第六話 世界は、世界の端で起こっている光景を知らない
『ごめん、この前空いてるって言ってた来月の土日、試合入ったわ』
この画面の字をじっと見つめることで、何かが分かるわけではないのに。
いつものベランダで体育座りをしながら、携帯を片手に作業を中断している。
もとから、土日のためだけに帰れないって言ってあるじゃないか。
わざわざ報告するのは、少しでも私に、会いに来いって意思表示するためなの?
『来月のその土日は無理だけど、違う日に帰って来てくれるよな?』ということ?
会いたいと思ってくれるのは嬉しい。
でも。
自分が来ればいいのに。
ご機嫌をうかがって、あなたのいいなりばっかりになるのは嫌なんだ……。
あなたが、負けるのが嫌いってことも分かってるんだよ。
この大学がある街を見て、そこに通う私を見て、きっと素直に楽しめないよね。
だって私たち、出会ってから二人で勉強しかしてこなかったんだから。
ここを目指して。
「ん?」
メール受信画面に珍しい人の名前。
『小鹿ちゃんのアヒルちゃんの居場所確保!詳細報告に向かう!』
自分本位で冷たい『会いに来て』と、私へ真っ直ぐ降り注ぐ温かい『会いに行く』。
私が一番会いたいのは……。
先程とは違う感情で、画面から目が離せない。
ここから見える空と木々は変わらず、私の味方のような光の粒が散りばめられた色をしている。
周りには、私が丁寧に産んだ針金細工の子どもたち。
女子大生が、真昼間に一人でこんなところにいるのは健全じゃないかもしれない。
でも、ここにいると。
「お、小鹿ちゃん!やっぱり今日もここにいたか!」
底から満たされる。
「カフェの友達が、アヒルちゃん置きたいってよ!」
ずっと欲しかった感覚に近づけている今。
「で、そいつが、小鹿ちゃんの繊細な感覚を見込んでな」
心の芯を突き刺している場所は、ここ以外にあり得ない。
「小鹿ちゃんに、太い針金でシャンデリアを作って欲しいと」
……は?
「シャンデリアって……何ですか?」
「え?城の中にありそうなー……」
「じゃなくて、いや、はい、シャンデリアは分かります。あのキラキラしたやつですよね、あのキラキラした、あの……」
「まあまあ、落ち着きなさい。そいつは何もキラキラした硝子のシャンデリアを作って欲しいというわけじゃない。オール針金プラス小さな電球いくつか、みたいなシャンデリアがお望みらしい」
そう言って、矢崎さんはズボンのポケットから雑誌の切り抜きのようなものを出して広げた。
確かにそれは、ペンチを使わないと曲げられないような太い焦げ茶針金で無数に美しいラインを生み出されているシャンデリアだった。
いくつもの赤みがかった黄色の小さな電球が、ラインの盛り上がり部分につぼみのように存在する。
私は口を閉じるのも、何か返事をするのも忘れて、ただそれを見ていた。
「小鹿ちゃん!これはチャンスだろ!」
「はっ」
「見込まれたんだ!」
世界は、世界の端で起こっている光景を知らない。
遠くでボールを蹴っている彼氏や、アトリエで作品と勝負している彼女や、壁一枚向こうで黙々と作業し続けるサークルのみなさんでさえ、ベランダで起こっている光景を知らない。
私の心が満たされていく道を先導してくれながら、私より喜ぶあなたの姿を。




