第四十四話
扉を開けるとボス部屋だったようで、広い空間に出た。
トールは探索者として迷宮に入るのが初めて――前回のカミオカダンジョンを除けば、だが――なので比較対象は限られるが、カミオカダンジョンの十四階と同じような場所、という印象だった。
壁と床と天井しかない、とにかく空間が広い場所。
ちょっとした体育館、のような。
五十メートルほど向こうに、なにかがいる。
魔物が体外に洩らしている魔力が空気と反応することで微弱な発光を伴うのだが、これは迷宮外の方が顕著だ。『迷宮暴走』のときの大蛇やヒドラは三百メートル先からでも視認できたが、五十メートル先のそいつは、やや見難かった。
単純に、迷宮内にも魔力が漂っているせいだ。
いずれにせよ扉の前に突っ立っていると、たとえば竜の『息吹』みたいな範囲攻撃を放たれた際に逃げ場がなく危険なので、さっさと開けた空間に出るべきだ。誰がなにを言うでもなく、トールたちはすぐに大部屋の中心に向かって歩を進めた。
コツ、コツ、と九条礼子のブーツの足音が響く。
トールが履いているコンバットブーツは素材が違うようで、あまり足音は響かない。ティアはどう見ても金属製の足甲を着けているのに、何故か足音が響いていない。執事は言うまでもないだろう。足音以外であっても目立つわけがない。
十五メートルほど進んだあたりで、敵の姿が見えてくる。
「おおっ、悪魔型だ」
コンビニで新商品を見つけた女子高生みたいなテンションでティアが言う。
その言葉通り――部屋の真ん中に立っていたのは、ヒトと猿の間くらいの造形の、緑色の外皮を持つ不気味な魔物だった。
背中にはコウモリみたいな羽があり、上半身は裸に見えるのに、下半身は獣の毛皮に覆われている。猿みたいな細い尻尾があり、頭部には角が一対生えている。
全長は二メートル以上ありそうだが、猿やゴリラみたいに手を地面につけているので、見上げるほどのサイズ感ではなかった。しかし、こんな自然動物は絶対に存在しない、という圧倒的なズレがあった。
何故なら、ほとんどの動物は生きるために生きている。
だが、悪魔型の魔物は――明らかに、害するために存在していた。
この世の生物とは相容れない異質感。
こちらが向こうに気づいたタイミングで、向こうもこちらに気づいた……というより、臨戦の範囲にトールたちが近づいた、というべきか。
“このタイプのデーモンはA級中位だぞ”
“ユニークじゃなさそうだけど、かなりヤバいのがポップしてる”
“十三階でA級かよ。十六階まであるにしてもS級だろ、このダンジョン”
「トールニキ様、ここは二人で行きましょう。私一人でもやれなくはありませんけれど、迷宮探索では仲間と動くこともありますし、そういう意味ではちょうどいい相手ですわ。悪魔型の魔物は溜めや詠唱なしで魔法を飛ばしてくるので、そこだけ気をつけてくだされば、私たちなら恐れるほどではありませんわ」
カツンッ、とブーツを鳴らして前に出た九条礼子が言う。
「お嬢、もうちょっと格好つけて」
執事の丈一郎が余計なことを言った。それで九条礼子は少しだけ考えるようにして、悪魔が向こうにいるというのにわざわざトールに向き直り、デイドレスのスカートをつまんで膝を曲げ、にんまりと口角を上げて、言い直す。
「――『一緒に踊りましょう』?」
思わず笑ってしまう。
なるほど、楽しむとはこういうことだ。
トールは手にした鉄筋鈍器を振りかぶり、今まさに九条礼子へ右腕を振り下ろそうとしていた悪魔型をぶっ叩いて迎撃した。もちろん九条礼子だって放っておけば危なかったかといえばそんなことはなく、瞬きの間に構えをとっている。トールがやらなければ自分で迎撃しただろう。
