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双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~  作者: モモンガ・アイリス
第三章

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第六十五話(第三章プロローグ)




 敵の剛剣がこちらの刀を割ったかと思えば、肩口から深く斬り込まれた。刃が鎖骨を小枝のように断ち割り、心の臓まで到達する。最後に残された意識を掻き集めて敵の剣士を賞賛しようと思ったのに、敵はこちらをもう見ていない。

 奴にとっては、己もまた有象無象に過ぎなかったのだ。

 そうして見届け人が不在の立ち会いは終わり、死体がひとつ残された。


 またあるときは、数人の死体をつくって息を切らしていた。

 奇跡的に折れずに済んだ刀を鞘に収め、それを杖がわりに突きながら、燃えるような呼吸を繰り返す。喉が焼けたのかと思うほどに空気が熱い。そのまましばらく乱れたままの呼吸を続けていると、遠くから幼子が駆けて来るのが見えた。

 仇は討ったぞ、と言いたかったが、呼吸が邪魔をする。

 幼子が悲壮な顔つきで飛び込んで来て、腹を短刀で刺された。

 どうして、と思ったが、何度も何度も刺されたせいで、問うことさえできない。

 死体の山に、死体がひとつ追加された。


 戦場では槍を持たされ、奇跡的に三人殺した。そして殺された。手柄を上げて帰って来るぞと言ったときの、妻の顔を思い出そうとして、もはやそんな時間がないのに気づく。自分の首がごろごろと地面を転がっている。


 別の戦場では矢が尽きるまで弓で射った。

 本当に矢が尽きてしまったので、指示を仰ぎに本陣へ戻ろうとしたら、すでに本陣は落とされていた。敵の奇襲作戦が成功したのだ。敵将の号令の元、今度は自分の身体に無数の矢が射られた。まったく、一射で事足りるだろうに――そう思った。


 死んだ。また死んだ。次も死んだ。別のところで。別の時間で。別の世界で。何度も。何度も何度も。殺して、殺された。殺すことも出来ずに殺された。守り切って命が尽きた。守ることもできずに蹂躙された。泣きながら死んだ。叫びながら死んだ。なにも言えずに死んだ。満足して死んだ。死んで堪るかと思いながら死んだ。


 刀で。剣で。槍で。斧で。矢で。鎌で。縄で。罠で。力で。魔法で。悪意で。合意で。大義で。正義で。非道に。戦って、戦って、戦って、死に続ける。殺した分だけ殺されて、死なせた分だけ死なされて、守った分だけ奪われた。それなのに、また誰かが武器を取る。死なせるために。死なせられるために。


 魂の半分が、赤黒く染まっている。

 禍つ月の記憶が、この光景を見せているのだ、と判る。


 朝が来ない。何回死んだ? 何回殺された? 百や二百は超えている。男も女も子供も老人も、誰もが武器を手にして、届かずに終わっていく。


 いいよ。判ったよ。何回だって死んでやる。胸を突かれて、首を斬られて、脇を切り裂かれて、頭を潰されて、背中から刺されて、遠くから射られて、魔法の直撃でばらばらになって……蓄積していく死の数々。


 真っ平らな広い空間に、幾千の死体が並んでいく。


 死体ひとつが「こうすれば死ななかった」と呻いている。他の死体が「それでは結局死んでいる」と反論する。いつしか数千の死体が起き上がり、我こそがと武器を手に取り戦い始める。


