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ベーカリーきさらぎ

夏のとある土曜日――

空には雲ひとつ無く澄んだ青空が広がっていて、容赦無い日差しがコンクリートをじりじりと照りつける。

まだ高校生一年生の少年、南雲翔はゆっくりとした足取りである店へと向かっていた。

ハンカチで汗を拭きながら、歩き慣れた道を進む。

「ふう……ついた」

翔は小さな店に入る前に、大きく深呼吸。

看板には、『ベーカリー きさらぎ』と書かれてある。

よく掃除され光るガラスの扉を、ぐっと開き店内へ入る。

「こ、こんにちは」

「いらっしゃいませー!」

翔を出迎えたのは、焼きたてのパンを店に並べる作業をしていた明るい声の店員。

このパン屋の娘、如月亜矢子であった。

「わあ、こんにちは翔君! また来てくれたんだ!」

亜矢子は翔に気がつくと持っていたトレイを棚に置き、オレンジ色のエプロンを揺らしながら翔に駆け寄る。

翔より三つ程年上の亜矢子だが、容姿やその仕草は実際の年齢より幼く見えた。

「いつも来てくれて嬉しいな、翔君ってパン好きだよね」

「俺、この店の……亜矢子さんのパンがすごく好きなんですよ」

半分嘘だった。

亜矢子のパンが好きなのは、間違いではない。

しかし本当の目的は、パンではなく、亜矢子本人なのた。

翔は亜矢子に一目惚れして以来、何度もこのパン屋に通っているのであった。

次第に亜矢子と話す回数が増え、仲良くなり、翔は下の名前で呼んでもらえる事に喜びを感じていた。

「まあ嬉しい! でも、私よりお母さんが焼いたパンが並んでいる時の方が多いのよ?」

「え、えっと……それでも、このパン屋のパンは全部美味いですから! さあ、今日はどのパンにしようかなー、あはは……」

翔は慌てた様子でトングとトレイを掴み、店内を見渡す。

亜矢子はクスッと笑ったかと思えば、突然思いついたように両手をぱちんと叩く。

「そうだ、翔君に食べて貰いたいパンがあるんだけど……いいかな?」

「え、亜矢子さんが焼いたんですか?」

「そうよ。お代はいいから、良かったらいくつか貰ってくれる?」

「は、はい! もちろん、喜んでいただきます!」

「じゃあ、今入れてくるから待っててね」

亜矢子はにこりと微笑むと店の奥へと消えていく。

階段を登る音がするから、恐らく二階の住居スペースへ上がったのだろう。

翔は密かにガッツポーズを作り、喜んでいた。

そして数分後、パンが入っていると思われる紙袋を抱えて亜矢子は翔の前に戻ってきた。

「はい、どうぞ! 次に来た時に、食べた感想を教えてね」

「ありがとうございます、亜矢子さん!」

「それじゃあまたね翔君。ありがとうございました、またお越しください!」

「あ……はい、また来ます!」

翔の本音としてはもう少し居座って雑談したかったところだが、もうパンを貰ってしまったのだから仕方がない。

少し重めの紙袋を抱え、翔は家路についた。

五月に書いたSSです。

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