「いいすよ、九条さん。『せいぜい楽しく踊りましょう』だ」
鉄筋鈍器で殴られて吹っ飛んでいた悪魔型が、どうやってか空中でびたりと停止し、両腕を広げて魔法を放ってくる。火属性の魔法矢を十二本。
意識的に九条礼子の前へ出て、トールは魔法矢の連弾に突っ込んだ。
これまでの人生で、一度だって魔法を喰らったことなんてない。
だっていうのに、トールの中の『妖刀』が問題ないと判断している。
何故ならトールの魂に接続している『聖剣』の加護があるから。
中級以下の魔法攻撃無効。
放たれた魔法矢がトールに触れる直前に掻き消え、悪魔型がほんの一瞬だけ驚いたように身を強張らせた。
トールはそのまま真っ直ぐ悪魔型へ接近したが、背後から九条礼子が複雑なステップでイナズマみたいな軌跡を描きながら距離を詰める方が速かった。本当に冗談みたいな接近だ。もちろん近づいただけで終わるなんてこともない。
打撃音が三度。大ハンマーでタイヤを思いっきりぶっ叩いたような音だ。悪魔型の顔面、腹部、さらに顔面、と殴ってから、するりと九条礼子の身体がスライドする。トールの接近を察知して同士討ちを避けたのだ。
鈍器で一撃。
単純な上から下への唐竹割り。こちらの手が痺れるほどの衝撃で、さすがに悪魔型の頭がぐらりと泳ぐ。しかし鈍器での追撃はしない。むしろブーツの底で頭を蹴っ飛ばし、敵を足場にして真後ろへと距離を取る。
次の瞬間、悪魔型の背中の羽が刃になってぎゅるりと周囲を薙ぎ払った。
範囲内にいたら胴を断たれていたかも知れない――そういう威力と鋭さだったが、避けてしまえば後隙に差し込める。
「行きますわよ!」
目にも留まらぬステップと同時に繰り出される右の縦拳。動作の流動と魔力の流動があまりにもスムーズな、達人の一撃。
悪魔型の頭部の右側面を九条礼子の拳が捉えた瞬間、左側面に鉄筋鈍器をぶち込んだ。拳と鈍器のサンドイッチだ。
ごうんっ、という奇妙な打撃音と打突感。
悪魔型の魔力防御を突破できていないのだ、と理解した瞬間には、九条礼子が次のステップを踏んで左フックをぶち込んでいる。さらに右、左、喉を狙った右の二本拳、左掌打で耳を打ち、膝関節を狙った横蹴り。その反作用で、ごく当然のように悪魔型から距離を取る。
回転が上がるとさすがにトールはついていけず、先に数歩分の距離を下がって様子を見ていたのだが――、
「硬ってぇですわね! トールニキ様、次は先攻をお譲りしますわ!」
ものすごく嬉しそうに九条礼子が言う。トールには鉄筋鈍器での打開策は見つかっていないが、九条礼子には見つかったのだろう。頷く暇も惜しいので、トールはただ一歩を踏み出し、連撃の余韻を味わっているらしい悪魔型に接近した。
鈍器を振り上げて――悪魔の右腕を回避。
さすがにサンドバッグにされているだけではないようで、こちらが調子に乗って追撃して来るのを待っていたようだ。しかしそんなことは百年前から知っている、と、トールの内側が冷めた判断を下している。
回避動作を繋ぎの一歩に変換し、鈍器に魔力を込められるだけ込めて、頭部の角へ。二本生えているうちの一本が、バギンと嫌な音を立ててへし折れた。
「ふっ――!」
と、瞬間移動めいた唐突さで悪魔型の懐へ滑り込んだ九条礼子が、奇妙な動きを見せた。振りかぶるでも勢いを乗せるでもなく、ゆるりと悪魔型の胸あたりに手を添えて、ほんのわずかに腰を落とし、
――――ボゴンッ!
