第五十五話
しばらく車を走らせ――別にトールが運転したわけではないが――県庁の近くの微妙な立地にあるビルへ辿り着く。
元々がどういう建物だったのかはよく判らない。テナントを入れる雑居ビルにも見えるし、なにか単一の目的のために建てられたように見えるが、どうでもいいことだ。車を降りた相馬賢吾と舞阪理沙を追う形で、トールたちも車を降りてビルへ入った。正面の出入り口ではなく、駐車場に近い裏口のドアから。
電気が通っているのかいないのか、一階の通路は明かりが点いておらず、人気もないせいで建物自体がひやりと冷たい感じがした。常連ばかり利用する居酒屋に間違って入ってしまったような余所余所しさが近いかも知れない。
相馬と舞阪は通路をちょっと進んだところですぐに階段を降りて行き、それを追って地下室への扉に辿り着いた頃には、ひどい違和感に気づいた。
まず、鉄製のドアが拉げている。
中はがらんとした地下空間で、やはり元々はなにに使っていたのかよく判らないが、それなりに広い空間が、ひどい有様になっていた。
ゴリラが数匹集まってボウリング球でドッジボールをやった方がまだマシだろうな、という破壊跡。地下空間の壁がいくつか抉れているし、天井は梁になっている鋼材が歪んでいて、壁や天井を走っているなにかのパイプがいくつか歪んでいて、固定具が外れてしまったのか頭の上でぐにゃりと曲がっているのも見えた。
奇跡的に――というべきか、電気は通っていたようで、天井のLED照明がいくつか生き残っていて、地下空間の惨状を照らしている。
よっぽど派手な破壊があったらしく、コンクリートの床には抉れてしまった壁の破片やなんかが飛び散っており、一部には大量の血痕まであった。比較的まともな場所――壁際のあたりに、男が寝かされている。笹森武県議だ。衣服は乱れているが外傷はなさそうで、呼吸もしているようだ。生きているのだろう。
それから……トールには全く意味不明だったのだが、パンツスーツがズタボロにされた浜松菜々美が、何故か顔面ぼこぼこになって両手を縛られた状態で天井の梁を通して半吊りにされていた。
固定された両手首を上げてようやく地面に両足が着く、くらいの調整をされていて、ズタボロのスーツは何故か血塗れなのに、出血自体は見られない。
「……なにをやっている。巾木亮」
「先生ではありませんか! 一体どうしたのですか! 菜々美の有様は……」
ハンチング帽のつば――ではなく、頭痛を堪えるかのようにこめかみのあたりを指で押さえながら相馬が言って、神楽坂千鶴が驚いたような声を上げた。
半宙吊りになっている浜松菜々美のすぐ近くに、長身の男が立っている。相馬賢吾も上背があって体格がいいのだが、男は細身の長身だった。たぶん相馬や佐渡山よりも背が高い。針金みたいに手足が細く、ライトグレーのスーツが似合っているのか似合っていないのか、微妙なところだ。
胡散臭い丸眼鏡に、艶のある長い黒髪を首の後ろで括っており、その長い髪が一部分だけ顔の前に垂れ下がっている。すげー邪魔だろうな、とトールは思った。
「久しぶりだな、相馬君。舞阪君はちょくちょく会っていたか。千鶴君も、久しぶりになってしまって申し訳ない。それから――『妖刀使い』の早坂透君と、『聖剣使い』のティア君だね。私は迷宮庁迷宮統括監査官、巾木亮だ」
トールの方を真っ直ぐに見て朗らかな笑みを浮かべるが、そのすぐ傍に暴行被害者が半吊りになっているので、笑顔の素敵な人だなぁなんて思うわけもなかった。
というか、笑顔そのものが――なんだか気に入らない。
それは決して胡散臭い丸眼鏡のせいではないはずだ。
「あー……そっちの半吊りにされてるのは、俺の記憶が確かなら、『アンセム』のマネージャーだったと思うんすけど……助けてやんないんすか?」
両手首をまとめて縛って天井の梁と結んでいる縄が絶妙な長さらしく、意識があるのかないのか判らない浜松菜々美が呼吸をするたびにわずかずつ揺れている。
