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愛の形

翌日。

翔はまた、いつものようにパン屋に来ていた。

しかし今日の目的はいつもとは少し違っていた。

「あの……亜矢子さん!」

「いらっしゃいませ、あらこんにちは翔君。昨日のパン、食べてくれたかな?」

翔は焦りながら店に来たが、対照的に亜矢子はいつものようにケロッとした表情で翔を出迎える。

「もちろん、全部食べました。でも……聞きたいことがあるんです」

「そうだね……翔君、今日はお店お休みにするから、ウチに上がらない?」

「え?」

翔は言われた言葉の意味がしばらくわからず、ポカンとする。

亜矢子はにこにことしながら、両手を胸の前に合わせ合わせてお願いの姿勢を取る。

「私、翔君とちょっとお話したい気分なの……どう、かな?」

「は……はい! お、俺で良ければ!」

「ふふ、じゃあ先に上がって待っててね。あ、今日一日お母さん出掛けてていないから」

亜矢子は悪戯っぽい笑みを浮かべると、店の看板をOPENからCLOSEに直しに行く。

「ふ……二人きり……」

翔は顔を真っ赤にして、二階へと上がる。

亜矢子がパンと麦茶を持って来るまで、自分が今日ここに来た目的を忘れてしまう程だった。


「お待たせ、翔君」

「は、はい……亜矢子さん」

翔は二つの意味で緊張していた。

一つは翔の想い人、亜矢子と小さな部屋で二人きりでいるという事。

そしてもう一つは……昨日のパンの事を、これから直接聞こうとしている事だったのだ。

「もう、そんな固くならなくてもいいよ。それより、昨日のパンはどうだった?」

「俺……あまり、答えたくありません」

「あのパン、元彼なんだ」

「……え?」

翔は硬直する。

亜矢子に恋人がいた事など、今まで全く知らなかったのだ。

そして、あのパンがその人物となると、つまり……。

「翔君、大丈夫? 顔青いよ?」

「だ、大丈夫です……話、続けてください」

翔は麦茶を喉に流しこみ、なんとか平静を保とうとする。

「彼はとても優しい人でね、本当に大好きな人だったの。それはもう、食べちゃいたい位」

「……それで、パンにしたんですか?」

「もう、結論出すの早いよ、翔君。それでね、指一本だけでいいから私に頂戴って言ったの。そしたら彼、なんて言ったと思う?」

「うーん……なんて言ったんですか?」

「お前みたいなキチガイ女と付き合えない、別れよう……って! あんなに優しくしてくれて、私に愛を誓ってくれたのに! 酷いと思わない?」

「指一本欲しがった位で亜矢子さんをキチガイ呼ばわりだなんて……酷い!」

「そうでしょ?」

翔は気がついていなかった。

自分の発言もおかしい事に。

「だから、いっそ私も自分の思ったまま行動しようと思ったの。彼を呼んで、もう一度指をくれないかお願いしたの。こうやって……」

亜矢子は四つん這いになると翔の右手をとり、その人差し指をペロリと舐める。

「んむ……」

そして口に含むと、舌を絡め、愛しい物のように舐めしゃぶった。

「あ……亜矢子さん?」

「……こうやって、舐めたの」

動揺する翔を、大人の顔で上目遣いする亜矢子。

亜矢子が指から唇を離すと、唾液の糸がつぅっと伝った。

「でも彼、私の頬を叩いて……これから別の女の子とデートなんだって私を拒絶して、出て行こうとしたの。まあ、そうなるだろうとは思ってたけどね。だから私、めん棒で彼の頭を思いっきり殴ったわ」

「……」

「何度か喚いてうるさかったけど、何度も殴ってるうちに静かになったかな……」

「……そして?」

「お店にある精肉機にかけて細かくミンチにして、後は翔君のご想像通り。パンにして食べたわ」

「どうでしたか?」

「それはもう、不味かった! あと脳みそもカレーにしてカレーパンにしたけど、あれも最高の不味さだった!」

亜矢子は思い切りため息をつく。

「私、その時にはもう彼の事好きじゃなかったみたい。だから何個か、翔君に押し付けちゃった。ごめんね?」

「パンの事はいいんです。でもそれはすごく……」

「すごく?」

「おかしな彼氏さん、ですね。亜矢子さんにそんなに愛されてるのに、他の女の子の方に行っちゃうなんて。俺なら、考えられません」

「翔君が私の彼氏だったら、指、くれた?」

「俺が亜矢子さんの彼氏だったら……」

翔は少しだけ考える。

そして少し赤面して下を向きながらだが、はっきりと亜矢子に告げる。

「指も……指だけじゃない、亜矢子さんが欲しいって言った体の部分、なんでもあげました」

「翔君……」

「それで亜矢子さんの一部になれるなら、本望ですから」

「ふふ、翔君って可愛いね」

「そんなことないです!」

「……ねえ翔君、私に全部頂戴って言ったら、全部くれる?」

「……はい!」

「じゃあ」

亜矢子はエプロンのポケットから、めん棒を取り出す。

翔は目を瞑ったが、亜矢子から逃げはしなかった。

「私、翔君が食べたいな」

鈍い打撃音が部屋に響く。

そして亜矢子は翔の体をぎゅっと抱きしめると、「これからいっぱい、愛してあげる」と囁いた。

翔の顔は、笑っていた。


END

読んで頂きありがとうございました。

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