異様な音がして、悪魔型が吹っ飛ばされた。成人男性よりも確実に重そうな、たぶんゴリラくらいの質量を持った魔物が――地面と平行に吹っ飛ばされて広間の壁に激突するまで止まらなかった。冗談みたいな光景である。
「魔力寸剄ですわ! 魔力防御をかなりのところまで削りましたわよ!」
笑いながら言って、即座に吹っ飛ばした悪魔型を追う九条礼子。走るのではなく構えを維持したままのステップワークだ。地面すれすれを滑るような動き。腰から背中まで、鉄の棒でも突っ込んでいるみたいに姿勢がぶれない。
研鑽。
練って叩いて熱してまた叩き、ひたすらに研いで磨いてを繰り返した者だけが持ちうる芯のようなものをトールの中の『妖刀』が勝手に見出し、胸の内側から敬意が湧いてくるのを自覚する。
そりゃあ、みんなこいつを好きになる。
楽しむためにどれだけの労力を支払っているというのか。そしてその労力をも楽しいだなんて言えるのは、常人にはとてもではないが信じられない偉業だ。
もしかしたら、このお嬢様なら、D級ダンジョンの掃除屋だって楽しそうにやっていたかも知れない――なんて。
半瞬だけ遅れてトールも駆け出し、床に転がっている悪魔型の角を拾っておく。角といっても鹿みたいに複雑な形はしていない。ほとんど円錐だ。
走って壁際の悪魔型まで近づいた頃には、もう数度の攻防が済んでいた。連撃と反撃と、回避。驚いたのは九条礼子が悪魔型の攻撃そのものをぶん殴って攻撃を逸らしていたことだ。敵の体型や体格から、どういう動作が繰り出されるかを経験則で予想しているようだ。
トールは言うまでもないが、なんとなく、九条礼子の方も一発でも喰らえば戦局を引っ繰り返されるのではないかと感じた。
悪魔型は魔法防御に長けていて、攻撃力が高い。反面、滑らかな動作には難があるように見えるが……結局のところ悪魔型が耐久性に任せて無理矢理にでも一撃入れてしまえば、探索者側はその後の回避行動に重大な支障が生じてしまう。
「合わせろ、九条さん」
言って、九条礼子に豪腕を振るっている悪魔型へ横から殴りかかる。やはり鉄筋鈍器ではまともにダメージを与えられないが、気は引けた。
悪魔型の意識がこちらに向いた瞬間、トールは右手の鈍器をパスするみたいにふわりと放ってやる。意味不明なその動作に一瞬だけフリーズする悪魔型。その胸に拾っておいた角を突き刺し、わずかだけ刺さった角を蹴りつけて胸に埋め込み、同時に反作用を使って距離を取る。
「破ァッ――!」
九条礼子が悪魔型の胸に刺さった角を狙って『寸剄』を繰り出す。
トールは距離を取った勢いのまま、まともに着地せずに床をすべりながら、血と汗と愉悦の結晶みたいな九条礼子の一撃を見届けた。
派手な衝撃音。
次いで悪魔型が壁に激突し、胸に空いた大穴から徐々に光の粒子を溢して消えていく。完全にその姿が掻き消えてから、ふぅ、と息を吐いた。
撃破、だ。
妖刀も聖剣も使わず――いや、戦闘技能や加護は使っていたのだが、武器そのものは使わずに――A級探索者と肩を並べて、さほど遜色のない戦闘ができた。
と、思う。言い過ぎかも知れない。遜色はあった気もする。極端に足を引っ張らなかっただけでも、まあ、十分だろう。
「おーっほっほっほ! やりましたわねトールニキ様! 私たち、ナイスコンビネーションでしたわよ! ロックンロールですわぁ!」
満面の笑みでトールに駆け寄って来た九条礼子は、床に転がったままでいたトールの両手をむんずと掴み、引っこ抜くみたいに立たせて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら掴んだままの両手をぶんぶんと上下に振ってくる。
あんまりにも裏がなさ過ぎて、あんまりにも素直な喜びようで、トールは思わず苦笑してしまう。