別に浜松菜々美のことは好きでもなんでもないが、人がボコられた状態で半吊りにされているのを眺めて愉快な気分になれるわけもなかった。見知らぬ魔族がボコボコにされている様子でさえ、別に嬉しくはなかったというのに。
「ああ、菜々美君かい? 彼女にはちょっとオシオキを、ね」
先程から変わらない朗らかな笑みのまま、巾木は言った。
「はぁ?」
「いや、早坂君には申し訳ないことをした。せっかく助けてくれたというのに、無能なマネージャーのせいで不快な真似をさせてしまったようで、ね。それに『アンセム』のマネージャーとしてだけではなく、迷宮庁の職員としてもいろいろとポカが多くてね。危うくなんの情報ももたらさずに無駄死にしてしまいそうだったから、高級ポーションで重傷を治してから、改めて痛めつけたのだよ」
インテリアを自慢するような口調で言って、巾木はやはり朗らかな笑みを維持したまま、浜松の背中あたりを雑に押した。殴ったのではなく、単に押しただけ。
「っぐ……!」
口から苦悶が洩れ出し、顔中が腫れ上がった浜松菜々美の身体が、先程より大きく揺れた。それがよっぽど痛いのか、呼吸が荒くなる。
「先生! これは、いくらなんでも……! そもそも菜々美がなにをしたというのですか! トール様への不義理に対しては、トール様が『もういい』と言った以上、他人が菜々美にそれ以上の責任を負わせようとするのは間違っている!」
「そうなのかい? しかし早坂君にかけた迷惑分は、なにかしらで償ってもらう必要はあるだろう。まっ、見ての通り、散々痛めつけておいたから、これで謝罪の代わりと思って、彼女の愚行については、どうにかご容赦いただきたい。ほら、菜々美君、キミの口からもちゃんと『すみません』って言わなきゃ――」
「おい、巾木。少し黙れ」
苛ついたふうに言ったのは相馬で、こめかみを抑えていた方の手を動かし、腰の魔法鞄から木刀のようなものを取り出し、トールへ放ってきた。
思わず受け取って確認してみれば、木刀のようなもの……というか、木刀だ。しかしただの木刀ではないようで、何故か木の内側に光の線が走っている。なんというべきか、木刀に血管があって、血が光って流れるとしたらこんな感じかも知れない。
「Sランク迷宮に出現する古代樹妖のレアドロップを加工して作られた木刀だ。魔力伝導性に優れていて、任意で威力を調整しやすい。魔力を通していなくても普通の武具では傷をつけられない程度には頑丈で、魔力を通していれば神楽坂の刀と打ち合っても傷はつかん。約束の報酬だ。先にくれてやる」
「あー……どうも。ちなみに相馬さん、あの巾木ってやつと仲良いんすか?」
「ひどい侮辱だな、それは」
言って、相馬はくしゃりと表情を崩した。どうやら苦笑したようだ。
「おやおや、悲しいねぇ。いっぱい仕事振ってあげてるし、私は相馬君を尊敬しているんだがねぇ。キミのように信頼できる実力者が犯罪探索者を殺してくれなければ社会秩序が保てないっていうんだから、まったく人類は愚かなものだよ」
「俺に話しかけるな」
ぴしゃりと告げ、相馬はその場から数歩分、後ろに下がった。そのついでに舞阪の腕を掴んで強引に下がらせたようだが、やはり嘘発見器は貴重なのだろう。
ふぅ、と息を吐き、トールは右手に握った木刀を担ぐようにして、一歩だけ前に出た。痛みを堪えて荒い呼吸を繰り返す浜松と、その隣でやはり朗らかに笑んでいる巾木とかいう男に、一歩分だけ近づいてしまう。
ぴりぴりと肌を刺すような魔力圧――相馬賢吾と同等くらいの圧倒的な魔力が、普通にしていてもどうしようもなく外側に漏れ出しているのだ。
今になって考えてみれば、この圧を感じて、トールは佐渡山のことを怖がっていたのかも知れない。近くにいるだけで妙に恐ろしい、と。
それはそうだろう。わざわざ触るわけでなくとも、高速回転する刃物を見れば、なんだか怖いなと思うのが普通の感覚だ。
