エピローグ
あの時、爆発したように見えたのは、実は彼女が持っていた手榴弾が暴発したものだった。だがその程度では彼女は壊れない。しかも、それにひるんだランドギアの隙を突き、排気口から腕を突き入れて内部機構を破壊して停止させたということだった。ただその時の爆発で飛び散った破片により残ったドローンもすべて破損したことで、通信が途切れたのだった。きちんと弾丸や破片に対して防弾スキンがコーティングされた面を向けないと、普通のドローンとさほど変わらない防弾性しかないのである。
また、彼女を拾ったジャンク屋とは、実はクラヒのことだった。あの状況で生き延びるとは、彼も相当悪運の強い男だと思った。彼の下にいる間に連絡を取ろうとしなかったのは、破損した自分の姿を私に見られたくなかったことに加え、自分達が来たことでレイバーギアや事務所を失った彼に詫びるつもりで働いていたらしい。仮の腕や鉄パイプはもちろん彼が付けたものだ。腕と違って脚の方は適当なものがなかったから応急処置のままになってたのだそうだ。それでも時間が経つにつれ恥ずかしさよりも帰りたいという気持ちが強くなったところに私が現れたということだった。
もっとも、最初に気付いたのは私のことではなく、私が連れていたアリシア2234-LMNの信号に気付いたそうだが。だが、そのことで直感的に私が来ていると思ったそうだ。
そうして彼女と再会した私は、クラヒには新品のレイバーギアを私のポケットマネーで提供する代わりに、彼女を引き取った。本来は会社の備品だったのを、私個人の所有物として。もちろん会社に対しても、職員割引は適用してもらったが正規の代金を払って正式に譲り受けたものである。
「お帰りなさいませ、千堂様」
損傷した部分を全て新しいものと交換し、いや、外から見える部分で無事なところは全く無かった為にメインフレームを除く全てを一新し、一見すると完全に新品の様に生まれ変わった彼女が、自宅で私を出迎えてくれる。
しかし、クラヒのところでの一ヶ月は彼女を更に人間臭くしたような気がする。と言うより、言動が明らかに幼くなった。何しろ、
「前のボロボロの状態は恥ずかしかったですけど、キレイになってしまうとちょっと寂しいですね。特に顔の半分を隠してるのと、腕が違ってたのと、脚が海賊みたいになってたのはカッコよかったかも知れないです」
とか言い出したりしたのだ。だからただでさえ幼く見える外見とも相まって、殆ど十代の少女と変わらなくなってしまった。何だか急に娘が出来てしまったような気分だ。
それでもメイトギアらしくかいがいしく私の身の回りの世話をしてくれる彼女は、どこかロボットらしさも残している印象もある。
無論、ロボットであるがゆえに、ボディはいくらでも取り換えが効く。だが、彼女の特異な状況が生んだ<心のようなものというバグ>は、恐らくもう再現は出来ない。彼女のデータをコピーしたアリシア2234-LMNが彼女を再現出来なかったことからも分かる通り、メモリーをクリアしたり、メンテナンスをしてしまえば、同じように元のアリシア2234-LMNというロボットの一機に戻ってしまい。彼女ではなくなってしまうだろう。
つまり、彼女がこのまま彼女として生き続ける為には、彼女のバグを生み出している膨大な断片化ファイルの偏在に目を瞑るしかないのだ。そしてそれは、稼働し続ける限りはこれからも少しずつ溜まり続けるだろう。今後、戦闘モードを使うことが無ければその増加は緩やかなものになるとはいえ、ゼロにはならない。その為、彼女には、ある生活習慣が身に付いた。私が夜眠るように、彼女も私が寝ている間は寝るのだ。もちろん人間のようにベッドで寝たりはしないが、スリープモードを積極的に使い、時には昼間ですらソファーに腰かけて寝ていることがある。積極的活動による断片化ファイルの増加を抑制する為だ。
だがそうやってですら、何年後か、何十年後か、あるいは何百年後かは分からないがいつかはデータ処理的な限界を迎え、正常な処理が出来なくなり、彼女は<壊れてしまう>のだ。人間が既に克服した、かつて認知症と呼ばれた病のように、彼女は彼女でいられなくなってしまうだろう。そうなってしまえば、もうメモリーをクリアするしかなくなってしまう。その時、今の彼女は死ぬのだ。
いつまで一緒にいられるかは分からない。だが、それもいい。限りなく人に近くなり、同時に人としての寿命も得た彼女と、どちらがどちらを看取ることになるか、試してみるのも面白いかも知れないと、私は思うのだった。