「……全っ然、覚めねぇんだけど、この夢」


 と、死体のバトルロイヤルを眺めながら、早坂透――トールは呟いた。


「まあ、しばらくはこのままだろうなぁ」


 と、トールの右横であぐらをかいている袴姿の男が言った。


「見てらんねぇわよ、あんな下手くそ」


 と、左横で正座している着物の女が吐き捨てる。


「そう言うでない。あれらも我らのうちなのだから。あれらのひとつひとつが我らを形作る月の欠片じゃ」


「禍《か》の一粒というべきね。あんなもんを寄せ集めてなんになるってのよ。ほら、不用意に刀を振るもんだから、横から斬られてる。愚図の間抜けめ」


「自己嫌悪というやつかのう?」


 トールを挟んだ状態で、袴の男と着物の女が軽口を叩き合っている。

 そうこうしている間に死体同士の殺し合いが佳境に迫り、しばらく眺めているうちに最後の一人……最後の死体? が、残された。


「ほれ、次は主殿の番じゃ」


 袴の男に促されるまま立ち上がり、トールは左手の中から『禍月』をずるりと引っこ抜く。マトリョーシカかよ、と思ってちょっと笑ってしまった。


 こちらへ向かってくる死体は、侍だ。朽ちかけた鎧直垂を身に着けており、刀身と柄がやたらと長い刀を持っている。長巻、とかいう得物だろうか。


 一歩、二歩、三歩。


 互いにずかずかと間合いを詰め、侍が当たり前みたいに得物を振る。袈裟懸け。左肩口から右の腰へ――刃が描く斬閃からするりと身を躱しつつ前へ一歩。右手の『禍月』を振り上げる。逆袈裟。右の腰から左肩へ、肉と骨を断つ感触。


「悪くない」


「では、そろそろ目覚めなさいな、主様」


 あぐらをかいたままの袴の男と、いつの間にかトールのすぐ隣に立っていた着物の女。白百合みたいな細い手に握られているのは、赤黒い刀身の妖刀。


 ――ぞ(・)ぶ(・)り(・)。



◇◇◇



「…………ひでぇ夢だった」


 斬られた、と思った瞬間に目が覚めた。

 全身余すところなく致命傷を負っているような錯覚が消えず、ぼんやりと天井を眺めてしまう。それが何度か呼吸するだけで普段の自分に戻れたのは『禍月《カゲツ》』の影響なのか、あるいはトールが元々図太いからなのか。


 身体を起こしてみれば、寝間着にしているシャツが汗でじっとりと濡れている。気分が悪いのでさっさと脱ぎ捨て、箪笥から替えのシャツを取り出して身に着ける。

 そういえば、とベッドを確認してみるが、さすがに今日はミカは潜り込んでいないようだった。たぶんリビングで簡易マットと布団を用意していた九条礼子と一緒に寝たのだろう。園山家の方には河合咲穂が泊まっているはずだ。


 やれやれ、と溜息を吐き、ついでに何度か深呼吸をしてからリビングへ。

 昨日の夜に魔法鞄《マジックバッグ》から取り出した簡易マットと布団は既に片付けられており、元の配置に戻ったテーブルがあり、ティアが適当な位置に座ってテレビを見ていた。


「あっ、おはようトール。ちょっと顔色悪いよ?」


「あー……おはよう。結構寝たんだけどな。疲れてんだろ」


 ひでぇ夢を視ていたからだ、とは言わなかった。そもそもあれは夢だったのか。もちろん夢じゃなかったとしてもトールにはどうしようもないのだが。

 感覚としては――アレは『禍月』の記憶だ。

 ティアのような特定個人というよりは、あの袴の男が言っていたように、無数の死人の戦闘経験を固めて形作られたナニカ。理屈抜きで、そうと判る。


「……あんまり無茶しないでよ?」


 熱くも冷たくもない、硬くも柔くもない言い方するティア。

 彼女がトールのなにを何処まで把握しているのか、どの程度まで感じているのかをトールは知らないし、わざわざ訊く気もなかった。彼女なりに配慮しているつもりではいるようだし、それがムカつくわけでもない。


「好きで無茶してるわけじゃねーよ」


 と、だからトールはいいかげんな返答をして肩を竦め、汗でべたついた肌が気持ち悪いのでシャワーを浴びようかと脱衣所のドアに手をかけたところで嫌な予感がした。ほとんど時差なく「あっ」という形で口を開いているティアを見る。