今は――別に、怖くない。
その気になれば高速回転する刃物を切断することができる。
「あのー、巾木さんでしたっけ。ちょっと確認なんすけど」
「はい、どうぞ。なにか質問かな?」
「よく判らないんすけど、その浜松さんは、迷宮庁の職員で、神楽坂さんたち『アンセム』のマネージャーをやってる。で、巾木さんは浜松さんの上司って感じで合ってるんすか? 統括監査官ってのが、どれくらい偉いかは知らないんすけど」
「うむ、それで合っているよ。『アンセム』や、彼女たちの出身である探索者養成所……学校の管理も、我々の仕事のうちだ」
「ふぅん」
軽く頷き、トールは小さく息を吐いてから、担いでいた木刀を振った。
――――斬ッ、と。
魔力で形作られた『斬撃』が飛び、浜松菜々美と天井の梁の間を通って――そのまま『斬撃』が直進し、天井を一メートルほど切り裂いたところで霧散した。
見た目はやや気味の悪い木刀だが、相馬が言った通り魔力伝導性に優れているようだ。鉄筋鈍器に魔力を込める百倍以上は楽に魔力が通る感じがあった。
どさり、浜松菜々美が床に倒れる。
半吊りにされていた縄を切断したので当然ではあるが、どうやら自立する体力すら残っていなかったようだ。あるいは両足の骨を折られていたのかも知れないが、一見しただけでは、トールには判らない。
「回復魔法、使う?」
ティアがそれだけ言った。ああすればいいとか、こうするべきとか、余計なことは言わず、ただの問いだけを。
「好きにしろよ」
そう答えてから、これはちょっと卑怯だな、と苦笑してしまった。こんなふうに言えばティアは浜松菜々美に回復魔法をかけるに決まっている。
ぽっ、と掌から光の球みたいなものをティアが放ち、床に転がっている浜松に当たった瞬間、身体が淡い光に包まれていく。しかしルガルドに使った回復魔法よりは控えめな威力だったようで、重傷が軽傷になったくらいのものだ。
「おやおや、これは親切にどうも。しかしせっかくケジメとして痛めつけておいたのに、謝罪の言葉も聞かずに治してしまってよかったのかね?」
変わらず朗らかな笑みを維持する巾木に、トールは木刀をガンッと床に打ちつけ、小さく息を吐いた。吐き出した息が熱っぽかったのは、気のせいではない。
「迷宮庁の職員ってのはヤクザかなんかかよ? 部下をボコボコにしておいたからこれで許してくれ? 俺がその女を理解らせてくれなんて頼んだかよ? その女がムカつくからボコしておいてくれなんて言ったか? 取り返しのつかない無礼を働いたからケジメをつけさせろなんてお願いした覚えはねぇよ」
「ふぅん? しかし早坂君、キミは菜々美君の態度に苛立ったのではないのかね? キミではなく隣の聖剣使いにしか気を払っていないのを見て、自分のことを舐めているから不快だと表明したのではないのかね?」
巾木の笑みが、変わらない。
職場の好ましい事務員に、やあおはよう今日も頑張ろう、とかなんとか声をかける営業の社員みたいな、見る者に爽快感を与える朗らかな笑み。
あまりにも場違いで――だから、反吐が出るような気分になった。
「だからどうした。その女が俺にナメた態度を取った。そりゃあナメられても仕方ない立場だったし人生だったよ。だからってナメた態度取られたら、ムカつくに決まってる。ナメられたと思ったからムカついた。あんま好きになれねぇな。以上だ。それで終わりだよ。勝手に続けんな」
「しかし、キミに嫌われているようでは業務に支障を来すのでね。やはり謝意を示すためには責任を取らねばなるまいよ。判りやすいのは金だが、それではやはりキミを舐めているようではないか。よって、こうして彼女を痛めつけてみた。これでケジメとしてくれないか、と。不満かね?」
「楽しい気分じゃねーな。あんたが上司ならあんたが責任者なんだから、部下で取れなかった責任はあんたが取れよ。責任者だろ。なにをへらへら笑ってんだ」