彼女のようには喜べないが、それでも、楽しさの一端は理解できた気がした。
なにも深刻ぶって魔物を殺すばかりが能じゃない。
九条礼子は――命懸けで、楽しんでいる。
そこまでの気概はトールには判らないのだが、それでも、迷宮探索の中に楽しさを見出すのを『おめでたい』という気持ちは、薄れた気がする。
なんの楽しさもなく魔物を殺し続けるなんて、普通はやらないのだ。
「いやぁ、誰かと共闘するお嬢なんて、俺も初めて見たっす。感動っすね。あっ、でもボスドロップは魔核っすね。レアドロなし」
「ちょっと厳しいかなと思ったけど、意外とイケたね。レイコの闘術、ボクが予想してたよりすごいよ」
いつの間にか近くにいた執事とティアがまるっきり観戦者の立場でそんなことを言う。まあ、確かに考えてみれば窮地になってもこの二人が控えていたのだから、トールにしても九条礼子にしても、いわば安全圏の中で遊んでいたようなものだが。
「あらあら、ありがとう存じますわ、ティア様。ですがトールニキ様の戦いぶりも、とても昨日今日探索者になったとは思えませんでしたわよ。つまり、私たちはとってもイケてるということですわ! おーっほっほっほ!」
この自己肯定感の高さは爪先分くらい見習いたいな、と思いながら、トールは無意識でさっと九条礼子の手を解いて悪魔型が落とした魔核を拾っていた。ついでに、床に転がっている鉄筋鈍器も。
“すげー! マジすげー!”
“なんだ今のコンビネーション!”
“解説なしだと意味不明だぞ!”
“妖刀なしでもやるやんトールニキ!”
“A級と並んで遜色なくて草”
“視聴者六万五千いってる”
“登録者も四万突破したぞ”
“魔核だけはきっちり拾ってて草”
配信のチャット欄も大賑わいで、なるほど、これが迷宮探索配信か、とトールは感心してしまう。もちろん九条礼子の力がものすごく大きいのは言うまでもないことだが、彼女のようなA級探索者でなくとも、自分たちのできる範囲で社会貢献と楽しみを両立させている探索者は、たくさんいるはずだ。
「ねえ、トール。見てくれる人にさ、なんか言ってあげなよ」
にこにこしながら促すティアに乗せられるのはちょっとだけ癪な気もしたが、だからといってその気持ちを視聴者に向けるのはお門違いというやつだ。
「あー……その……見てくれて、ありがとうございます。……なんだよ、ニヤついてんじゃねーよ。感謝くらい俺だって言うぞ」
“トールニキの貴重なデレ来た!”
“切り抜け切り抜け!”
“悪態吐いてる方が板についてんのマジで笑う”
“感謝が辿々しくて草”
「うるせーな。人に感謝することがあんまりなかったんだから仕方ねーだろ。今だって底辺マインドなんだよ、俺は」
「おーっほっほっほ! その意気や善しですわよ、トールニキ様! いえ、今のは言ってみただけですが。しかし、けれども、それがトールニキ様であるというのなら、自然に変化を迎えるまでは無理に変える必要はありませんわ! 何故ならば、私たちは探索者が主であって配信者は副業ですのよ! 逆の方もいらっしゃいますが、私とトールニキ様は、そうでしょう? であれば、視聴者様に謙る必要なんてございませんのよ! あるがままのトールニキ様でよろしくってよ!」
“お嬢は、まあ、お嬢だから”
“いうてトールニキは俺ら視聴者には悪態吐いてないからな”
“これからも楽しませてもらうぜ、探索者トールニキ”
「……いや、トールニキは名前じゃねーんだが」
愛称にしたってなんで元より長いんだよ、とツッコんでおいた。
もちろん、誰も『トールニキ』呼びはやめなかったが。
◇◇◇
地下十四階に降りようとしたところで、配信に不具合が出た。
執事の丈一郎が通信強度の低下を訴え、視聴者からも配信にラグが発生していることを伝えられる。ティアと九条礼子はいまいち意味が判らないといった様子だったが、トールはなんとなく察するものがあった。