「……九条さん、入ってねーか?」


「よく判ったね。声をかけようとしたんだけど、もしかしたら間に合わなかったかも。寝たら巻き髪潰れちゃうからシャワー借りるって言ってたよ」


「セーフ」


 いまどきラッキースケベなんて流行らないよな、と思いながら脱衣所の前から移動して冷蔵庫を開け、コーヒー飲料を取り出した。テーブルの上にはティアの分がなかったので、コップをふたつ用意して中身を注ぐ。


 コップのひとつをティアに渡してやり、脳に糖分を補給してやりながら流れているテレビ番組をチラ見すれば、コメンテーターたちが『アンセム』の流した会議の盗撮映像についてあれこれ喋っていた。三ヶ月くらい前の話に感じるが、一週間も経っていないのだからひどいものだ。


「どうなるんだろうねぇ」


 純度百パーセントの他人事な顔をしてティアは言う。


「さぁな。あのバカキとかいうやつがケツ拭いに来たんじゃね? おまえのときは、こういう状況になったらどうなってたんだよ?」


「どうだったかなぁ。ボク、そういう政治的なところとは切り離されてたから、ほとんど事後報告っていうか、別に報告もされなかったよ。仲間がいるときは、なんか教えてもらったりしたけどさ」


「ふぅん……」


 異世界で聖剣を振るっていた女剣士の話はそれなりに興味と好奇心を刺激されるのだが、ティア自身があまり語りたがっていないような気がして、突っ込んで訊く気にはならなかった。どうしても知りたいわけでもない。


 そうこうしているうちに脱衣所からドライヤーの音が響き、音が響いているのにドアが開かれて、湯上がりほかほかのミカが飛び出してきた。きちんと服は着ているのだが、髪は濡れているし頬は上気している。


「トール、おはよう。礼子、すごかったよ」


「ああ、おはよう。すごかったって、なにが?」


「おっぱい」


「…………あー……そう……」


「エルフはぺったんこだった」


「要らない情報を俺の脳に刻み込まないでくれ」


「トール、おっぱいは要らない?」


「今は要らない」


「礼子、すごかったのに。あ、トール。朝ごはんがある」


 ミカにしてはちょっとテンションが高いのは、九条礼子の驚異の胸部を目撃したせいか。ちょこちょこと台所に移動した猫獣人の子供がトースターのスイッチを入れ、ぴたりと動きを止める。一分くらいトースターがパンを焼くのをじっと眺めている様子に、言い知れぬ懐かしさみたいなものを感じてしまう。


 自分もかつてはこうだった――のかは、覚えていない。

 だが、あの年齢の子供がトールの家で遠慮なく動き回っているのは、なんだか悪くない気分だった。チーン、と音がしたので、トールは立ち上がってトースターの中身を皿に移してやった。サンドウィッチを焼いたやつ……ホットサンド、だろうか。


「昨日、トールが寝てからシェンナが持って来てくれたんだよ。朝になったら食べたらいいよ、ってさ。あっちは女二人で時間かかるとか言ってた」


 ティアの補足に頷きながら台所を見れば、『焼いて食え』というメモ書きと共に、紙皿の上にサンドウィッチが数枚重ねられている。もしかするとシェンナの中ではティアと九条礼子は『女』に入っていないのだろうか。お嬢様の方は準備に時間がかかりそうなものだが。


 とかなんとかやっているうちに九条礼子が脱衣所から出てきたので、トールはミカが焼いてくれたホットサンドをひとつ平らげてしまう。


「おはようございますわ、トールニキ様! シャワーお借りしましてすみません。寝るたびに自慢のドリルが潰れてしまうのですわ」


 声のでかいお嬢様がそんなことを言いながら登場する。今日はドレス姿ではなく、ブラウスにロングスカートだ。金髪ドリルにはドレスの方が似合っているな、と思ったが、普通の服が似合っていないわけでもない。