「おっと、これは失敬。しかし責任ねぇ? 早坂君、これは真面目に聞きたいのだが、キミは一体全体、私にどのように責任を取ってもらいたいのかね?」
やはり笑みが変わらない。
トールはもう一度だけ息を吐き、木刀を魔法鞄に収納してから、訊いてみる。
「バカキさんとかいったか。あんたは別に責任なんて感じてない」
「ハバキだよ、早坂君。もちろん責任は感じているとも。ひしひしとね」
「あっそ」
軽く肩を竦め、トールは地下室の入口あたりまで避難している舞阪を見た。びくりと肩を振るわせる『天秤』から、トールは視線を外さない。
二秒か三秒か、少しの沈黙を挟んでから、舞阪は首を横に振った。
「クロ。巾木亮は責任なんて感じてない」
「だろうよ。なんだっけな、どっかで聞いたことがある。責任ってのは誰かに負わされるもので、責任感ってのは自分で背負うもの……だったか。使命と使命感も似たようなもんかもな。あー……斉藤恵美が言ってたか。ドラゴンと黒騎士をやれるようなやつ、迷宮に潜ってもらわなきゃ公共の福祉に反する、とか」
「実際そうだろう? D級ダンジョンの上層で掃除屋をやっていたような者が、とんでもないアイテムを拾ったおかげで今や億万長者だ。九条のお嬢様との配信、私も視聴させてもらったよ。クマノイポーションひとつで一億。いやぁ、いい商売じゃないか。金はがっぽがっぽで、国に魔核を納めれば社会貢献もばっちりだ。恥ずべきことなんてなにもない。胸を張りたまえよ『妖刀使い』」
やはり変わらない笑みを浮かべたままの巾木亮に、もうトールはなにも感じなかった。この針金みたいな男にどのような背景があろうが、それを察して慮る気持ちが、心の何処を探しても見当たらなかったからだ。
「先生。我々は教えを請う立場でしたので――まあ、それを言い出すと国によって集められたので、我々にものを教えるというのがそもそも国の都合ではあるのですが、それでも教師と生徒、教官と教習生という立場で上下がありました」
不意に神楽坂千鶴がそんなことを言いだした。一歩前に出るかと思えば明確に三歩分だけ後退し、続ける。
「しかしトール様は違う。我々を助けてくれた恩人だ。我々が迷惑をかけ続けている人だ。先生が彼に物事を教えた事実など一欠片たりとも存在せず、彼を私たちと同様に扱うのは傲慢が過ぎる。――敬意を払え、巾木亮」
「払っているともさ。だからこそ菜々美君にケジメをつけさせてやっただろう。千鶴君こそ教師に対する敬意が欠けているのではないかね?」
「いつものその『含み』で不快にさせていい相手かどうかも判らないのですか?」
「言うねぇ。では、私の態度が気に入らなければどうなるのかね。どのように責任を取ればいいのかも彼は教えてくれなかったしね。まったく嫌になるよ。見せた誠意に文句ばかり言って、じゃあどうすればいいかと言われれば答えはない。愚か者というのは何処までもつけあがるものだ。早坂君がそうだとは言わないが――」
――――ぞろり、
左手から引き抜いた妖刀『禍月』を一振り。
袈裟に一太刀――それだけで、巾木亮の右腕の肘から下、両足の膝から下が切断された。自らの意思で人を斬ったというのに、さしてなにも感じない。そういう自分にトールは失望もなければ愉悦もなかった。
そう決めたからそうした。
あとは知らない。
「――っ!」
驚愕を顔に表す巾木に構わず、もう一振り。
本体から切り離された右腕の肘から先、同じく両足の膝から下がその一振りで微塵切りになり、べちゃりと嫌な音を立てて床にぶち撒けられた。
当然、両足の膝から下を失った巾木は、微塵切りの肉片たちの上にごとりと転がってしまうが――それを見ても、別に心は痛まなかった。
「左腕は残ってんだろ。さっさと回復ポーションでも回復魔法でもなんでも使ったらいいんじゃねぇの? これでケジメにしてやるよ。あんたの流儀だろ。俺はクソだと思うけどな、その流儀」
