向くと、ベランダへの扉から矢崎さんの姿。


「『ひまじか』はひどいですね。私自身は別に暇じゃないんですよ」


だからと言って、忙しいわけでもないが。


「来る度に増えてるね。針金細工が、ごろごろと」


本日のお供はタピオカミルクティーらしい。

ストローが太い。


「行き場所がない子たちなんです。切ないでしょ?」


私の周りにごろごろと存在する林檎やアヒルたちをなでる。

まるで私が産んだ、針金の子どもたちのように。

でもそれらはいつだって私自身だ。


「里親を探そうか……」


子どもたちに視線を注ぎつぶやいて、小さな思案を頭の中に浮かばせている表情。

口にくわえられたストローの中央でタピオカが待っている。


「この子たちがいい一生を過ごせそうなところがあるんだよ」

「え?どこです?」


『なんとかごっこ』のような真似事を忘れて、素の状態で尋ねる私。


「俺の友達が、兄弟でカフェやることになったんだけど。そのカフェに似合う気がする」

「『気がする』?」

「気がする」

「売り込めと?」

「いや」


目を大きく見開いている私を見て、おかしそうに笑う。

待ちわびたタピオカが吸い込まれる。


「俺が推薦しとくよ。小鹿ちゃんのアヒルちゃんって言って」


そう言ってアヒルを手に取り、愛でるようになでる。


きっとその友達さんは「鹿?アヒルでしょ?」というようなことを口にするに違いない。


そして、ふと思う。


矢崎さんは三玲さんの作品も愛でているんだ。


今、このアヒルちゃんが受けている愛情とは比にはならないくらい。


人生をかけているくらい。


「この前、初めて三玲さんを見ましたよ」

と、話題に出してみたいが勇気が出ない。


その後にどんな言葉を続ければ、矢崎さんが億劫にならず話してくれるか分からなかったから。


「ありがとうございます。でも無理しなくていいですからね。こうやって、たまに誰かに見てもらえれば満足ですから」


三玲さんのことを考えるのをやめて、感謝の意を伝えた。


「俺以外に誰が見るんだよ」

「う……。たまたま窓から顔を覗かせた人とか……」

「それ、『見る』っていうか『目に入る』レベルだな」

「ま、まぁ……。あーでも、リカさんは『可愛いねー』って言ってくれましたよ」

「……なんかもっとちゃんと見てくれる人いねえのかよ。あ、彼氏に送りつけてやったら?」

「こんなものいらないでしょ」


当たり前のようにそう答えると、矢崎さんはアヒルちゃんをまじまじと見た。


「俺だったらいらなくはない」


ベランダの床に置かれたタピオカミルクティーは、いつの間にか飲み頃の温度を失っているようだった。


『俺が小鹿ちゃんの彼氏だったら欲しいよ』という気持ちが、たくさんの曲がり角を経由させられて、じわじわ伝わる。


でも彼氏ではないあなたに、安易にアヒルちゃんを託すことはできない。


そんなことをしたら、ここで唯一本物のあなたの彼女はどう思うだろう。


偽物であり、女である私の作品。


矢崎さんが完成させようとしている環境の中に、アヒルちゃんはいらない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