 というか、このお嬢様、己の巻き髪をドリルと認識しているようだ。ポーションを飲んで髪の色と質が変わったとか言っていたが、気にしている素振りがない。


「ああ、おはよーさん。俺もシャワー浴びてくるわ。園山さんと河合さんが来たら通してくれ。あと、追加で客が来る予定だから、もし来たら入れてやってくれ」


 さすがに人数的に狭いけどな、と言い残して、脱衣所のドアを開ける。

 ついさっきまで使われていたせいで、妙に暖かい。風呂場の換気扇は点いているがまだ冷えておらず、洗面台の脇には高級そうなドライヤーが置きっぱなしで、自分の家なのに場違いな気分になった。風呂場に入ってみれば知らないシャンプーの匂いがして、やはり奇妙な気まずさを感じる。


 シャワーのコックを捻って水滴を浴びながら、ついさっきまで何千回も死んでいたのを思い出し、トールは自分の左手を眺めて笑ってしまった。


 あんなものが代償なら、安いものだ。

 ついこの間までD級ダンジョンの掃除屋だった探索者未満の男が、A級探索者のお嬢様と友人になって、S級の知り合いができて、異世界で魔王を倒したとかいう聖剣使いの女剣士に取り憑かれて……口座には億の金が転がり込んだ。


 あと五万回死んだって追っつかねぇよ。

 そう思った。



◇◇◇



 急ぐでもなくシャワーを浴びてリビングに戻ると、ミカの母親であるシェンナと、迷宮支所の受付を辞めた河合咲穂がリビングに来ていた。


「おはよう、トール。今日と明日は仕事休めって話だけど、珍しいじゃん。ていうか隣人になって三年くらいになるけど、こういうの初めてじゃない?」


「おはようございます、早坂さん」


 思いっきりくつろいだ状態でミカの濡れた髪をわしゃわしゃとタオルで拭いているシェンナと、部屋の隅で所在なさげに正座している河合の態度は正反対だった。この二人が『お泊まり』してなにを語らったのかは、ちょっと気になった。まあ、ネットの広告で見かける漫画の先の展開くらいには。


「あー……どうも。朝飯、あざっす」


「いいよ別に。今日は昼も夜も奢ってくれるんでしょ?」


「金、入ったんで」


「もうちょっと言い方あんでしょ」


 にゃはは、と笑うシェンナである。配信について知っているようなので、おそらくトールに億単位の収入があったことも理解しているだろうに、態度が変わらないのは少し安心した。この母猫なら変わらないだろうなとは思っていたが、実際に変化しないのを目の当たりにすれば、トールだってほっとするのだ。


「それにしても、さすがに狭いな……オンボロアパートに収容する人数じゃねぇ」


「大家に言って逆隣の部屋も借りる? 空いてるっしょ」


「あー……それもいいかも知んないっすね。河合さんの職場にしちまえば、俺が帰ってなくてもミカを一人にしなくて済む」


「あんた、ミカに甘すぎ」


 呆れたふうな、そして同時に少し嬉しそうな笑みを見せるシェンナ。トールは雑に肩を竦めるしかなかった。

 ちなみにというか、人数が増えたせいか九条礼子はにこにこと笑んではいるものの、でかい声でお喋りはしていない。もしかすると人見知りなのか、あるいは単純に空気を読んでいるのか。居心地悪そうではないので、そこは助かった。


「トール、トール。そういえば携帯端末鳴ってたよ」


 ティアが言って、寝室に置いてあったはずの携帯端末をトールに渡してきた。勝手に入るなよと文句を言うべきかも知れないが、別にどうでもよかったので普通に頷き、携帯端末を確認する。


『そろそろ到着する』


 という相馬賢吾からのメッセージが、五分ほど前に届いていた。

 ほとんど同時に、ピンポーン、と家のチャイムが鳴らされる。


 ……今日こそは短い一日で行こうぜ、とトールは思った。

 叶うかどうかは知らないが。




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