「……いや、その必要はない」
地下室への階段を降りてきた巾木亮が、言った。
意味が判らず、たった今切り刻んだ人物と階段を降りてきた人物を交互に見てしまう――否、トールには意味が判らなかったが『禍月』が理解した。
巾木亮の『異能力』だ。
斬った方が、おそらくは『異能力』によって創られていた人形。相馬と舞阪に侮蔑の視線を向けられているのが、本体の巾木亮だ。
どうやら『人形』とは魔力的なナニカで繋がっていたようで、本体の方も『禍月』による斬撃の影響を受けてか右腕と両足から血が滲んでいるが、切断には至っていない。あるいはぎりぎりのところで『人形』との接続を切ったのかも知れない。
「改めて、巾木亮だ。早坂君、非礼を詫びさせてもらう。そしてキミが菜々美君への暴行を不快に思い、先程の私の態度を不快と思ってくれたことを、嬉しく思う。キミはまともな人間で、まともな状態でイカレている。探索者に相応しい人間だ」
勝手なことを言いながら、相馬と舞阪の横を通り過ぎ、神楽坂千鶴の横を少し過ぎたあたりで床に跪き、両手を突いた。
「早坂透さん、貴方に対する数々の非礼、迷宮庁迷宮監査官巾木亮の名において、謝罪させていただきたい。申し訳ありませんでした」
深々と、頭を垂れる。
土下座だ。
が、特になにも感じなかったので、トールはなにも言わずに『禍月』を二振りした。赤い斬閃が巾木亮の右腕を切断し、次いで切断された右腕が微塵切りになる。
腕だったモノが、ばちゃり、と音を立てて床にぶち撒けられても、巾木は土下座をやめなかった。痛みに呻くことすらない。
両足を斬るのは忘れたが、念入りに斬っておこうという気は起きなかった。
「……えーっと……回復魔法は、いらないよね?」
場違いな苦笑を浮かべるティアに、トールも『禍月』を手放して粒子化させながら、苦笑を返した。
たぶん、この勇者も似たような目に遭ったことがあるのだろう。
強力すぎる武器を得て、非常識な結果を出し、偉そうな責任者がしたり顔で試しに来て、利用できそうだからと頭を下げてくる。
「帰ろうぜ。あぁ、相馬さん。刀は振ったけど、さすがに金は要らないっすわ。木刀はありがたくもらっときます」
「そうか。今後、仕事の話を振るかも知れん。連絡先は佐渡山に訊けばいいか?」
淡々と――目の前で起きた出来事など知らぬとばかりに言う。
このおっさんは、ちょっと好きかもな、とトールは思った。他の連中とはなにか違うのだと思うのだが、では、なにが違うのか。
「あー……そうすね、今は連絡先交換する気分じゃないんで」
「だろうな。迷宮庁の連中はクソだ。俺は迷宮庁の職員ではないが、同じ穴の狢だ。その俺が言うのだから間違いない。おまえは同じ穴に入って来るな」
淡々とした言い方に、思わず笑ってしまう。
たぶん――別に確証はないが、相馬賢吾が気にしていたのは、一般人や社会に対する被害だ。そして浜松菜々美や巾木亮が気にしていたのは、使えるか否か。利用できるか否か。利用していいか否か。つまり、自分たちのことを考えていた。
しかしまあ、一線は越えたよな、とも思う。
つい数時間前までは楽しく迷宮探索していたのに。
どうだろう、これからも――楽しい迷宮探索ができるだろうか?
ふと執事の柏崎丈一郎を思い出し、できるだろうと思った。あのとっぽい執事は、たぶんトールよりもずっとドス黒いことを知っているはずだ。それでも、九条礼子に付き従って、楽しそうにしていた。
きっと、できる。
こんなクソばかりに気を取られるだなんて、莫迦らしすぎる。
「別の穴のクソっすよ。せいぜい楽しく踊るだけの」
それだけ言って、階段を上った。
黙ってついてくるティアは、本当になにも言わなかった。
ありがたいような気もしたし、なんか正義の勇者っぽい説教でもしてくれよという気もした。説教なんかされたら、五倍は言い返すだろうけど。