「もしかして『迷宮変異』の影響で、魔導通信中継器がイカレてんじゃないか?」
ひとまず十三階ボス部屋に戻り、思いつきを口から吐き出してみる。
やはり九条礼子とティアはピンと来ていない様子だったが、執事は普通に頷いてくれた。ついでに配信の視聴者も。
“ありえる。あんまり例はないけど、変異後の迷宮探索で魔導通信が届かなくなるっていう事例は何件かあるはず”
“探索配信でそうなるのはかなり珍しいけどな”
“でも迷宮の調査って名目だから、これも収穫のひとつではあるな”
「っすね。どっちにしても、あと一階か二階潜ったらお嬢だとちょっとヤバげな気もするんで、未探索領域に踏み込むのは、ひとまずやめておきましょう」
「んー……残念ですが、丈一郎の言にも一理ありますわね。A級以上の魔物が複数体で現れたら私のみでは対処が難しいですし、ティア様に頼り切りになるのは楽しい探索ではありませんもの」
「まっ、認定されるまでは断言できないすけども、最奥のボス部屋を考慮すると、おそらくS級っすね、このダンジョンは。それも構造が単純で魔物の難度が段階的なんで、かなり旨味っすよ」
“うまあじ派は賢い”
「じゃあ、今後は掃除屋とか要らない感じになる……すかね」
「そりゃもう間違いなく。ていうか、訓練にはマジで最適な構造になってるんで、たぶん一通りの調査が終わったら、かなり繁盛すると思いますよ」
「ふぅん……ノウミダンジョンの方も、どうなってることやら、か」
「まあ絶賛炎上中のS市の激マズダンジョンが旨味ダンジョンになりました、ってのは、なかなか大変な感じになると思うっすけどねぇ」
からからと他人事の笑い方をする執事だった。とはいえ、トールとしても義憤を覚えるほどに郷土愛はないのだが。
「さておき、配信はここまで、ということになりますわね。後は引き返して、今日のところは解散といたしましょう」
“んー、残念だけどしゃーなしか”
“初配信にしては楽しませてもらったぜ!”
“ソロでも、いや、デュオでも配信してくれよな”
“トールニキとティアたんのカップルチャンネルと聞いて”
“次はティアちゃんの戦うところも見たい”
“雑談でもいいぞ”
「あー……じゃあ、配信は締めるか。見てくれてありがとうございます。今後どうするかは、今のところなにも考えてないけど……おまえらの意見が結構貴重だなって思うし、なんか相談するかも知れない。じゃあ、また」
「あっ、ボクもボクも! また絶対見てよね。キミたちとお話しするの、ボク、好きだよ。ボクのことかわいいって言ってくれるし、嬉しかったよ」
というティアの言葉で盛り上がるチャット欄を尻目に、配信用のカメラを構えている執事に目配せをする。
“おつ!”
“お疲れ!”
“ティアたんかわいい”
“おつおつ~”
配信終了。
ボス部屋から下階層には降りず、引き返す。なんだかんだと六時間以上はスガイダンジョンに潜っていた計算だが、十三階まで降りておいてその程度の時間なのは、九条礼子と執事の丈一郎に言わせれば「異様な速さ」とのこと。
考えてみれば十階くらいまでは九条礼子にとってもトールにとっても問題にならないような魔物しか出現しなかったのと、構造自体はシンプルな迷宮なのが理由だろう。確かに、執事が言うように『旨味』な迷宮なのかも知れない。
十二階から十一階の階段に辿り着いたあたりで、ティアが持っているトールの携帯端末が着信を知らせた。通話の操作方法が判らず戸惑うティアの手から端末を取り戻し、発信元が見知らぬ番号なのに怪訝を覚えつつ、とりあえず通話に出る。
相手は、トールからすれば意外な人物だった。
〈――もしもし。えっと……配信お疲れ様です。河合咲穂です〉




